ノアの研究

第七話「そういう俺も宇宙人」(終)


 ノアが帰ると告げたその日の晩、ルカは眠れないでいた。いつもなら部屋にノアがいる。しかし準備があるのだろう。今日は部屋に一人きりだった。何度目か分からない寝返りを打つ。
 ――ノアも寂しいって思ってんのかな。
 そうだったら嬉しい。明日帰るのならば、何か手土産でも持たせよう。地球にある何かを渡せば、きっと喜んでくれる。起き上がるとベッドから降りる。勉強机の引き出しを開け何かないか探す。
 ――手放すのは惜しいけど、ノアになら渡しても良いか。
 イエティのマスコットキーホルダーを机の上に置き、またベッドへと戻る。ノアは何時頃帰るのだろう。学校が終わる時間までいて欲しい。そう願いながらルカは瞼を閉じた。




 翌朝ルカは焦っていた。寝坊をしてしまったからだ。夏休み明け一発目から遅刻は避けたかった。急いで着替えると、昨晩用意したキーホルダーを鞄へ突っ込み玄関へ行く。行ってきますと言い玄関を開けると、そこにはノアが立っていた。
「ルカ、遅刻だ」
「あ、ノア。良かった、まだ帰ってなかったんだ」
「ルカに大事な話ある。手を握れ」
「え、でも学校」
「良いから言うことを聞け」
「……分かった」
 差し伸べられた手を取る。一瞬でノアの宇宙船へと移動した。手を離そうとするも、強く握られ離せなかった。鼓動が早くなる。ちらりとノアを見ると、あの漆黒の瞳はルカの事を真っ直ぐと見ていた。
「ルカ、研究を一通り終えた。ルカを通して地球人知ろうとして、分かったことある」
「うん」
 そう言えば、自分たちはそういった関係だった事を思い出す。ノアに殺されかけた春。ルカの一言で全てが変わった。地球人を知る為に研究をする。その結果がしっかりと出た。ノアらしいとルカは内心思う。
「地球人、皆不便。文明レベルが低い。しかし、食べ物は美味しい。ルカと様々な料理が食べられて、楽しかった」
「俺も楽しかったよ」
 にこりと笑う。それからノアは、ルカとの思い出を一つ一つ丁寧に振り返っていった。その言葉を聞く度に、胸がぎゅっと締め付けられる。そんな時、頬を何かが伝う。気が付けばルカは泣いていた。ノアは驚くも空いた方の手を使い、涙を拭ってやる。
「ルカ、泣くな。まだ大事な話の途中」
「ご、ごめ……」
 そう言われるも、溢れ出して止まらない。ルカはどうすれば良いのか分からなかった。
「ルカ、ここで別れる選択肢もある。でも、ルカが私と共に行く選択肢もある。どうする?」
 思わぬ言葉にルカは目を丸くする。ついて行く。それは地球から出ていくという事だ。それが許されるのなら、ルカはついて行きたかった。だが、ひとつ分からないことがある。何故ノアがそんな提案をするのかだ。
「な、なんでいきなりそんな事」
「ルカを通して地球人見てきて気が付いた。私はルカが好きだ。だから一緒に来て欲しい。母星はどんな星の人でも受け入れる寛容なところだ。……駄目か?」
 不安げにノアはルカを見る。さらりと告白をする事は出来るのに、不安にはなる。それがなんだか面白く、ルカは笑った。
「何がおかしい」
「ごめん。まさかノアも同じこと思ってくれてたとは思わなくて」
 乱暴に涙を拭うとルカは真っ直ぐにノアを見詰めた。
「俺もノアの事好き。だからずっと一緒にいたい」
 その言葉に今度はノアが目を見開くも、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう、ル――」
 ノアが言い終える前にルカは思い切り抱きついた。すぐにノアは背に手を回す。あたたかい時間が流れるも、ルカはある事を思い出すとすぐに離れた。リュックをおろし、あるものを取り出す。昨晩ノアに渡そうと思っていたイエティのぬいぐるみキーホルダーだ。
「これ、ノアにあげる」
「なんだこれは」
「イエティ」
「よく分からないが、感謝する」
 両手で包み込むようにキーホルダーを持つ。一番大切にしていたものを、好きな人に渡す。それがなんだかくすぐったかった。キーホルダーを見るのをやめ、ノアは顔をあげる。にこりと笑うと、口を開いた。
「ルカ、ずっと一緒にいたいと言ったな。ならば早速母星へ行こう」
「え、今から?」
「拒否するなら殺す」
 あのいつもの微笑みでそう言う。だが、どことなく柔らかかった。
 ――親にひとこと言ってからのがいい気がするけど……。うーん、まあいっか。
 ルカはいつものように深く考えず頷いた。ノアと一緒にいられるのだ。それなら何を捨てたって構わない。気が付けばノアは操縦席へ移動しており、浮遊を開始していた。考えているよりも速く飛んでいた。ふと、窓の外を見る。いつの間にか宇宙空間へいた。小さくなっていく地球を眺め、ルカは小さく笑う。少しだけ寂しいと思うも、首を振りノアの元へ向かう。顔を見合せ微笑み合う。これだけで、ついて行くと決めて良かった。ルカはそう思い、隣へ座った。
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