第七話 花火
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◇
紫陽花の庭のある藤の家紋のお屋敷の奥様に声をかけられたのはその夜から数日経った頃、そこで単独任務を終えたわたしとしばらくここに滞在して巡回するという冨岡さんが、部屋で稽古の予定などを話していた夕暮れ時だった。
「え。花火大会ですか?」
滞在しているわたし達隊士にいつもそれとない気配りを控えめにしてくれている人からの意外な提案に、思わずきょとんとしてしまう。
「はい。この辺りで昔から行われている納涼の催しなのですがそれが丁度今夜でして。ご覧になられたことはありますか」
奥様によれば江戸時代から続く伝統的なもので毎年多くの人出で賑わうのだという。手花火なら昔やったことがあるけれど空に上がるのは見たことがない。
首を横に振ると「近くですので是非」とたおやかな笑みを向けられたけど、すぐには頷けなかった。
つい先日音柱様が上弦の鬼を倒し、その時の怪我で引退したと聞いたばかりだ。とんでもない偉業と引き換えのその穴は当然大きく、柱の担当区域も見直されてさらに広い範囲を受け持つことになったらしい。冨岡さんがここに滞在しているのもそういう事情だった。わたしにもいつ指令が来るかわからない。
でも……。
「宜しければ、宵谷様にこちらを」
奥様はまるでわたしの胸の内を読んだように脇に置いていた包みを滑らせた。促されるままに畳紙を解きのぞいたのは、鮮やかな青地に刺繍の入った紗の薄物だった。
「こんな綺麗な着物、お借りできません! わたしには勿体ないです!」
「せっかくの機会ですのでそう仰らず。きっとお似合いになりますよ」
ねぇ、と同意を求めるように冨岡さんの方へ向くから慌ててしまって、
「いえ! この格好のまま行きますから!」
と答えてしまい、心なしかにっこりと笑われた気がして慌ててつぐむけれどもう遅い。
おずおずと冨岡さんを窺うと、
「任務がないなら行ってくるといい」
と頷いてくれるけれど、それを見た奥様は「あらあら」と大袈裟なほど驚いた表情を浮かべてみせた。
「水柱様ともあろう方がまさか夜に女性を一人で外出させるおつもりですか」
奥様の言葉と視線を受けて冨岡さんが一瞬返答に詰まった。任務のときはほとんど一人だからそれは大丈夫だけれど、なんとなくここはわたしが口を挟むところではない気がする。それにわたしがいくらこっそりと祈ったところで多忙な水柱様は当然花火よりも見回りの方を選ぶと思った。
「待ってるから着替えてこい」
だからすぐにそう言い直した時には耳を疑った。けれどそれすら奥様の意にはそぐわなかったらしい。今度は呆れたような顔と声音で「まあまあ」がまたしても続く。
「冨岡様のお召し物もちゃんと用意してございます。失礼ながら花火の夜にその隊服はいささか野暮というもの。隣に立たれる宵谷様が困りますでしょう」
隊服に少なからぬ誇りを持っていたわたしにはなかなかの衝撃だった。冨岡さんも、心外、とでも言いたげな表情だ。けれどまあ確かに、この時期に詰襟の隊服が暑苦しいのは否定できない。花火の夜と言われてしまえばその通りなのかもしれなかった。
「さあさあ、ではお二人ともこちらへ」
わたしたちの心中には目もくれず奥様は強引にまとめて微笑んだ。強い。
奥様はたおやかな見た目とは裏腹にかなり押しが強いみたいだ。経営しているのがかなりの大店だと聞いたからそのせいかもしれない。一人で着ると言っても「まあまあ」と押し切られ別の部屋へと連れて行かれてしまう。
鏡台の前に座らされるなり次々と並んだ化粧道具に、すごい、と声が弾んだ。あまり化粧はしないけど小さくて可愛いものを見るのは楽しい。それにわたしにお白粉や頬紅を塗りうすく眉墨を敷いてめかし込んでくれる優しい声や手つきは、どこか母さんを思い出して温かくなった。
「わ、そんな口紅、初めて見ました」
「輸入物のリップスティックです」
モダンな容器の色とりどりの棒紅から一番淡い紅を指される。ほんの少しでいつもよりも明るくなる自分の顔がこそばゆくて、冨岡さんはなんて言うかな、なんて期待と不安が入り混じる。でも、うん、まあ何も言わないだろうけど。
「まあまあ、なんて白いお背中……」
化粧を終えて着替えのためにシャツを脱いだわたしの背を見た奥様の言葉がハッとしたように途切れた。たしかにほぼ毎日詰襟を着ているおかげで日焼けしないから白いのかもしれない。けれどその分、以前速記の鬼に髪を切られた時の首の後ろの傷痕は逆に目立ってしまっていた。
衿をそんなに抜かなければ見えない。それでも申し訳ないものを見せてしまったことを気まずく思っていると、「お任せくださいね」と再び白粉を取り出した。
「こうすれば目立たなくなりました」
肌色の白粉を塗っては紙で押さえるのを何度か繰り返されると一直線についていた赤い傷跡はたしかに薄い。
お礼を言うと「いいえ」と奥様が満足げに笑い襦袢を手に取る。お言葉に甘えて手伝ってもらうけれど、やけに衣紋をぐいぐいと抜くので振り返った。
「あの、首が少し寒いのですが……」
目立たないとはいえさすがにどうかと思ったのでやんわりと断ろうとすると「いいえ」と同じ調子で、でもやけに断言されて思わず首を傾げる。
「これくらいで良いのです。こうでもしないと冨岡様はお気づきにならないでしょう」
「え?」
聞き返すと、奥様は誰もいないというのに部屋をくるりと見渡し声を潜めた。
「皆様方がここへいらした晩、不足はないかと家の者が伺った際に聞いてしまったようで」
「何をですか?」
「何って、『子種をください』というあれですよ」
とんでもない返答にそのまま固まってしまった。
顔色だけが頬紅も口紅もいらないほど真っ赤に変わったのを見てか、それ以上は聞いておりませんのでと取り繕ってくれるけれど、どうせなら全部聞いていてほしかったくらいだ。
「よろしいですか、冨岡様は眉目秀麗で冷静沈着なお方ですが男女の機微には相当疎い方だとお見受けしました。もし本気であの方と夫婦になりたいのならもっとわかりやすく誘わなければいけません」
「さ、誘うってなにをですかっ?」
「房事に決まっておりますでしょう。失礼ながらこの数日お二人を拝見しておりましたがそういったご様子がないようでしたので。脈がないわけではなさそうなんですけれどねぇ」
「あ、あ、あああああれは違うんですっ! あれはその、喧嘩のようなもので!」
「あらあらまあまあ、確かに子作りは閨でする男女の喧嘩のようなものですけれど」
「いえそうじゃなくてっ、本当に違うんですっ」
否定しようと振り返ると、前を向けとばかりに帯を締め付けられ喉がぐぐうと鳴った。さらに「ほほほ、お若い方はよろしいですね」なんて笑ってばかりで聞いてくれない。ずっとそんな目で見られていたのかと思うと恥ずかしいやら怒りたいやら申し訳ないやらが入り混じった気持ちになる、けれど。
「煉獄様以外に柱の子どもというのはあまりお聞きしたことがないので、私共も楽しみにしているんです」
ふいに違う調子に変わった声に口をつぐんだ。柱の子どもだからって隊士になるわけじゃない。それでも過去に鬼から救われたという藤の花の家紋の家の方にとっても鬼殺隊の柱というのはどこか特別な存在なのかもしれない。
「頑張ってくださいね」
拳を握って応援されてしまえばなんとも言えない。
すでに玄関で待っているという冨岡さんとどんな顔をして会えばいいのかと顔をおおうと、化粧が崩れます、とぴしゃりとした元通りの口調が飛んできた。
◇
……でも奥様、なにをどう頑張ればいいのか見当もつきません。
冨岡さんは案の定、わたしを見てもなにも言ってくれなかった。
いつぞやの体調不良にはすぐ気づいたのに化粧は気づかないんだなぁ、と前を行く背中を見つめながら暮れなずむ街の通りを複雑な気持ちで進む。冨岡さんが着ている着物は紺地の紗が涼しげで派手ではないけれどよく見ればわかる程度の薄い小紋柄。伸びた背筋も凜としていて粋で見惚れてしまう。
「冨岡さん。その色とてもお似合いです」
あまり日に焼けていない白い肌が映えるなぁとそう言うとようやく肩越しに振り返った。まっすぐわたしを捉えた目がゆっくり一度瞬く。
「お前も」
ボカンと顔が真っ赤になるのがわかった。礼儀として言ってくれたんだってわかってはいてもそれだけで心が弾む。
お借りしてよかったなとにやける頬を押さえると、化粧! と奥様の声が聞こえた気がした。
冨岡さんは歩くのが早い。
時々小走りになりながら付いていくうちに周囲にも徐々に人が増えてきたので、はぐれないように少しだけ距離を詰めて歩きながら、ふと横を歩く男女に目が留まった。女の子はきっとわたしと同じくらいの年の頃。時折男性に何事かを話しかけられるとほっそりとした手を口元に運んではにかむ姿が可愛かった。
あからさまな視線に気づいたのか恥ずかしげにそらされてしまってから、わたしは自分の両手を縮こめて袖に入れた。
……別にいじけているわけじゃない。
ささくれと傷跡と胼胝だらけのかたい手は、この繊細な着物には似合わないと思っただけだ。
それでも無意識に下唇を噛んだ時、よそ見をしていたせいか足下が疎かになって前のめりにつんのめってしまう。
「きゃ……! すみませんっ!」
前を行く冨岡さんの背中をはっしと掴んで転ぶのは免れるものの、情けない。わたしが引っ張っているせいで動けないのか、歩みを止めた冨岡さんは前を向いたままぼそりと言った。
「戻るか」
「え?」
「足」
「……後ろに目でもついてるんですか」
お屋敷を出てからあの一度しか振り返っていないのにどうしてわかるんだろう。お借りした下駄が馴染まずさっきから歩きづらかったことに気づかれていたとは。
「大丈夫です。見たいです、花火」
手を離して答えるとまた歩き出しわたしを振り返らないけれど、その歩みがさっきよりゆっくりになるから胸がきゅっと締め付けられてしまう。
眉目秀麗で冷静沈着、本当にその通り。でも疎くも鈍くもないんです、奥様。
上背もあり役者のような綺麗な見目の冨岡さんがいつものように集める周囲の視線が、今日は傍を歩くわたしにもちらりと移る。
……もしかして、わたし達も恋人同士に見えるのかな。
なんて。
少しだけ。
思うだけなら。
それが起きたのは近づくにつれて増える人出に目を丸くしていた時だった。
突然、ドン、という低い音が空気を震わせる。
「……っ! 爆発っ?」
おそらく向かう先からだ。立ち止まって警戒すると賑わっていた周囲も騒然に包まれる。けれどそれは騒然というよりはむしろ期待感に満ちた顔で同じ方を向いていた。よく見渡せば、むしろ周りの人の方がわたしを見てくすくすと笑って通り過ぎる。
「……あれ?」
……もしかして。もしかすると今のって。
「宵谷」
冨岡さんは顔を背けたまま、
「大丈夫だ。それも間違いじゃない」
と言ってくれるけど。
「笑ってるじゃないですか……!」
堪えきれず震えている肩に気づいて今度こそ両手で顔をおおう。これは恥ずかしすぎる……!
「本当に初めてなのか」
「……はい……」
とん、と背中を叩いて促され下を向いたまま仕方なしにまた歩を進める。
指の隙間から窺うと、隣に並んだ冨岡さんが「大丈夫だから」と言い聞かせるように繰り返すのが余計に恥ずかしかった。
何度かドォォーンと空気が揺れる音を聞くうち、ようやく屋根の向こうにチラチラと花火が見えてきた。
それは不思議な光景だった。濃紺の空に突然現れた光の粒が瞬きながら丸く大きく広がっていく。あっという間に見えなくなるのにたなびく白い煙が確かにそこに咲いていたと教えてくれている。
「すごい……。今の見ましたか」
冨岡さんを振り仰ぐとその視線は空ではなくわたしに注がれていた。
また何か間違えたかとどぎまぎしてしていると、
「気は晴れたか」
次の花火が上がる間にそう言われて動揺してしまう。
「そんな風に見えてましたか」
「俺のせいか」
問い返すと頷いてそんなことを言うものだから一瞬だけ迷ってしまった。
「……そんなこと、ないです」
「少なくとも屋敷の者はそう思ったようだ」
「え?」
「出掛けにお前のことをちゃんとしろと言われた」
「あ、それは」
言いかけて、まさか『子種』云々の話をするわけにもいかず黙り込む。冨岡さんは少しだけわたしを見つめていたけれどそれ以上は聞かなかった。
その間も花火は咲き続ける。
よく見ると地上から小さな粒が一生懸命に空へ昇っていき、ほんの少し不安になるだけの間を置いてから赤い光が勢いよく弾けて溶けて消える。消えてしまうと空がさっきよりも黒く見える。でもどうしてだろう。ずっと見ていると少しさみしい気持ちになって知らず胸を押さえていた。
「綺麗、ですね」
「花火は元々亡くなったものへの供養だそうだ」
声の調子からそれに気づいたのかそんなことを教えてくれるから色とりどりの光の花にみんなが重なった。
――父さん、母さん、弟、兄様。共に戦った隊士のみんな。鬼の犠牲になった人々。
次々と打ち上がる花火はみんなのところにも届くんだろうか。
届くといいなと思う。でもどうしてか、亡くなった人のためじゃなく今生きている人のためなんだろうと思えた。
隣で空を見上げている冨岡さんに視線を移す。
今なにを考えてるんだろう。供養の花を見上げながら誰を想ってるんだろう。
赤い花、緑の花、橙の花。
上がるたびに歓声が聞こえる。
笑いながら、大騒ぎしながら、みんな心の内で誰かを想ってるんだろうか。
「考えてることなら、あったんです」
それだけでさっきの話の続きだとわかってくれたみたいだ。
「冨岡さんがわたしに線をひくのどうしてかなって」
わたしを静かに見つめてくれる。
「口だけだからですよね」
いつだって必ず強くなると決意したその時は本気のつもりだった。でもあの雨の日、捕まった人を助けるより仇討ちにとらわれた。頭も視界も冴えていたけど冷静なんかじゃなかった。
「偉そうなこと言っても覚悟なんて決まってないんです。結局いつまで経っても未熟で無謀なのは、自分の気持ちばかり優先させちゃうからです。鬼を斬るのは人を守るためなのに」
冨岡さんが揺れないのはきっと覚悟の差だ。家族を奪われて鬼殺隊に入ってだいぶ経つのにわたしは弱いし、本当はずっと弱いままでいたかった。恋人のそばで細い手をしてはにかんでいたあの女の子のようになりたかった。わたしの脆弱な覚悟では日輪刀を振るうのにきっと足りない。
――でも。
「でも今、花火を見てたらこの光景を守りたいって思ったんです」
ここにいるほとんどの人は鬼なんてきっと知らない。知らなくていい、と思う。そのために鬼殺隊がある。誰にも気付かれないところで守ろうとしてる人がいる。わたしが癇癪を起こすよりずっと前から。たくさんの悲しみを抱えながら。
「わたし、大切な人が生きている場所を守りたいです」
冨岡さんが口を開きかけたけれど結局何も言わずにつぐんでしまった。当たり前だと言いたかったのかもしれない。それでも知っていてほしい。返事なんていらないから。
そうして一心に見つめすぎたんだろう。
「きゃ」
周りの人の流れに気づかず、ドンとぶつかられてまたしてもつんのめってしまう。
「何度もすみません」
今度は腕を掴まれて引き戻されるけれどあきれ顔をされたかもしれない。面目なく思っていると、冨岡さんはわたしの手を自分の腕に絡ませた。
「掴んでろ」
「いえ、人前でそんな」
「どうせ誰も見てない」
恥ずかしくて離そうとするけれど上からぐっと押さえ込むように握ってから何でもないことのように夜空へと顔を戻していった。青みを帯びた瞳に花火があがる。
「……見てますよ……」
わたしが見てます。
目を奪われて離すことなんてできない。
生かされて辿り着いた先で出会った、この荒れた手を握ってくれる人。
「冨岡さん、好きです」
何度も伝えているその言葉はちょうど上がった花火の音でかき消されてしまう。でも聞こえているとわかっていた。
「今日、一緒に見れて良かったです」
重ねられた手の近くの衣を掴みそっと額を寄せる。
……お願い、もう少しだけ。
次の花火があがるまで、このままでいさせて。
――ふいに。
腕を掴んでいた手を引かれ、背中に腕がまわった。
一瞬のうちに抱き締められるような形になり、肩の上に頭が降りてきてそのまま動かなくなってしまう。
「ど、どうしたんですか、具合でも悪いんですか」
らしくない振舞いに驚いて聞けば、こくん、と頷かれて慌てて体を支える。
「帰りましょう。ごめんなさい、わたしが来たいなんて言ったから」
そうは言うけれど混雑した中で身動きを取るのは難しくて焦ってしまうし、
「……な」
耳元で呟かれたあまりに小さな一言は周囲の喧騒で届かない。
「え?」
聞き返せば。
「こうしていれば治る」
返答に、固まる。
……こうして、とは。……え、いつまで?
さすがに周りの人がはしたないとでも言いたげな視線を送ってくる。でも冨岡さんは本当にそのまま動かなくなってしまって。
――もう、なるようになれ。
衆目の中で倒れないようにきつく支えながら胸の中に顔を隠した。
◆
宵谷が花火を見たかった理由はわかっていた。
次に生きて見れる保証などないからだ。
自分が。あるいは俺が。
転びかけたところを腕に掴まらせると寄り添ってくる彼女を見下ろせば、相変わらず細い肩がのぞく衿元から首の後ろのあの日の傷跡がいやでも目に入る。
……残ってしまったのか。こんな目立つところに。
薄化粧と色白の肌に映える着物、素足に鼻緒。初めての花火に輝かせる目も人混みで簡単に弾かれてしまう軽い体もどこにでもいる普通の娘のように見えるのに、花火を爆発音と聞き違えて咄嗟にとったのが差してもいない刀に手をかける仕草とは。
口だけだなんて思ってない。数ヶ月であれほど実力を伸ばすための努力の量なら少しはわかるつもりだ。刀を握る理由も心持ちも各々が定めればいい。それでもお前に余計なことを言ってしまうのは、多分、……俺が。
夜空に大輪の花が咲き、腹に響く低い音を立て一瞬ののちに溶けて消えていく。
父さん、母さん。蔦子姉さん。──錆兎。
鬼にされた人、鬼に食われた沢山の人、夕方には大声で笑っていたのに朝には物言わぬ骸となった同じ隊服の隊士。
まだ幼さの残る若い隊士もあれほど強かった煉獄でさえみんないなくなってしまう。
「……っ」
堪らず宵谷の体を引き寄せると腕の中で困惑したような声が漏れた。
こんな人混みで抱き寄せられて戸惑わないわけがない。身じろいだために鼻に届いた着物に焚きしめられた香と彼女の汗が混じり合った匂いに胸が締め付けられる。
「具合でも悪いんですか」
……そうかもしれない。
苦しくて呼吸がままならない。
『わたしのこと試したんですか。……来ないのか、って』
そう問われたのはつい先日の雨の夜。
本気だった。お前がここより安全な場所へ戻るなら孕むまで抱いてもよかった。あの晩、触手に取り込まれたお前が自力で抜け出してきた時、いないと見限っていたはずの神仏にどれだけ感謝したかわからないだろう。
傷つかないでほしい。幸せな場所で笑って普通の人生を送ってほしい。
あの選別を突破した人間に俺なんかが言ってはいけない。
だからせめてもっと、誰よりも強くなってほしい。
俺に出来ることは何でも教えてやるから。
だから自分の身を案じてほしい。
頼むから、宵谷、お前は。
「……死ぬな」
口の中だけで願う。聞き返すな。二度は言えない。
お前の『大切な人』に俺が入っていないことを祈るのに、離せなくて腕に力がこもる。
……ごめん。このまま、もう少しだけ。
この花火が終わるまで。
(続)