〜 冨岡義勇 誕生日祝いぷち企画 〜
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1
「……もう、義勇さん、いくら寝不足だからって寝過ぎですよ」
一雫、頬になにかが触れた気がした。
近いようで遠い。
ここは水の中だろうか。かすかな声だ。くぐもっていて捉えきれない。水面に映る光のように言葉の輪郭が揺れている。
確かめたくても瞼が持ち上がらない。体がいうことをきかない。右腕が重い。……いや、軽いのか。あるはずの感覚がわからない。意識だけがゆるやかに浮き沈みを繰り返している。
息を吸う。
あれほど体に染み付いていたはずの呼吸が曖昧だ。水の中に溶けてしまったように生ぬるいものが体を満たし、すべてが他人ごとのように遠い。
ここは静かだった。ひどく穏やかだ。
このまま沈んでいればいい。背中を受け止める柔らかな水底はひどく心地良い。
……ああ、そうだ。俺はひどく寝不足だった。
本当に、もうずっと寝ていない。こんなに長い眠りは久しぶりだ。頼む、もう少しだけ眠らせてくれ。本当に疲れた。疲れたんだ。
『義勇、無理しないで寝ていなさい』
今度は底から浮かび上がる泡が触れた。先程と真逆のことが、同じ温度で包み込む。
そうだ、昔、俺は寝込むことが多かった。
熱に浮かされ、だるい体は億劫で。体を丸めて耐える額に、頭や頬に触れる、柔らかなぬくもり。
「……義勇さん」『……義勇』
水面に波紋を描きながらゆっくりと沈んでくる。
そうだ、昔、こんなふうに眠る俺を覗き込んでいた人がいた。
……蔦子姉さん。
2
蔦子姉さんの声が、もう思い出せない。
父母の遺したあの家は姉と二人で過ごすには広く、けれどいつも温かかった。
姉は俺の世話を焼き、学校へ通わせ、熱を出せば薬を飲ませてくれた。俺の手を引く姉は温かく厳しく、叱られるときすら反省よりも安心感が勝った。
『義勇のことは私が守るから。――大切な弟だもの』
姉の顔はいつも柔らかく、声には芯が通っていた。頼もしかった。
それでも、荒れた手や華奢な背や、月に一度は布団から起きれないほどの痛みを抱える姿に、幼い決意を握り締めた。
俺が姉さんを守らなくては。強くならなければ。
だが、明日からは俺だけじゃない。
祝言を挙げれば義兄が姉を守ってくれる。姉はようやく安心できる。楽になれる。
あの晩、そう――油断したんだろうか、俺は。
甘えていたんだ、どこまでも。姉さんの背も歳も追い抜いた今さえ、あの夜のままうずくまってる。強張った指先は永遠に届かず、ただ空をかく。
――その手に、かすかな温もりが触れた。
「欲しいとか助けてとか言っていいし、自分を縛らなくていいし、疲れたらちゃんと休んでいいってことです」
だめだ、それでは守れない。また失う。この血塗れの役立たずの手からこぼれ落ちる。
それでも、指先の温もりが消えない。こうして触れたものがあったかもしれない。掴んで離さなかったものが。
「冨岡さんが命を懸けて託したからですよ。それは錆兎さんのおかげで、お姉さんのおかげなんですね」
……そうだ。姉さんと錆兎から託されたものを、俺は繋ごうとした。この温もりが、そうなのか。
ならば、お前は……。お前は……?
3
――俺は、錆兎のようにあれただろうか。
錆兎と過ごす日々は楽しかった。
修行は辛くもあり楽しくもあった。
足が震えて息が上がり溺れそうなときも、錆兎がいてくれれば再び立ち上がることができた。刀を握る意味も姉の生き様を継ぐことも、圧倒的な強さで示してくれた。
強くて男らしくて優しくて、誰よりも自分に厳しい奴だった。
錆兎は最後まで凛々しかった。最期まで。
錆兎の顔はいつも見えなかった。当然だ。見ようとしていなかったのだから。姉のことも親友のことも、水底に沈めなければ動けなかった。暗く冷たい場所に押し込めなければ動けなかった俺は、なんと未熟なんだろう。
「大事なことを忘れてても、心を閉じてても、冨岡さんはそうしちゃうんです。きっとそういう人なんです。俯かないでください。あなたはとっくに水柱です」
声がまた聞こえた。
柔らかなその声は、水底をわずかに揺らした。励ましではない、だが芯のある強さに俺が思い込んでいた形が少しだけ歪む。
……そうだろうか。俺は、あんな風にはなれなかった。
「でも、もし義勇さんが女々しくて格好悪くても、きっと誰かを一生懸命守ろうとするでしょうから、わたしはやっぱり好きになったと思いますけど」
……そうだな。俺は確かに俺の意思で守ろうと思えた。強くなくても格好悪くても、進んでいなかったわけじゃない。
錆兎のようにはできなかった。
だが、――俺は、俺らしくあれた。
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