ノアの研究

第三話「研究対象」


 ノアが地球外生命体――宇宙人である事が発覚した晩、ルカは一人自室にて興奮冷めやらぬ状態で、今日あった出来事を思い出していた。
「宇宙人が既に地球へ来てたってのは、本当だったんだな。明日会うの楽しみだな」
 そう呟いた時である。不意に背後からノアの声がした。
「私に会うのが楽しみとは、変わった地球人だな」
 驚いて後ろを振り向くと、そこにはノアがいた。いつからいたのか、この宇宙人は正座をしルカの事を見ていた。
 ルカの家は一軒家であり、自室は二階である。一体どうやって侵入したのだろうと思うも、宇宙人なのだからきっと壁をすり抜けて来たのだろうと思うことにした。
「えっと、なんか用?」
「研究対象を観察しに来た」
「それって何すんの?」
 ルカは疑問に思ったことを素直に聞いてみる。聞かれると思っていなかったのか、ノアは返答に詰まっているようだった。
「もしかして、ただ見てるだけとか?」
「悪いか」
 表情を一切変えず、ノアは微笑んだまま答える。その声は少しだけ怒気を孕んでいるように感じられた。宇宙人も普通に怒るのかとルカはひとつ学びを得る。
「いや、別に悪いとかないけど、見てるだけってつまんなくね?」
「私は楽しい」
「そうなんだ。なら、いつも通りだらけてても良い?」
「構わない」
 普段通りでいい。その返答にルカは頷くと、床へ横になった。その際ノアに何か飲み物を出した方が良いのだろうかと考える。
 ――宇宙人ってジュース飲むのか?
 何も分からなかった。だが、もしジュースを出して飲まなかったら自分が飲めばいい。ルカはそう結論づけると、起き上がり部屋の出入口まで行く。
「ちょっと待ってて」
「分かった」
 急いで階下の台所まで行くと、冷蔵庫を開け缶ジュースを一本取る。さすがに自分の分まで取ったら、親に誰かいるのかと邪推されてしまう。それは避けなければならなかった。台所から出ると小走りで自室へと戻る。部屋の扉を開けると、先程と全く変わらない光景がそこにはあった。ノアは微動だにせず、姿勢正しく正座をしており、扉が開くと顔だけそちらに向けた。
「用は終わったか?」
「うん。はい、これ」
 扉を閉めノアの前へ座ると、持ってきた缶ジュースを渡す。ルカの見立てでは、触手のようなもので缶を開け飲むのだろうと思っていた。しかしノアは普通の人と同じように開けると、これまた普通に飲み始める。その様子にルカはあからさまに落胆した。
「どうした、ルカ」
「いや、普通に飲むから、思ってたのとちょっと違うなと思って」
「己の要望が全てまかり通るとは思わない方が良い」
「そうですね」
 思わずため息をつく。だが、ルカはこうも思っていた。
 ――たまたまノアが普通に飲むタイプの宇宙人なだけであって、他の星の宇宙人だったら触手みたいなやつで飲むかもしれない。大丈夫、夢はまだ壊れてない。
 ルカがこんな事を考えている間に、ノアは缶ジュースを飲み終える。缶をどうすれば良いのか分からないのか、首を傾げていた。
「ルカ、この容器はどうすれば良い」
「あ、そこら辺置いといて。後で捨てとくから」
「捨てるならこれ、貰っても良いか?」
「別にいいけど」
「感謝する」
 楽しそうに笑みを浮かべながら、ノアは缶を何も無い空間へ押し付ける。すると、何も無いはずなのに、缶が空気中へ消えていった。ルカは驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまう。
「な、何今の」
「船に置いただけだが」
「そんな事出来るんだ。すげえ!」
 目を輝かせてルカは身を乗り出して言う。ノアは首を傾げた。
「地球人は出来ないのか?」
「出来ねえよ!だからすげえって言ったんだし」
「地球人、不便。ところでルカ。今の飲み物はもう無いのか?」
「あるけど……。なに、ノア、喉乾いてんの?」
「あの味が気に入った。もっと寄越せ」
 それが人に物を頼む態度なのだろうか。ルカはそう思うと同時に、ノアというこの宇宙人は甘党なんだろうとも思った。味覚がある事にも驚きだ。
 ――いや、味覚は普通にあるか。
 それより、この宇宙人に気にいられるためにも、先程の缶ジュースを持ってきた方が良いだろう。ルカは立ち上がると急いで階下へ取りに行き、ノアへと渡す。
 ルカから飲み物を受け取ると、それを一気にあおぐ。喉を鳴らして飲む姿が気持ちいい。その姿に自分の分も持ってくればよかったと、ルカは思った。
「地球の甘いもの、美味しい」
 にこにこ顔が更に満面の笑みへとなる。
 飲み終えると先程と同じように缶を船へ送っていた。ノアは改めてといった形でルカへ向き直る。
「貴重な資源をありがとう」
 深々と頭を下げて礼を言うノアに、ルカは大袈裟だなと思ってしまう。
「別にこんぐらい……。その、ノアが欲しいって言ったらいつでも用意するから」
「感謝する」
 その後、ノアと一言二言交わしたところで、ルカは睡魔に襲われる。時計を見ると、日付が変わろうとしていた。
「そろそろ寝ようかな」
「おやすみ、ルカ」
 ベッドへ潜り込もうとした所で、ノアは一体いつ帰るのだろうかと疑問に思う。だが、好きにさせておけば良いかと思うと、ルカはそのまま横になり目を閉じた。
 結局ノアは帰ることはせず、翌朝までずっとルカの部屋へ居座り続けていた。
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