迦楼羅先生×寂雷先生

「なー、寂雷ちゃん。」
「なんでしょう?」

 その話は、何気ない晩ご飯の時にされた。

「先々週、弟達に会ったろ?」

 シンプルなブラックのカチューシャで前髪を上げている迦楼羅は、おかずを食べながらそう言った。

「はい、とても素晴らしいご家族だと思いました。私のことも、我が子のように思ってくださるお父様やお母様、弟様や弟様の伴侶様、三つ子くん達……とても、心が洗われたと言いますか──どうかされたんですか?」
「寂雷ちゃんになら、言ってもいいと思ったから言うんだけどさー、俺と弟は血の繋がった双子なんだけど、親父とお袋とは血ぃ繋がってねえんだわ。」
「え……?」

 寂雷の、箸を動かす手が止まった。
 今夜のメニューは白米、小松菜と油揚げの味噌汁、豚バラ肉と茄子と玉葱の生姜焼きである。
 ズズ……迦楼羅は味噌汁を啜る。

「……つまり、養子……?」
「そだな。物心ついた頃から、実の親からは毎日毎日ボッコボコにされてなぁ、俺も弟も『馬鹿』でよー、『転んだ』で済ませてたんだわな。んで、『異常』に思った近所のおっちゃんやおばちゃん達が警察に通報して、俺と弟は施設へポーン。」

 実は名前も変えたんだよ。
 迦楼羅はまるで、明日は晴れだな、のような言い方で、事実を伝える。

「元の名前は、俺も弟も覚えてる。ま、『戒め』だな。あんな大人に、親に、なっちゃいけねえってよ。」
「……私、迦楼羅さんも、弟様も、幼い頃から、とっても愛されて、育ってきたんだと、思ってました……。」

 ベルベットの声が落ち込んでいる様子に、迦楼羅はアースアイを苦笑いさせる。

「ごめんな、飯を不味くさせるようなこと話ちまって。ただ、そうさなぁ……寂雷ちゃんも、つらいこと、苦しいこと、嫌なこと、心に抱えきれないことがあったら、どんな時でも話してほしいっつーか、いや、そもそもこの話を今すんなっつー話か、たはは、ジジイのクセに話題の引き出し引っ張り出すのが下手だったな。」

 ちなみに、対面で食事を摂っている。
 椅子は、4脚あるうちの2脚を使っているわけで、それぞれの隣は、空いている。
 だから、寂雷は箸を置いて動いた。
 動いて、迦楼羅の隣に、座った。
 迦楼羅も箸を置いて、寂雷を抱き締める。
 寂雷は両手で、迦楼羅の逞しい左腕を握り締める。

「……巫迦楼羅になれて、良かったよ。」

 迦楼羅が発したその言葉に、寂雷は言葉が見つからずに、ただ、左腕を握り締める力を強めるだけだった。



 翌日の出勤、寂雷はまず、未だ昏睡状態の衢の様子を見に行った。
 神奈備衢──寂雷が救い、寂雷が、まるで我が子のように思っている青年。
 痩せ細る手の甲を、握ろうとして、やめてしまう。
 それが、寂雷のルーティンとなっていたが──。

「ぬくもりっつーのは、眠っていても伝わるさ。」

 声に振り返れば、目隠れの前髪で、病室の出入口に腕組みをしながら寄りかかって立っている迦楼羅がいた。

「寂雷ちゃんにとって、かけがえのない子なら、握れ。」
「……私の、『不注意』で、この子は……っ。」
「握れ、寂雷。」

 寂雷は、息を呑む。

「ずーっと寂雷が寂雷を責めるのは、その子の手を、握れないからだ。」

 腕組みを解いて、迦楼羅は寂雷に近づく。
 扉は、ゆっくり閉まった。

「ぁっ……。」

 寂雷の左手を、迦楼羅の無骨な右手が握り、そして──衢の片手に、触れた。
 冷たい手。
 しかし、脈は感じる。
 生きている。

 ポタッ……ポタッ……。

「ごめ゛んね゛っ!!ごめん゛なざい゛っ!!よ゛づづじぐん゛っ!!」

 衢の片手を握り締めながら、寂雷は両膝を床につき、衢の名を呼びながら、ごめんなさいと、嗚咽混じりで、繰り返した。



 寂雷は急遽、有給休暇を取った。
 今日は1日中、衢の傍に居たいからだ。
 救うべき命を救う為に日々生きている寂雷だが、これは迦楼羅からの提案でもあるのだ。

『俺が寂雷ちゃんの診断書を書く。今日、有給休暇取れるように、な。たまにゃー、他の医師も頼れ。んで、今日は俺と家に帰るまで、この子の傍に居ろ。あ、昼は顔見に来るから。』

「あのね、衢くん、私に恋人が……ううん、『夫』がね、出来たんだ……。20歳年上だけど、年齢差なんて、関係ない。ふふ、見たら、びっくりするだろうね……だって、私より背が高くて、体格もがっしりしていて、まさに男って感じで……前髪でお目々隠してるけど、綺麗な、アースアイでね──とっても、とっても、素敵な男なんだ。」

 衢くんが、祝福してくれたら、凄く、嬉しいな……。

「寂雷ちゃん、衢くん、入るぞー。」
「はい、どうぞ。」

 寂雷は微笑んで、愛する『夫』を、『我が子と共に返事をした』のだった。


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