萌え袖




「なんだ、その隊服は」
「あはは、めざといね」

 合同任務の待ち合わせ場所に向かうと、わたしが近づくずっと手前から厳しい顔をしていた錆兎がはっきりと眉をひそめた。

「縫製係が別の隊士のものと間違えたの。でも、任務に間に合わなくなっちゃうからとりあえず着てきた」

 そう笑って両手をあげてみせる。
 普段は手首ちょうどの長さの袖が、今日は指先しか出ないくらいすっぽりと手の甲をおおっている。それどころか腕を振ると袖全体がぱふぱふ揺れて、まるで子供が大人の服を着ているみたいだ。

「まあ、刀を握っちゃえば問題ないよ」

 気楽に言うと錆兎は、捲っておけ、と言って先を歩き出した。


 けれど、戦闘ではその袖は手枷にも等しかった。
 物陰から鬼が飛び出してきたのを察知して鯉口を切ろうとした瞬間、指が布地につっかかり刀を抜くのが出遅れる。すんでのところで避けてなんとか頚を切ったけど、納刀した時には冷や汗をたっぷりとかいていた。

「……おい」
「わかってる。ごめん」

 いつから見てたんだろう。別行動していたはずの錆兎は、不満を隠さないどころかはっきりと怒っていた。

「捲っておけと言っただろう」
「ま、捲ってたよ! でもすぐ落ちてきちゃたの! それにちょっと寒かったし……」
「寒い? 任務中に何を甘えたことを言ってる」
「女の子は冷えやすいの!」
「鬼にとっては男も女も関係ない」
「鬼にとっては女のほうがおいしいって聞いたけど」
「そう思ってるなら油断するな」
「だから、ごめんてば」
「……もういい」

 開き直ったわたしに錆兎は大きく息を吐いた。

「これ以上言っても無駄な気がする。貸せ」

 そしてわたしの手首を掴み、だぼだぼの袖を捲り始めた。布が捲られていくと汗ばんだ肌を夜気が撫でて、ぷるっと背中が震えた。

「でも、こういうのちょっと可愛くない? 華奢で守りたくなる女の子って感じ、しない?」

 空気を変えようと明るく言って見下ろした自分の短い爪の先に、土が入り込んでいた。長年刀を握っていたせいで手のひらは硬いし節も太い。華奢が聞いて呆れる。
 この荒れた手を袖が隠してくれていた。邪魔だったけど本当に少しだけ可愛いなと思って。
 だから気まずさをごまかすための「可愛くない?」は半分は本当だったけど、錆兎は厳しい表情のまま低く言った。

「くだらない」
「……わ、かってるよー」

 両手を離してこぶしをきゅっと握る。錆兎から隠すように背中にまわした。

「やだな、冗談だってば。ちゃんと反省してる。浮かれて危うくなってたら世話ないよね。本当……わたしってだめだなー……って」
「だが自分で斬った」

 自重気味に小さく笑うと、断言されて思わず顔を上げる。錆兎はわずかに眉を寄せていた。

「……褒めてる?」
「……どう切り取ればそう聞こえるんだ。もうこんな袖の服、二度と着るなよ。だいたいこんなものに頼らなくてもお前は――」

 お説教がいきなり途切れたので視線を上げると、錆兎の口は「は」のところで固まったみたいに中途で開いていた。

「……錆兎?」
「……」
「おーい?」
「行くぞ」
「……え、ええ?」

 固まってたかと思えば唐突に毅然とした声でそう言って歩き出す。だけどいつもよりもずっと速くて、わたしは袖を押さえながら慌てて追いかけた。

 錆兎の言葉の続きも、任務の時より速い鼓動の意味を知るのも、――あともう少しだけ先の話。






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