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年末のショッピングモールは人が多い。
俺は賑やかな場所はあまり得意ではない。だが、隣を歩く彼女が楽しそうなので不思議と苦ではなかった。
「あっ、あっちのお店を見てもいいですかっ」
隣とはいってもその足取りは目まぐるしい。目的のものがあるのか、彼女は右へ左へと次々と雑貨屋を覗いていた。
「バッグにつけるチャームが欲しいんです。ずっと探してるんですけど……あっ、あれかわいい!」
彼女の目が今日一番――待ち合わせをした時もだが――輝いた。
彼女の視線の先には、色とりどりのアルファベットが並んでいた。布か合皮か柔らかそうなそのキーホルダーは、何種類もの色で分かれていて華やかだ。
彼女は目立つ場所にある赤い『A』を手に取ると何気なくひっくり返し、ふたたび声をあげた。
「義勇さん、見て見て、裏側にりんごが描いてある! あ、AだからAppleなんだ! Hは……Heartですね」
面白そうに次々とひっくり返しては楽しそうに眺めている。なにが描かれているのか、目を細めたり笑ったりしていた彼女は棚に一度戻すと、今度は真剣な顔で端から視線を走らせ始めた。
俺もつられて適当に黄色の『K』を手にし、ひっくり返す。……猫。猫はCatではないのかと緑の『C』を裏返せば、Clover。
首を傾げ、なるほどKittenかと謎が解けたとき、傍で小さな溜息が聞こえた。
「やっぱり、イニシャルないですねぇ……」
「これじゃないのか」
彼女の名前のイニシャルならここにある。青みがかったそれを指差すが、彼女は静かに首を横に振った。
「探しているのは『G』なんです。義勇さんの『G』。でもどこにも売ってないんです。……欲しかったな……『G』」
名残惜しそうに指を這わせている姿に胸がちくりとした。
義勇の『G』。
GIYUの『G』。
普段意識することはないが、確かに珍しいイニシャルなんだと思う。その分需要も少ないのだろう。定番の文字の中に含まれていないことに少しの疎外感を覚え、それが俺自身よりも彼女を落胆させている。
申し訳なさを覚えて「すまん」と心の中で謝りかけたときだった。
「あっ」
別の列をなぞるように確認していた彼女が弾んだ声を上げた。手に取ったキーホルダーの裏面の柄を確認しながら、俺を見上げてにっこりと笑った。
「これにします! 待ってて!」
一瞬も迷わずレジへと向かう彼女を俺は救われた思いで見送った。
「お待たせしました」
満足げに戻ってきた時には、それは袋には入れられず彼女の手に握られていたままだった。すぐにつけるつもりなのだろう。満面の笑みで目の前に差し出されたのは、薄いオレンジ色の――。
「……『S』……?」
「はいっ、『S』です」
理解が追いつかない。
『G』がないなら『T』を選んだのだと思っていた。冨岡の『T』。裏面はTea cupだが。
首をひねりながら『S』に手を伸ばしてひっくり返す。裏面を見た瞬間、俺は言葉に詰まった。
「どうですか。可愛くないですか」
そこに描かれているのは、目が大きくデフォルメされた、やけに愛嬌のある――鮭。
「やっぱり義勇さんといったら鮭じゃないですか。Salmon」
鮭は好きだ。寿司も焼き鮭もうまい。いつだか好物を聞かれて「鮭大根」だと答えるや、「ブリじゃないんですね! 初めて聞きました!」とレシピを検索して作ってくれたこともある。
頭の中が混乱する。お前は俺のイニシャルが欲しいのではなかったのか。俺のアイデンティティとはなんだ。義勇か、冨岡か。
お前の中で、俺は――。
「……鮭か」
「はい、鮭ですっ」
早速取り付けると、彼女は嬉しそうに目の前まで持ち上げ、柔らかく目を細めた。
あまりに真っ直ぐに喜ぶその顔に、ふ、と小さく息が漏れた。
俺の些細な好物をこれほど誇らしげに身につけてくれている。名前が鮭に負けたという小さな引っ掛かりはすぐに消えた。
「行くか」
「はいっ」
歩き出した彼女のバッグで揺れている呑気な顔の鮭に、俺は心の中で静かに礼を言った。
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