錆兎の部屋(生存if)


「……うるさい」

 そう煩わしげに言われたのは、布団の上で胡座をかいている錆兎の横で、新しく始めた鍛錬の方法の話を終えて、最近公開された活動写真の演目について話し始めた時だった。

「いったいいつまでペラペラと話しているつもりだ。もう一時間も聞いてる」
「久しぶりに会うのに話もしちゃだめなの?」
「久しぶりに会うのにお前は一晩中そうしているつもりか。俺はこれ以上付き合う気はない」
「じゃあ寝ていいよ……っ!」

 首の後ろをかきながら溜息をつく不機嫌な横顔にカッとなってその胸元を両手で強く押した。不意打ちだったのか本当にそうするつもりなのか、簡単に布団の上に仰向けに倒れ込んだことに腹が立ってそのまま衿元を掴んでのしかかる。

「わたしはっ! ずっとドキドキしてしんじゃいそうなのっ!」

 久しぶりなんかじゃない、初めてなんだ。そういう・・・・夜を二人で迎えるのは。それなのに声も手もこんなに震えているのはわたしばっかり。錆兎はずっと生返事で、今だって余裕な顔で電球が眩しいとでもいうように目元に手を翳して黙ったままだ。

「お願いだから……っ、もう少しだけ待ってよ……」

 ……だめだ。泣きそう。
 鼻の奥がツンとしてきて唇を噛みしめた次の瞬間、くるりと上下が入れ替わり、それまで見下ろしていた錆兎の顔が見上げる位置にあった。

「『しんじゃいそう』なのが自分だけだと思っているのか」

 寝間着の衿を掴んだままの手が解かされて心臓の上に導かれる。わたしと同じ速さの鼓動を感じて我慢できずこぼれた涙を無骨な指がぬぐっていく。

「一時間待った。もう生殺しはやめてくれ」


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