玄弥の部屋

 玄弥が目を覚ましたのは真夜中だった。障子の向こうは満月でほの明るい。にも関わらず悲鳴嶼に与えられた部屋の中は涙で滲んで見えた。たった今見ていた兄の夢のせいだ。もうガキじゃねぇのにと拭おうと腕をもちあげるもやけに重い。何かに引っ掛かっている指先を見、それに繋がる呑気な寝顔を見て飛び起きた。

「なんでお前がここで寝てんだ!」

 隣で寝息を立てていたのは姉弟子だった。指先に残るわずかな痺れに繋いでいた時間の長さを教えられて恥ずかしさに荒らげた声にも怯まず、もう起きて平気なの? と寝ぼけまなこを擦っている。

「様子を見に来たら玄弥が行かないでって呼ぶから」
「呼んでねぇ! 阿保か!」
「怪我したときは誰だって心細くなるからいいんだよ」
「勝手に決めてんじゃねぇ! いいから出てけ、なんで人の布団に入ってんだ!」
「『姉ちゃん』て袖を掴まれたからだよ」

 いくら怒鳴っても慣れたもので簡単な返答があるだけ。それでも、じゃあ戻るね、と立ち上がった時わずかに落とされていた肩に頭をかきむしった。呼んだかもしんねぇ、『姉ちゃん』じゃなく『兄ちゃん』だけど。なら他に言うことあるだろうが俺は。

「……悪かったな」

 ぶっきらぼうな言葉に姉弟子は振り返ると二、三度瞬き、引き戸にかけていた手を玄弥の頭へと移してぽんぽんと叩いた。

「突き放したり引き留めたり、玄弥は忙しいね」

 うるせぇ撫でんな。その腕を引っぺがすのと同時にしゃがんだ姉弟子の体が傾いた。その程度で転ぶような女でもあるまいに咄嗟に支えようとした腕の中、転がり込んできた瞬間一気に首筋が火照る。確かな重みはとっくにここにいる理由のひとつだ。
 ……姉なんて思ったことねぇ。
 言葉にする代わりに汗ばむ手に力がこもった。



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