迦楼羅先生×寂雷先生

 寂雷の家で同棲した迦楼羅は、ソファで寝ている。
 理由はひとつ。
 ベッドを共にしたら理性が無くなりそう、だから。
 寂雷は、まだ「その先」に対する心の準備が出来ていない。
 寂しくもあるが、しかし、「準備不足」で迦楼羅から幻滅されたくもないと考えて、その案を呑んだ。
 実は、その為の「準備」は日々している。
 下品な話ではあるが、漸く指が3本入ったのだ。

(……今週の休みの前夜に、さ、さ、『誘って』、みる……?)

 浴室で「ほぐした」寂雷は、キュンキュンしている「奥」の疼きを抑えるように、しなやかな両手で、そっと下腹部を撫でる。

 どのくらいの大きさなのだろう。
 どれくらいの時間、勃起してくれるのだろう。
 どれくらい、愛してくれるのだろう。

 キュゥゥ……切ない「奥」に、今日は見て見ぬふりをした。



 なんと休みが休日出勤となってしまった寂雷は、ふぅ……と診察がひと段落ついたあとに、ひと息吐く。
 本当なら昨夜「お誘い」を、と思っていたのだが、その前日に担当医師が体調不良となってしまって、まさに「ピンチヒッター」として寂雷が担うことになった。
 ゆえに迦楼羅との今週の休みは、ズレてしまった。
 ましてや明日も明後日も寂雷は出勤──それから今週は休日の当番医にもなっていて迦楼羅に寂雷、その他にも数名の医師が担当する。

(……このままだと、『お誘い』するのは来週、もしくは再来週になりますかね……。)

 下手をしたら、数ヶ月後……?
 いやいや、それだけは、その、色々と、私も『限界』と言いますか──。

 悶々としていたら、診察室のドアが開いた。

「よう、昼はまだかい?」
「巫先生?」

 今日は休みの迦楼羅が、巾着袋をプラプラさせて姿を見せに来た。

「弁当作ってきたが、食えそうか?」
「ありがとうございます。丁度、お昼にしようと──。」
「あー!カルラー!」
「きょーは、おやすみじゃないのー?」
「カンちゃん、かたぐるましてー!」

 子供達が、迦楼羅の足の周りに群がる。

「わははぁ、見つかっちまったか。んじゃ、僕から診察してほしい人〜。」
「巫先生っ、今日はっ──。」

 休みなのに診察をさせるわけにはいけない、と思った寂雷だが。

「いいのいいの。んじゃ、弁当どーぞ。さ、僕についてこーい。」
「「「おー!」」」

 寂雷は渡された巾着袋の中身を見ると、少し大きめの弁当箱が2段入っていて、デスクに広げれば、大きなおにぎりが3つ、大きなつくねが3つ、大きなシュウマイが3つ、きんぴらごぼうが入っていた。
 寂雷は、おにぎりを1つ取り、パクッと食べてみると、梅干し(カリカリ梅)が入っていた。
 程よい酸っぱさが、食欲をそそる。
 つくねを食べてみる。
 それは刻まれた大葉入りだった。
 じんわりと、寂雷の心があたたかくなっていく。

「……あ、今度は、おかかだ……。」

 おにぎりの具は、違うようだ。
 迦楼羅は休みなのに、病院まで来てくれた。
 ましてや、子供達の診察を代行してくれた。
 世間が休日の日は共に当番医として、此処で過ごす今週の日曜日。
 ──休日出勤が入らなければ、来週、共に、休める日がある。

「……頑張ろう……。」

 結局、迦楼羅も半日の休日出勤扱いになり、小児科と精神科の診察を行ったらしい。



「おーつかーれさん。」

 カルテ整理中の寂雷のもとに、迦楼羅が現れた。

「すみません、私が診る患者さんまで、診ていただいて……。」
「いーんだよ。ほい、アイスのミルクココア。糖分補給しな。」

 渡された缶には、ポップな文字でミルクココアと描かれている。
 寂雷はプルタブを開けて、ゴクゴク飲んでいく。
 甘さが、身に染みる。

「ぷは……。」

 寂雷のベルベットの低音が、甘い溜息を吐く。

「ふははぁ、余程、気を張り詰めていたな?」

 迦楼羅は立ったまま壁に寄りかかり、腕を組んで寂雷の仕草を観察する。

「……こんなことを、言ったら、その、所謂、ドン引き?される、かもしれませんが……。」
「ん?なんだい?聞かせておくれよ。」
「……そ、の……ぎゅー、が、欲しい、です……。」

 いい歳をして、と思う寂雷は恥ずかしくなって、俯いて、両手で缶を握り締める。

「あとは?」
「えっ?」

 あとは、の意味が分からなくて、寂雷は顔を上げた。
 数メートル先の壁に立つ迦楼羅が目を隠す前髪を掻き上げて、シンプルなブラックのカチューシャを嵌めたあとにコツコツ……寂雷に近づいて、回転椅子の肘置きを無骨な両手で掴み、上半身を屈め、顔を至近距離まで近づける。
 地球を思わせる迦楼羅のアースアイが、寂雷のライトブルーの瞳に近づく。

「……今日、帰ったら、同じベッドで、『寝て』ください……。」

 ソファで寝る迦楼羅、ベッドで寝る寂雷、寝床を共にするのなら、つまり、そういうことだ。
 理解して、寂雷は、乞うた。

「明日も、仕事だぞ?」
「……はしたない、ですよね……。」
「ちげえよ。『寂雷』にだけ負担がかかるから、俺は『臆病になる』んだよ……。」
「負担じゃ、ないです……。」
「……本気だな?」
「はい。」
「……多分、ねちっこいぞ、俺。」
「ふふ、はい。」

 苦い煙草の味と、甘いミルクココアの味が、そっと触れ合った。

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