迦楼羅先生×寂雷先生

 シンジュク中央病院には、神宮寺寂雷以外にも人気の医師がいる。
 その人物は男で、歳は55歳で、目隠れの天然パーマは赤毛に白髪混じりで、極めつけは医者の不養生まっしぐらなヘビースモーカーであるということ。

「何本目ですか、巫先生。」
「にゃはは、見つかっちまったかぁ。」

 院外、1ヶ所にだけ設置されている喫煙所に足繁く通う医師、巫迦楼羅(かんなぎかるら)は、現れた寂雷からたしなめられる。
 どこか色気があり、且つ包容力のある地響きのような低音、あたたかみと渋さのある声の持ち主で、精神科医と小児科医のスペシャリスト。
 激務である寂雷のカバーをするのが、彼の役目。
 ちなみにお互い立っている状態なのだが、なんと、迦楼羅は寂雷よりも高身長、且つガタイがいい。(215cmで100kgの筋肉質だ。)

「もう、貴方のその香りが定着して、子供達はその煙草の香りがしたイコール巫先生だと思っていますよ。」
「わっはっはぁ、人気者はつれえなぁ。」
「もう……。」

 はぁ、と呆れる寂雷。
 くつくつ、迦楼羅は笑う。
 寂雷がシンジュク中央病院に勤務するより前から、迦楼羅はいた。
 そして、今と変わらずヘビースモーカーだった。
 だからこそ、寂雷はずーっと注意してきている。

「乳離れできてねえジジイってこったな。」
「そうやって、のらりくらりと誤魔化そうとして。」
「たはは、誤魔化されねえかぁ。だが、寂雷ちゃんの『誤魔化し』も、俺には効果ねえよ?」
「え……?」

 小首を傾げる寂雷に、最近寝不足だな?夢見が悪いと見た──そう、確信に近い言い方をする。
 それに対して寂雷は一瞬、息を呑んだ。
 迦楼羅は携帯灰皿に紙煙草を押し潰して消して、吸い殻を中に入れた。
 寂雷との距離、およそ1m30cmある。
 迦楼羅が距離を詰め、寂雷のしなやかな手に比べると無骨な右手で寂雷のストレートの長髪に指を通し、後頭部を優しく押して、密着させた。
 迦楼羅の方が、寂雷より20cm高い。

「っ……『においが目にしみます』からっ、煙草っ、控えてっ、くださいっ。」

 どこか嗚咽混じりに聞こえる、寂雷のベルベットな低音。

「さぁて、どーすっかねぇ。」
「医者、っ、のっ、不養生はっ、よくっ、ありませんっ。」
「そうさなぁ。」
「っ、ぐ……っ!」
「だぁれが、寂雷ちゃんを責めてんだ……?……いや、寂雷ちゃんが、寂雷ちゃんを責めてんだわなぁ。それが、寂雷ちゃんの『美徳』であり『弱点』だ。ったく、いじらしいったら、ありゃしねえや。」
「ぜん゛っ、ぜぃっ!」

 寂雷は、もう、「抑える」ことが、出来なくなってしまった。
 心が「悲鳴」を上げたら、必ず、迦楼羅へ「小言」を言いにいく。
 それを、どれほど繰り返してきただろうか。

「見ちまうのは、寂雷ちゃんが、寂雷ちゃんを責めてる夢だな?」

 その言葉に、嗚咽を隠すことをしなくなった寂雷は、首を縦に振った。

「んじゃ、今日は俺が住んでるアパートおいで。そーんな悪い夢、俺がバクバク食べちまうから。」

 迦楼羅は、もう片方の無骨な左手も使い、寂雷の頬を包み込んで、ボロボロ涙を流して、鼻水も垂らしているそんな彼の額に、優しく自分の額を合わせた。

「だぁいじょーぶ。『俺がいる』よ……『寂雷』……。」
「がる゛らざんっ!!」
「今日は、早退だ。いいね?俺の軽のキー渡すから、エンジンかけて、後部座席に、いるんだよ?」
「ゔっ、ん゛っ!!」

 迦楼羅は優しく、寂雷を抱き締めた。
 寂雷は、強く、強く、強く、迦楼羅の背中の白衣を握り締め、わんわん、泣いた。



「かるらせんせー、じゃくらいせんせー、ぐあいわるくなっちゃったの?」
「いたいいたい?」

 寂雷が早退した話は、瞬く間に患者にも広まっていて、小さな子供達が圧倒的な巨躯を誇る迦楼羅の周りで群れを成す。
 通路の邪魔にならないように移動した迦楼羅は、しゃがんだあとに子供達を優しく見る。

「寂雷先生の心がな、『えんえん』しちゃったから、先生が、ゆっくり休んでくださーいって、寂雷先生にお願いしたんだわ。だから、今日、寂雷先生に診察お願いしてた子は、『僕』が『もしもし』すっからな。」

 はーい!と元気良く返事をする子供達に、迦楼羅はニカッと笑った。



 早退した寂雷は、長身でスレンダーな身体を、迦楼羅の愛車である軽自動車の後部座席で丸めて、ずっと泣いている。
 涙が、止まらないのだ。
 ずっと、ずっと、ずっと、泣き続けて、軽自動車の中に染み付いているレギュラータイプの煙草の香りが、寂雷を包み込んで、安眠へと、導いた。



 寂雷が目を覚ましたら、目の前には黒い衣類があった。
 なんだか身体の上にのっている感触もして、モゾッ……身動きをとれば、目覚めたかい?と穏やかな重低音が上から聞こえてきて、寂雷が見上げるように顔を上げたら、目隠れの、白髪混じりの赤毛天然パーマな迦楼羅がいた。
 状況は、ベッドの上に迦楼羅と寂雷が横になっていて、迦楼羅は片方の腕を腕枕にして寂雷の頭をのせ、もう片方は寂雷の身体を抱き締めている。

「……ごめ、「謝るな。」──迦楼羅さん……。」
「なぁにを謝る理由がある?言ったのは、俺。いいな?寂雷ちゃんが謝る理由は、どっこにもねえの。」

 すると、ぐぅぅ〜……誰かの腹の虫が鳴った。

「ぁ、ぇ、と……。」

 寂雷の腹の虫だった。

「構わんよ。ジジイの料理はレパートリーが限られてるが、いいかい?」
「……ありがとう、ございます……。」
「んー、中華粥なら食えそう?」
「はい。」
「んじゃ、離れる前に、ぎゅーしよう。」
「ふふっ、──はい。」



 暫く抱き締め合ったあと、ベッドから離れようと上半身の身体を起こした迦楼羅の右腕の袖を、寂雷も起き上がり、ツン……と握った。
 
「……なぜ、迦楼羅さんは、所帯を持たれないのですか……?女性職員さん達から、もの凄く人気なのに……。」
「んー……、ま、ジジイの『春』はジジイが『楽しむ』だけってこったな。」

 独特な言い回しに、寂雷はキョトンと小首を傾げる。

「ふはっ、『それでいい』んだよ。……さて、作りますかねぇ。」

 腰を上げた迦楼羅はキッチンへと向かい、中華粥を作り始める。

(迦楼羅さんにとっての『春』って、なんなんだろう……。……私が、邪魔にならないように、しないと……。)

 なー、寂雷ちゃん。
 迦楼羅が、調理をしながら寂雷に声をかける。
 寂雷はベッドに腰掛けて背筋を伸ばし、はい、と返事をする。

「寂雷ちゃんが邪魔してる、なぁんて、思うんじゃねーぞ?」
「なっ……!」
「ビンゴ〜。だろーと思ったぜ。」
「……私、分かりやすい、ですか……?」
「はっはっはぁ、分かりやすいか、分かりにくいか、どちらかで問われるのなら、俺は寂雷ちゃんが可愛いからって答えるわ。」
「……35の男です。」
「わはは、俺は55のジジイだぜぇ?まだまだピチピチじゃねえか。」

 ピチピチではない、と寂雷は思うが、口には出さない。

「『それでいい』んだよ。たまにゃー肩の荷をぜぇーんぶ下ろしてよ、わんわん泣いて、腹空かせて、粥食えば、『それでいい』んだ。」

 中華粥の、いい香りがしてきた。
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