後藤の部屋

 まぁあり得るよな、事後処理部隊つっても鬼の活動範囲にいるんだしよ。
 突如現れた鬼は散り散りに逃げた仲間のうち俺を晩飯に選んだらしい。必死に逃げ込んだのは生憎の袋小路。作業用小刀を構え向き直るも差し迫る異形に時すでに遅しと悟る。――ちくしょう、こんなことならさっさとあいつに――!

「後藤さん! 伏せてっ!」

 見えかけた走馬灯をぶった斬ったのは小さな黒い影。蹴飛ばされて倒れ込み、尻餅をついたまま眼前で繰り広げられる文字通りの死闘に瞬きを忘れた。

「大丈夫ですかっ! 怪我はしてませんか!」

 頚を斬ってから振り返った「滅」の持ち主は脳裏をよぎった顔だった。してないと頷くと途端にふにゃりとゆるむいつもの笑顔に飛び散る血も泥もやけに似合っていて、地面についた手が情けないほど震えた。

「怖かったですか? もう一体いたと思わなくて。遅くなってすみませ……」

 言葉尻は腕の中で消えた。引き寄せただけで簡単に転がり込んできた華奢な体がわずかに身じろぐ。

「あ、あのっ、私今汚いし、暑くて汗臭いから……っ」

 それでも黙って力を込めれば抵抗は止み、やがて恐る恐ると回ってきた手がいまだに震える背中を撫で始めた。……怖ぇよ、悪いか。怖くて仕方ねぇよ。お前はいつもあんな捨て身の戦い方してんのか。

「つーかお前よく俺ってわかったな、こんななりでよ」
「……だって、後藤さんだから……」

 台詞だけは余裕ぶったつもりが返ってきた涙声といつの間にか俺よりも震えてしがみつく手に、ああ、と観念した。無茶すんなとは言えねぇけど、俺はお前の帰りたい場所ぐらいにはなれんのか?

「風呂、入ってけよ。俺ん家そう遠くねぇから」

 口布を指で押し下げた俺の顔に何を見たのか濡れた瞳が揺れた。それでも小さく頷くのを確認し抱き上げる。今夜はもう何も隠せる気がしなかった。



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