迦楼羅先生×寂雷先生
本日休みの独歩は、迦楼羅のカウンセリングを受けにシンジュク中央病院にやって来た。
番号で呼ばれたあとに診察室へと入れば、いつも通りの迦楼羅が座っていて、前髪の奥は分からない。
しかし独歩にとっては、その「見えない」のが逆に安心してしまう。
ジッ……と見つめられたら話なんて出来やしない、心の中に入り込んでこられても逆に苦しくなる、だからこそ独歩は、最終的な「避難場所」を迦楼羅にしているのだ。
「ん、此処に来てくれたんだな。ちゃんと自分の気持ちに向き合っている証拠だ。頑張ったな。」
開始早々のその言葉で、独歩は泣きそうになる。
「退職代行、頼んでもいいんだぞ?」
「……いいえ、大丈夫、です……。……その、今、こうやって、寂雷先生と、関わることが出来たのは、えと、医療機器メーカーの、あの会社で、それから、営業で、動けている、から……。」
「いつでも、このジジイを頼れ。それに、因果応報って言葉がある通り、良い行いには、良い結果が巡ってくる。独歩の行いは、周囲の助けになっている良い行いだ。そこは、誇るんだぞ。」
しかし、独歩は首を横に振る。
「でっ、でもっ、ぁっ、当たり前のことっ、でっ……!社畜なんだからっ、当然でっ……!」
こき使われて当たり前、それが独歩に貼り付けられている「レッテル」であることを、迦楼羅は見抜いた。
否、寂雷から独歩を診察してほしいと頼まれて、初めましてをした時から「成程」と思った。
地の底に落ちた自己評価、自身への価値観を無いものとしている。
何度「心のチェック」を行っても「高得点」であり、心の「アラート」は鳴り響いているはずなのに、独歩はそれを「無視」することに「慣れてしまっている」のを、迦楼羅は分かっている。
無理矢理に引き出すことはしない。
それは独歩や、他の患者にとって、下手をすれば血反吐を吐くほどの、言い換えれば過呼吸を起こしてしまうほどの「負荷」であるからだ。
「んー、その『当たり前』に、『ご褒美』をやっても、バチは当たらんと思うがなぁ。」
「ご、『ご褒美』……?」
「好きなことしたり、好きなもの食べたり、なんでもいい。……ま、ちゃあんと『愛されている』から、独歩は、ちゃあんと『地に足をつけていられる』んだろうがな。」
迦楼羅は、己の左側の首筋を左手の人差し指でトントン、示した。
独歩は、首を傾げる。
「『マーキング』、されてっぞ。」
「まー、きん、ぐ……?」
独歩は意外と、ウブであるようだ。
「くくくっ、そうかそうか、『それでいい』んだよ。さて、この1ヶ月で何があったのか、ジジイに聞かせてくれるかい?」
「あ、は、はぃ……ええと──。」
独歩の口からは、会社の愚痴以上に、一二三のことが多く語られたのだが──独歩は、そのことに気づくことなく、迦楼羅先生にお話出来て良かったです、なんてスッキリした顔になり、ありがとうございました、と一礼して診察室を出た。
…
独歩は寂雷にも顔を見せに、寂雷の診察室を訪れた。
おや?と寂雷はすぐ気づき、独歩にこう言った。
「独歩くん、蚊に刺されてるよ?」
迦楼羅が己の左側の首筋をトントンと示したように、寂雷も似たようなことをする。
「へっ?いつの間に……でも、痒くないです。」
「塗り薬、要らない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「蚊が出てくる時季になってきたからね。でも、痒くないからと言って、蚊が感染症を持っている場合もあるから、あれ?と思ったら、連絡するんだよ?」
「はい、分かりました。」
ちなみに、寂雷も本気で蚊の仕業だと思っている。
迦楼羅が首筋にだけは「マーキング」をしないから、そこの印の付かれ方を知らないのだ。
「(……んー、でもよく見れば、皮下出血にも見えますね……。)独歩くん、どこかで首を打った……とか、無いか。打ったら痛いもんね。」
「ええ、打った記憶は無いですね。なんなんだろ……血液検査した方がいいですか?」
「今日1日、様子を見ましょうか。何かあれば、私のスマートフォンに。何時でも構いませんから。」
「すいません、何から何まで……。」
「いえいえ、主治医の務めですから。」
…
「巫先生、独歩くんのカウンセリングする時に、首の皮下出血に気づきましたか?」
昼休憩の一服をしている迦楼羅のもとへ、寂雷がやってきた。
「おー、あれか。」
「打った記憶は無いと言っていましたが……やはり、気になってしまって……。」
寂雷のベルベットボイスは、至極真剣。
だからこそ、迦楼羅は茶化すことなく、フー……と煙を空へ吐き出してこう言った。
「愛の証。」
「へっ?」
目の前の寂雷が、小首を傾げる。
迦楼羅は何を思ったのか、煙草を咥えたままトレードマークの目隠れな前髪を右手で掻き上げて、アースアイを至近距離で寂雷に見せた。
「『雄からの所有印』だよ、可愛い可愛い、俺の寂雷ちゃんや。」
「お、す、から、の……しょゆぅ、いん……。」
「つまり、一二三から独歩へのキスマーク。」
「きす、まー、く……。」
迦楼羅がパサッと前髪から手を離すと、アースアイが再び隠れた。
寂雷の顔は、耳は、ポポポ……と赤い。
短くなった煙草を携帯灰皿に処理して、無骨な右手で寂雷の左頬に触れる迦楼羅。
ピクッ……寂雷の肩が、少し跳ねた。
「若いねぇ。」
「ぁ、う……。」
少し前屈みになった迦楼羅は、露わになっている寂雷の左耳に、こう囁く。
「……俺ぁ、首筋にゃあ付けらんねえから、胸と太腿にしとくわ。」
寂雷はボソボソと。
「ぉっ、ぉて、や、わらか、に……。」
そう答えるので、精一杯だった。
…
番号で呼ばれたあとに診察室へと入れば、いつも通りの迦楼羅が座っていて、前髪の奥は分からない。
しかし独歩にとっては、その「見えない」のが逆に安心してしまう。
ジッ……と見つめられたら話なんて出来やしない、心の中に入り込んでこられても逆に苦しくなる、だからこそ独歩は、最終的な「避難場所」を迦楼羅にしているのだ。
「ん、此処に来てくれたんだな。ちゃんと自分の気持ちに向き合っている証拠だ。頑張ったな。」
開始早々のその言葉で、独歩は泣きそうになる。
「退職代行、頼んでもいいんだぞ?」
「……いいえ、大丈夫、です……。……その、今、こうやって、寂雷先生と、関わることが出来たのは、えと、医療機器メーカーの、あの会社で、それから、営業で、動けている、から……。」
「いつでも、このジジイを頼れ。それに、因果応報って言葉がある通り、良い行いには、良い結果が巡ってくる。独歩の行いは、周囲の助けになっている良い行いだ。そこは、誇るんだぞ。」
しかし、独歩は首を横に振る。
「でっ、でもっ、ぁっ、当たり前のことっ、でっ……!社畜なんだからっ、当然でっ……!」
こき使われて当たり前、それが独歩に貼り付けられている「レッテル」であることを、迦楼羅は見抜いた。
否、寂雷から独歩を診察してほしいと頼まれて、初めましてをした時から「成程」と思った。
地の底に落ちた自己評価、自身への価値観を無いものとしている。
何度「心のチェック」を行っても「高得点」であり、心の「アラート」は鳴り響いているはずなのに、独歩はそれを「無視」することに「慣れてしまっている」のを、迦楼羅は分かっている。
無理矢理に引き出すことはしない。
それは独歩や、他の患者にとって、下手をすれば血反吐を吐くほどの、言い換えれば過呼吸を起こしてしまうほどの「負荷」であるからだ。
「んー、その『当たり前』に、『ご褒美』をやっても、バチは当たらんと思うがなぁ。」
「ご、『ご褒美』……?」
「好きなことしたり、好きなもの食べたり、なんでもいい。……ま、ちゃあんと『愛されている』から、独歩は、ちゃあんと『地に足をつけていられる』んだろうがな。」
迦楼羅は、己の左側の首筋を左手の人差し指でトントン、示した。
独歩は、首を傾げる。
「『マーキング』、されてっぞ。」
「まー、きん、ぐ……?」
独歩は意外と、ウブであるようだ。
「くくくっ、そうかそうか、『それでいい』んだよ。さて、この1ヶ月で何があったのか、ジジイに聞かせてくれるかい?」
「あ、は、はぃ……ええと──。」
独歩の口からは、会社の愚痴以上に、一二三のことが多く語られたのだが──独歩は、そのことに気づくことなく、迦楼羅先生にお話出来て良かったです、なんてスッキリした顔になり、ありがとうございました、と一礼して診察室を出た。
…
独歩は寂雷にも顔を見せに、寂雷の診察室を訪れた。
おや?と寂雷はすぐ気づき、独歩にこう言った。
「独歩くん、蚊に刺されてるよ?」
迦楼羅が己の左側の首筋をトントンと示したように、寂雷も似たようなことをする。
「へっ?いつの間に……でも、痒くないです。」
「塗り薬、要らない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「蚊が出てくる時季になってきたからね。でも、痒くないからと言って、蚊が感染症を持っている場合もあるから、あれ?と思ったら、連絡するんだよ?」
「はい、分かりました。」
ちなみに、寂雷も本気で蚊の仕業だと思っている。
迦楼羅が首筋にだけは「マーキング」をしないから、そこの印の付かれ方を知らないのだ。
「(……んー、でもよく見れば、皮下出血にも見えますね……。)独歩くん、どこかで首を打った……とか、無いか。打ったら痛いもんね。」
「ええ、打った記憶は無いですね。なんなんだろ……血液検査した方がいいですか?」
「今日1日、様子を見ましょうか。何かあれば、私のスマートフォンに。何時でも構いませんから。」
「すいません、何から何まで……。」
「いえいえ、主治医の務めですから。」
…
「巫先生、独歩くんのカウンセリングする時に、首の皮下出血に気づきましたか?」
昼休憩の一服をしている迦楼羅のもとへ、寂雷がやってきた。
「おー、あれか。」
「打った記憶は無いと言っていましたが……やはり、気になってしまって……。」
寂雷のベルベットボイスは、至極真剣。
だからこそ、迦楼羅は茶化すことなく、フー……と煙を空へ吐き出してこう言った。
「愛の証。」
「へっ?」
目の前の寂雷が、小首を傾げる。
迦楼羅は何を思ったのか、煙草を咥えたままトレードマークの目隠れな前髪を右手で掻き上げて、アースアイを至近距離で寂雷に見せた。
「『雄からの所有印』だよ、可愛い可愛い、俺の寂雷ちゃんや。」
「お、す、から、の……しょゆぅ、いん……。」
「つまり、一二三から独歩へのキスマーク。」
「きす、まー、く……。」
迦楼羅がパサッと前髪から手を離すと、アースアイが再び隠れた。
寂雷の顔は、耳は、ポポポ……と赤い。
短くなった煙草を携帯灰皿に処理して、無骨な右手で寂雷の左頬に触れる迦楼羅。
ピクッ……寂雷の肩が、少し跳ねた。
「若いねぇ。」
「ぁ、う……。」
少し前屈みになった迦楼羅は、露わになっている寂雷の左耳に、こう囁く。
「……俺ぁ、首筋にゃあ付けらんねえから、胸と太腿にしとくわ。」
寂雷はボソボソと。
「ぉっ、ぉて、や、わらか、に……。」
そう答えるので、精一杯だった。
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