第八話 熱
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◇
冨岡さんに稽古をつけてもらえることになって数週間ほどが経った。
だけどわたしですら任務が立て込んでなかなか時間が取れないのだから柱ともなればその比ではないようで、最近見直されたという担当区域の拡がりで冨岡さんは激務に追われているようだった。
そのせいなのか元からそうなのかはわからないけれどたまの稽古はもうなんていうか、冗談でしょと泣きたくなるくらい厳しくて、この間の冬に刀の握り方を矯正してもらった時とは大違いだった。
的確な技を繰り出すのに一瞬でも迷えば「判断が遅い」と庭の端まで叩き飛ばされ、「覚えは悪くない」と褒められたのかと思えば「頭が悪い」と落とされる。「全て受け止めてみろ」と壱から拾まで型を全部混じえて次々に攻撃を繰り出された時のことは、ちょっと思い出したくない。
「ありがたいことじゃねぇか」
蝶屋敷でたまたますれ違った後藤さんはしれっとした顔で言う。
「柱なんて継子以外にほとんど稽古つけねぇのにそれを本気でやってくれてんだろ。それにお前、水柱様なら本望だろうが」
「はい……。まったくおっしゃるとおりなんですけど……」
「じゃあ頑張れ。あ、でも」
いつもなら気軽に肩を叩いてくる後藤さんの手は今日はお盆でふさがっている。そこに乗っているカステラのふんわりとした匂いをかぎながら、はぁい、と気の抜けた返事をすると珍しく真剣な目で忠告される。
「お前、妙なのに絡まれないよう気をつけろよ。変な噂耳にしたぞ」
「噂、ですか? わたしの?」
「まぁな。女がちょこちょこ男の家に出入りしてれば多少は言われんだろうけどよ、タチの悪いのだったから気になってよ」
「言い方……」
「これでも大分ぼかしてんだよ」
「こっちはそんな余裕ないんですよ……」
最近はしごかれてばかりで「好きです」なんて言えるような雰囲気でもない。
そう気づいてしまって、また溜息がこぼれた。
◇
『明日の朝戻る』という文をこちらからの近況報告の返事として菫が持ち帰ってきたその日、任務の入っていなかったわたしは張り切って隊の修練場に向かった。
他の人が帰った後も一人でひたすら打ち込んでいて、気づけば夜十時に差し掛かっていた。こんなに長時間動けるようになっていることに我ながら驚いてしまう。
もう少し続けるか切り上げるか迷っていた時、
「ずいぶんと張り切ってるな」
と声をかけられて振り返ると、以前に任務を共にしたことのある先輩が戸口に寄りかかっていた。
「お久しぶりです。お元気でしたか」
「まぁな。見てたよ、すげぇ動きが速くなった。変わるもんだな」
「ありがとうございます!」
風の呼吸を使う先輩に速さを褒められ稽古の成果が出てるのだとまた嬉しく思っていると、先輩の背後からもう一人隊士が姿を見せた。
先輩より少し体格のよいその人は、わたしが挨拶をしても片頬を歪ませただけで返事もせず、
「この子?」
とじろじろと見つめてくる。
初対面なのにその粘着質な目が好きになれなかった。
「お前さ、最近何かあった?」
朗らかに聞かれて先輩へと視線を戻せば、その声とは違いわたしを見る目が今し方のまとわりつくものと同じに思えて、ほんの少しだけ身を引いた。
「なんだか妙に綺麗になったよな」
「そう、ですか? ありがとうございます」
急に居心地が悪くなってやっぱりもう切り上げようと脇を通り抜けようとするけれど、半歩早く前に立ち塞がれる。
「うん、色っぽくなった」
行く手を遮られた……? 思い違い……、じゃない。暑かったからと一番上の釦を外したままのシャツの胸元をちらちらと覗き込まれている。後ろの隊士は見ていることを隠しもしないで、不躾な視線を体に這わせてくる。警戒しろと全身が告げていた。
「最近よく水柱のところに通ってるんだってな」
「あの人が戻るたびに呼び出されてるんだろ。なにか艶っぽい事でもしてんの?」
……後藤さんが言ってたのはこれか。ところ構わず冨岡さんに好きですと言ってきたので揶揄われるのには慣れているけれど、さすがにこれは気持ちのいいものじゃない。
「冨岡さんはそういう人じゃありません。稽古をつけてもらってるだけです」
「稽古、ね。そういえば前にも水柱のところに通ってたことあるんだって?」
「あの時はお館様の指示で伺ってたんです」
たしかに春先に書類仕事を手伝いに行ってたことがある。そう答えると二人はチラリと視線を交わし交互に笑った。
「あの時、は、か」
「じゃあ今は違うんだ」
「なぁ、稽古ってどんな?」
「閨房術とかだろ? あの人もあのお綺麗な顔なら不自由しないよな」
どうしてもそういう方向に持っていきたいみたいだ。なんてくだらないんだろう。二人して、くくく、と笑う下品さに心底幻滅した。
「変な勘ぐりはやめてください。柱に対して失礼です」
「庇うねぇ。こんだけ健気ならそりゃあ水柱も手を出すよな」
あからさまな嫌がらせに冷静に答えるけれど、急に距離を縮めてこられてびくりと体が強張った。避ける前に伸びてきた腕に肩を抱かれ耳元で囁かれる。
「なぁ、俺たちにも稽古の成果みせてくんない?」
「嫌です。やめてください。それ以上は冗談の域を超えますよ」