天然初恋泥棒
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冨岡くんに彼女がいるらしい。
そんなうわさを聞いたのは学校の帰り道だった。
踏切を渡ったところで一番前を歩いていた子が「ねぇ、そういえば大ニュース!」なんて振り返るから「なになにー!」なんてみんなと同じようにちょっと大げさに駆け寄ったら、ただでさえ重いランドセルのひもが肩に食い込んできて痛かった。
彼氏彼女くらいたいしてめずらしいことじゃない。一学期にはあたしにもいたし。でも図工の授業のときに別の男の子に手伝ってもらったら後で怒ってきたからめんどくさくなってすぐに別れた。
だからしばらくは彼氏はいいかなって感じ。友だちの「手繋いだ」とか「ハグしたーい」とかそういう話を聞ければそれで満足だ。
とはいえそういう話に冨岡くんが登場するのはちょっと意外だった。足は速いけどクラスのなかでもおとなしくて、だれかと付き合ってるところはあんまり想像できなかった。
「ノートに名前を書いてたんだって! ちょっと顔赤くしてたらしいよ!」
「えーっ! だれだれ?」
「わかんないの! でもなんかむずかしい名前だったみたい!」
それだけで「好きな人」どころか「彼女」がいるってことになるなんて冨岡くんもかわいそうだなぁと思ったけど、最近恋バナの楽しさを覚えたあたし達は話題に飢えていて帰り道を盛り上げるにはうってつけだった。
それでもヒントがそれだけしかないんじゃ正解はわからないし、あんまり目立たない冨岡くんの話はたいして盛り上がらなくてそれっきりになっちゃったけど、あたしは明日からどうしようって憂鬱でしかたがなかった。
どうしてかというと、冨岡くんとは席が隣同士で困ったときにはよく話しかけていたから。冨岡くんはいやな顔をしないしすっごく丁寧に教えてくれるからとっても助かってたんだ。
さっきもちょっとぼんやりしちゃって「教科書今何ページだっけ」って聞いたら先生に聞こえないように少し顔を寄せて小声で教えてくれたけど、こういうところを彼女にやきもちをやかれてなにか言われたらいやだなぁなんて、昨日まではなかった余計な心配にため息をつきながらこっそりと隣を向いた。
冨岡くんは休み時間なのにノートを開いていた。さっきの授業と同じ国語のノートだ。集中してるのか顔を上げないのをいいことに初めて横顔をじっと観察することにする。
よくよく見ると冨岡くんはかっこよかった。かっこよくてきれいだ。
長くて濃いまつ毛もきゅっとした鼻や唇もお人形みたいだ。優しいしうるさくないし中学生になったらクール系でモテるかも。彼女さんお目が高い! なんて、なぜかちょっとだけ惜しくなったり。
でも正直にいえば、付き合うとか恋とかはよくわからなかった。彼氏彼女を作るのがブームだっただけで元カレのこともべつに好きじゃなかったし。でも冨岡くんはそういうノリのことをしなそうだ。真剣な横顔にどうしてかそう思った。
本当に彼女がいるのかなぁ、なんて鉛筆を握っている手元に視線をうつしたとき、どきんと胸が大きく鳴った。書いてる。誰かの名前かもしれない。バレないように少し後ろから体を寄せていく。
……やっぱり名前だ。でもたしかにむずかしくて読めない。「島」って字に見えるけど、島田さんかな。それとも隣のクラスの小島さん?
もう一文字見えないかなぁと体を傾けると、突然、冨岡くんがくるりとこっちを向いた。
「なんだ、さっきから」
バレてた。えへへ、とごまかしてから堂々と覗き込む。
「一生懸命になに書いてるのかなーって」
これか、と手をどけたところには、四角張った文字。
『蔦 蔦 蔦子 蔦子 冨岡蔦子』
うわー、と声には出さなかったけどちょっとヒいた。手とかハグどころか結婚? しかも当然のように自分の名字。
冨岡くんてあれだ、むっつりすけべってやつ? でも将来を考えてるってことなのかな。おっとなー。
「ねぇ、その島みたいな字、なんて読むの?」
「つた。つたこ」
「何組?」
このクラスには多分いない子だったからそう聞くと返事はなくきょとんとされた。不思議そうにまばたきを繰り返すのがじれったくて催促する。
「つたこちゃん、何組の子? それとも年下? 年上? まさか中学生とか?」
「高校生」
「ええっ! すごーい!」
さすがに驚いた。思ってた以上に大人の恋愛してるんだ。高校生ならキスとかもしてるよね!
あとでみんなに話さなきゃと興奮していたあたしの前に冨岡くんのノートが滑ってきた。目に飛び込んできたのは 『冨岡、冨岡、冨岡、冨岡』。それと『蔦子』と同じように冨岡に続いている画数の多い漢字の名前が四人分。
「……なにこれ」
「父さんと母さんと姉さん」
「家族じゃん!」
さっきからこっちをうかがっている昨日のメンバーに聞こえるようにつっこむ。ぜんぜん彼女じゃないじゃん。ただの家族大好きっ子じゃん。
「なんでそんなことしてるの?」
「家族の名前くらい漢字で書きたいから。でもむずかしい」
「……たしかにむずかしい漢字ばっかりだね。習ってないや。冨岡くんは、これ、だよね?」
拍子抜けしながら『蔦子』の隣の『義勇』を指差す。
「義、ぎ……? よし……? ごめん、なんて読むんだっけ」
「ぎゆう」
「えっ、おしゃれ。初めて知った。……あっ、ごめん」
隣の席になって一ヶ月も経つのに知らなかったなんて申し訳なくて謝ると、
「まあ、お前とはあまり話さないしな」
淡々とそう言うからちょっとだけ傷ついた。
あたしは結構話してるつもりだった。
冨岡くんにはよく話す友だちがいて、そこにあたしは入ってないんだと気づいたらちょっと悔しかった。
「……そ、だよね。まあ同じクラスでも名字しか呼ばないしね。グループもちがうし。冨岡くんもあたしの名前知らないでしょ?」
「◯◯◯」
不意打ちだった。しかたないことだって線を引いて終わらせようとしたところに突然に冨岡くんの口から飛び出した、あたしの名前。
嬉しいのに泣きそうで頷きながら逸らした視線の先、冨岡くんはノートを手元に戻すとえんぴつを動かし始めた。『義勇』の隣、力強くてまっすぐな線で書かれていくあたしの名前。
「◯◯◯。……だろう?」
ほっぺが熱くて、やっぱり頷くのが精一杯だった。
確かめるみたいに繰り返す声も、漢字まで書けるのをちょっと得意そうに笑った目元も、あたしに恋を教えるのに充分だったから。