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某日
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■株式会社竜洞商事・営業課
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フッチ
ただいま。今戻ったよ
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部下A
お帰りなさい。
外回りお疲れ様です、フッチ主任 -
部下B
お疲れ様っす、主任
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フッチ
ああ、皆もお疲れ
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部下A
それで、どうでした?
例の件、上手くいきそうですか? -
フッチ
ああ、ようやく良い返事をもらえたよ
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フッチ
まあ僕が散々しつこく交渉したから、こっちの粘り勝ちとも言えるかもしれないけど…
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フッチ
とりあえず近日中には、念願のプロジェクトを立ち上げられそうだ
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部下B
え? マジっすか!?
流石は主任っすね! -
部下A
あの会社のお偉いさん、頑固者でなかなか他と手を組みたがらないって評判なのに…
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部下A
本当に凄いですよ! 偉業じゃないですか?
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フッチ
ようやくスタートラインに立てたってだけさ。
…それに僕を誉めたって、何も出ないぞ? -
部下A
いやいや、本気でそう思ってるんですよ
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部下A
うちの会社が今こうして成り立ってるのは、フッチ主任のおかげですし。何たって我が社のエースですから
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部下B
よっ! 次期社長候補!
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フッチ
おいおい、浮かれ過ぎだぞお前達
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フッチ
まあでもこの一件が上手くいったら、今度みんなで飲みにでも行くか。
もちろん僕の奢りでね -
部下A
本当ですか!? 嬉しいです!!
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部下B
やったー!
そんじゃ頑張らないと駄目っすね! -
フッチ
まったく…。調子の良い奴だな
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<プルル、プルル>
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フッチ
ん? 内線か
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部下A
あ、自分出ますね
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<ガチャッ>
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部下A
はい、こちら営業課…
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部下A
って、ミ、ミリア社長ッ!?
お、お疲れ様ですっ! -
フッチ
(え、ミリア社長…?)
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部下A
え? はい、おりますが…はい、はい。…分かりました。では失礼します
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<部下A、電話を切る>
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フッチ
社長…何だって?
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部下A
フッチ主任に今から社長室に来てほしいとの事です。お話があるそうで
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フッチ
話? …僕にかい?
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部下B
このタイミングに社長直々の呼び出し…
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部下B
やっぱりマジで
次期社長就任の話なんじゃ…!? -
フッチ
はは、そんな訳ないだろ
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フッチ
とりあえず社長の所に行ってくるよ
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数分後
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■竜洞商事・社長室
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フッチ
ふぅ…
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フッチ
(社長室に着いたが、あんまり気乗りしないな…。何だか嫌な予感がする)
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フッチ
(前に社長が長期出張で自宅を留守にした時、何故か俺が社長の娘のお守りをさせられる事になったんだよな…)
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フッチ
(誰に似たのかとにかくわがままなお嬢さんで、あの時は散々な目に遭ったもんだが…)
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フッチ
(また俺に面倒事を押しつける気じゃないだろうな。それだけは勘弁してくれよ…)
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フッチ
…ここに突っ立っていても仕方ない。行くか
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<コン、コン>
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フッチ
フッチです。
お話があるとの事で伺いました -
ミリア
ああ、来たか。
入ってくれ -
フッチ
失礼します
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<カチャッ>
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<フッチ、ドアを開け社長室の中へ。中には社長・ミリアの姿が>
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ミリア
突然呼び出してすまないな、フッチ
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フッチ
いえ…
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ミリア
ふふ、そういえば聞いたぞ?
例のプロジェクトの件、ようやく話が進みそうだとな -
ミリア
先程、先方からもよろしく頼むと連絡をいただいた。ひどく上機嫌だったよ
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フッチ
そうでしたか…
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フッチ
社長のご期待に沿えるよう、頑張ります
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ミリア
お前の事だ、心配はしていない。
その件は全てお前に一任する -
ミリア
…という訳で、ここからが本題だ
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フッチ
……
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ミリア
そう怖い顔をするな。
お前にとっても悪い話じゃないと思うがな -
フッチ
…どうだかね
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ミリア
…ん?
今何か言ったか? -
フッチ
…いえ、何も
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ミリア
簡潔に言おう
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ミリア
お前の営業課に、今度新しい社員を入れようと思っている
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フッチ
新入社員、ですか?
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フッチ
…これはまた、随分と唐突ですね
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ミリア
お前の課ではこれから新たなプロジェクトが始まる。その機に乗じてという訳ではないが…新たな人材を育てるにはうってつけのタイミングだろう
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ミリア
お前にはプロジェクトの指揮と同時に、その新人の指導と育成をお願いしたい
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フッチ
それは構いませんが…。確かにうちの課も、もう少し人が欲しいなと思っていたところですし
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ミリア
そうだったか。
それなら良かった -
フッチ
ちなみにその新人というのは、いつからここへ?
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ミリア
来週だ。
来週からお前の課に配属となる -
フッチ
ら、来週!?
本当に急ですね… -
ミリア
流石にもう少し待てないかと言ったのだが…早いうちにこちらへ寄越したいという事だったんでな
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フッチ
はあ…
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ミリア
相手がお前の事をいたく気に入ってしまってな、是非とも『自分の娘』をお前の課に入れたいという事だったんだよ
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フッチ
娘さんを…ですか? ん…?
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フッチ
というかその人、どうして僕の事を知ってるんですか?
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ミリア
ここ最近何度も何度も商談に来るお前の粘り強さ、そして何より実直で誠実なところに惹かれたそうだ。『今時の若者にしては根性がある、素晴らしい』、とな
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ミリア
私も腹心の部下をベタ褒めされるのは悪い気はしないのでな。…急だったので、お前に話を通さなかったのは申し訳ないと思ってる。すまない
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フッチ
え…? ち、ちょっと待ってください
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フッチ
その人って、まさか…!
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ミリア
新入社員の名前は、リリィ・ペンドラゴン
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ミリア
つい先程、お前が新プロジェクトを締結したばかりの相手方…ティントインダストリーの代表取締役社長、グスタフ・ペンドラゴンの娘だよ
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フッチ
は??????
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それからしばらく後
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■竜洞商事・営業課
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部下A
へぇ、つまり…
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部下A
フッチ主任を気に入ったティントの社長が、社会勉強を兼ねて自分の娘さんをうちに配属させたい、って事ですか?
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フッチ
…そういう事らしい
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部下B
それってなんか公私混同じゃないすか?
いくら主任の事を気に入ったからって、その主任の下で自分の娘を働かせるなんて -
部下A
ミリア社長も良くOKしましたね
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フッチ
ああ…。そういうのを平然とやってのけるのがミリア社長なんだよ。お前達は知らないと思うが、昔っからそういう人なんだ。あの人は
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部下B
しゅ、主任から何やら殺気が…
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部下A
自分達の知らないところで色々あったんだろうな…
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フッチ
はぁ……。まあでも、決まってしまったものは仕方ない
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フッチ
お前達にも苦労かけるかもしれないが、どうかよろしく頼む
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部下A
はい! もちろんです!
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部下B
でもうちの課、女の子がいなかったからちょうど良かったんじゃないっすか
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部下B
むさ苦しい職場にようやく華が出るっすよ!
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部下A
あー、それは確かに
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部下B
どういう娘が来るんだろ?
可愛い娘だったら良いなぁ~ -
部下A
社長令嬢……ごくり
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フッチ
ははは…。お前らは呑気で良いな…
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フッチ
(まったく…これからどうなる事やら。とりあえず来週を待つしかない…か)
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翌週
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■竜洞商事・営業課
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部下A
フッチ主任、確か今日ですよね。
例の『大型新人』が来るのって -
フッチ
ああ。ミリア社長の話によれば、そろそろここに来る予定なんだが…
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部下B
どうしたんすかね。初日から遅刻かな?
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フッチ
…どうだろうね
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フッチ
ちょっと下に行って様子を見てみるか。お前達はここで待っていてくれ
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数分後
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■竜洞商事・入口前
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会社の受付に聞いてみたが、例の新人はまだ来ていないとの事だった。なら、外で待っていればいずれ会えるだろう。
という訳で、俺は会社の入口前で新人を待つ事にした。のだが…。 -
フッチ
ん…?
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フッチ
何だ? 音がするぞ…?
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<ゴゴゴゴゴゴゴ…>
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<何やら騒がしく重厚な機械音、フッチの耳に届く>
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フッチ
しかもこの音、何だかこっちに近づいてくるような…。気のせいか?
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<ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!>
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<更に激しく、より明瞭になっていく機械音>
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フッチ
いや、気のせいじゃない。それに……
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フッチ
何だ、あれは……ッッ!?
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<轟音と共にこちらへ近づいてくる大きな鉄の塊。驚きのあまり身動きが取れないフッチ>
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<ゴゴゴゴゴゴゴ…シュン…>
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<会社の前でピタリと動きを止める鉄の塊>
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リーゼントの男
ふぅ…。やっと着いたぁ…
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色黒の男
お嬢さーん、着きましたよー!
早く降りてください -
<塊の中から顔を見せる三人の人物。男が二人と、女が一人>
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高飛車な女
ふーん、ここね
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リーゼントの男
いやぁ、何とか無事に着いて良かったですね
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リーゼントの男
この車、途中何度も壊れかけるんでめちゃくちゃ焦りましたよ
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色黒の男
こいつは試作品だからな。一般市民に浸透して実用化するには、まだまだ時間と金がかかるだろうよ
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フッチ
(クルマ…? この鉄の塊、クルマというのか)
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フッチ
(こんな乗り物初めて見るぞ。凄いな…)
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高飛車な女
なーんかなぁ…。お父さんが絶賛してたからさぞ立派な企業かと思ったけど、大した事ないじゃない。うちの会社の足元にも及ばないわ
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色黒の男
お、お嬢さん…! そういう言い方失礼ですって!
ここの人に聞かれたらどうすんですか!? -
高飛車な女
知らないわよそんなの。
だって本当の事でしょ? -
リーゼントの男
それはそうと、先方を待たせてるんで早く行きましょう
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リーゼントの男
…あ、すいません
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フッチ
え…? 僕?
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リーゼントの男
竜洞商事ってこちらで良いですよね?
今日これからこちらのミリア社長と、営業課のフッチさんという方にお会いする事になってたんですが… -
フッチ
え…
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フッチ
…という事は、まさか……
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リーゼントの男
あ、自己紹介が遅れました。
俺はティントインダストリーから来たリードと言います -
リード
で、こっちの色黒がサムスです
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サムス
どうも。よろしくお願いします
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高飛車な女
ちょっとぉ!!
いつまでこんなとこで立ち話してんのよ! -
高飛車な女
てかそこのあなた!
あなた、この会社の人でしょ? -
高飛車な女
突っ立ってないで早く中に案内しなさいよ!
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サムス
お、お嬢さん…!
だから失礼ですって! -
リード
これからここでお世話になるんですから、もっと礼儀ってもんを…!
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フッチ
………
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フッチ
……念のため訊くけど、君の名前は?
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高飛車な女
え、わたし?
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リリィ
わたしは、リリィ・ペンドラゴン
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リリィ
ティントインダストリー社長、グスタフ・ペンドラゴンの娘よ
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フッチ
…………!
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こうして嵐のようにやってきた、大型新人・リリィ。
これからの俺の仕事が、生活が、そして人生が、彼女のせいで滅茶苦茶になる事など、今の俺には知る由もなかったのである……。 -
~つづく(かもしれない)~
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