善逸の部屋

 任務で遠出した先で男性隊士と同じ場所で休むことがなかったわけじゃない。それでも街道を外れてようやく見つけた宿で一部屋しか空いてないと言われた時、隣にいた我妻くんの顔を見れなかった。

「ここから半分こね」

 真っ赤な顔と荒い鼻息の我妻くんに、部屋の真ん中の畳の縁をなぞり互いの陣地を決める。入ったら斬るからと脅してお風呂へと向かう時、さすがにひどくない? と半べそをかく我妻くんの羽織を隙間風がひらひらと揺らしているのが見えた。

 戻ると我妻くんは浴衣姿で開けた窓から月を見上げていた。こちらを振り向かない真剣な横顔が意外だった。立てた膝で裾から露わになってる筋肉質な脚に昨晩のあまりに美しかった一閃を思い出し、起きてるときにもそんな顔ができるんだなと胸が軋む。浮かべているのは、ねぇ、道中散々聞かされたあの女の子?

「あんまり窓開けてたら冷えちゃうよ」
「そんなに変わらないんだよね、ここ隙間風ひどくってさぁ。布団も冷たいしめちゃくちゃ寒いんですけど」
「しょうがないなぁ、じゃあこっちに来る?」
「え……ええっ?! いいの?!」
「だって私も寒いもん。あったまりたい」

 気楽な感じで言ったつもりだったのに、この数日で見慣れた本気かふざけているのかわからない態度がすっと消えていった。本当は気づいていたんじゃないの? ずっと隣にいる女がどんな音をさせていたか。

「……そっちに行ったら」

 俯きそうな弱気を懸命に堪える視線の先、立ち上がった足が踏み出す。

「俺、何するかわかんないよ」
「いいよ。その代わりもう私の前で他の子の話をしないで」

 真っ直ぐに見つめれば、え、とつぶやいたきり境界線を一歩またいだその足が止まる。
 やがて狭い部屋にミシリと、片足が畳を軋ませる音がした。

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