かなわない、唇
唇が離れていったので瞼を開けると義勇さんが笑っていた。目尻を下げた、少し困ったようないつもの顔で。
「……な、んで、笑ってるん、ですか」
「随分必死だと思って」
整わない呼吸のまま聞けば頭の後ろを抱えていた大きな手が滑ってきて「真っ赤だ」と頬を摘まれた。
「仕方ないじゃないですか」
ひかたないじゃないれしゅか、になったわたしを見てまた小さく笑うので、ぷぅっと頬を膨らませて追い払う。そんなことは言われなくても百も承知だ。
「……慣れてないんです。笑わないでください」
義勇さんは、ごめん、と笑みを引っ込めるけれどそれでもわたしがいっぱいいっぱいになっているのをどこか嬉しそうに覗き込んでくるから隠れるように胸元に顔を埋める。心臓が直接掴まれたみたいに暴れていた。
「義勇さんばっかり余裕で、ずるい」
幼い恋しかしてこなかった。ときめきの先の触れ合いに憧れることはあってもその先なんて想像したことのない、そんな夢みがちな恋しか。
義勇さんが初めてだ。会えない間の焼けつくような渇きも、満ち足りるという言葉の意味も、快楽を覚えさせるようなキスも全部この人が教えた。
だというのにわたしは、いまだにそれをうまく扱うこともできずこんな幼稚な反抗しかできないのだから嫌になる。
「余裕に見えるのか」
……見えないよ。
きつく抱き締められている腕の中でこんなにも速い鼓動が伝わってこないわけがない。だけどそれは義勇さんの内にあったもので、わたしが起こした波じゃないから。
「 」
なのに困ったようにわたしを呼ぶその声はいとも簡単に胸の内にさざ波を立てていく。ひたひたと爪先まで打ち寄せては水が低いところへ流れるのと同じくらい当たり前にわたしを連れ戻してしまうんだ。
「こっちを向いてくれ」
……ああ、もう、本当に。
結局今日もこうして言いなりになればこんなにも嬉しそうに青い瞳を潤ませるから飲み込まれてしまう。息苦しさに空気を求めて喘げば、鼻先に優しい唇がそっと触れた。
「もう一度してもいいか」
だめだなんて言うはずがないとわかっているくせに判断をわたしに委ねてくるこの人は、やっぱり優しいのではなくてずるい人なのかもしれない。年も違うし経験値も違う。たとえこの先何度してもこの差は埋まらないんだろう。
それがちゃんと悔しいのに、なのに、自分から飛び込む勇気もこの青に溺れずに戯れる術も持たない今のわたしは、乞われるがままに瞼を閉じ、引き結んだ唇の合間を「入れてくれ」と言いたげになぞる舌先に観念するしかないみたいだ。