第2話 Remind
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「連続殺人でもあったの?」
お風呂上がりにペットボトルの水を半分ほど飲んだところで、そんな物騒な言葉が聞こえてきた。声の主、四ノ宮さんの視線の先つまり男湯のドアを出たところで倒れているのは、彼女の同期の新人隊員数人だ。
十分ほど前、汗がひくまでとベンチで一休みしていると、男湯のドアがからりと空いて市川くんが出てきた。わたしと目が合うと小さく会釈をして、中から担いできた誰か――日比野さんだった――をおもむろにそこに横たえた。
「ど、どした?! なにがあったの?!」
「いえ、自業自得なので気にしないでください」
目を丸くしてベンチから腰を上げかけたわたしに市川くんは首を横に振り、次々と隣に同期を並べていく。
気にはなったもののタオル一枚腰に巻いただけというほぼ裸の男性に近づくのは救助以外は遠慮したいから助かるし、本人達も不本意だろう。それにしても男湯のロッカールーム内じゃなく衆人環視の廊下にそんな姿で晒す市川くんは、容赦がないのか顔を白いタオルで隠してあげているから優しいのかよくわからないところだ。
漏れ聞こえてきたところによると、亜白隊長の話で盛り上がりすぎてのぼせてしまったらしい。まあ気持ちはわかる。どこかミステリアスで桁違いに強い亜白隊長のことを知りたくない隊員なんて、この第三部隊にはいない。
「バッカじゃないの、男子」
呆れ顔で去っていく四ノ宮さん達に市川くんは苦笑しながら、わたしが見ていることに気づいたのか、
「あれ、俺も含まれてるんですか」
と笑う。
「うん、そうかも」
わたしも吹き出してみせた。
あの朝から一ヶ月半ほど経った今、わたしと市川くんはごく普通の先輩後輩として過ごしていた。我ながら信じがたいことだ。
もちろん最初は通信機越しの会話はともかく実際に顔を見るとどうしても意識してしまって、けれどそれを悟られたくはないから必死に平気な顔を装っていた。
対して市川くんはごくごく普通の態度だった。馴れ馴れしくもなく、よそよそしくもなく。まるであの一晩なんてなかったみたいに。
よくは知らないけど一夜を共にした仲ならもう少しなにかあったりするものじゃないだろうか。恥じらいというか気まずさというか、はたまた甘い雰囲気というか。
そう思ったら男性隊員が女子寮に泊まるだなんて懲戒処分になったらどうしようなんて心配していた自分ばかりが馬鹿みたいだと、いっそ全部なかったことにして忘れようと決めたのがつい先日、きっかけはそこに倒れているひとり、新人の出雲くんだ。
◇
「春原先輩もよかったらおひとつ」
激務だったその日、娯楽室の空いてるテーブルに突っ伏すなり目の前に差し出されたのは、小ぶりなケーキと爽やかな笑顔だった。『出雲ハルイチ防衛大主席卒最新の推定解放戦力25パーセント……』のデータが顔の横に見えたなんて、わたしはかなり疲れていたんだと思う。怪獣の出現データ資料収集や解析に頭を使いすぎて今もデジタル表示の幻すら見える。
「ありがとう。……おいひい……」
疲れてるときにあんまりお菓子を食べちゃだめと理性が止めるものの手づかみで、しかも二口で食べ終えると、ははっと笑い声が落ちてきた。
「今日非番で外出したんで色々買ってきたんです。あっちに色々ありますよ」
出雲くんが指したテレビの前には新人達が集まっていた。そこに市川くんがいることには気づいたけど、出雲テックスの御曹司が買うお土産が気になって誘われるままにふらふらと近寄っていた。
一斉に向けられた「お疲れ様です!」に答えつつひょいと覗き込む。テーブルには思った通り、気軽に買えない高級菓子からおなじみのスナック菓子、それに軽食まで広がっていた。
「すごいね。なにごと?」
「ハルイチの土産っす!」
口元にアイスキャンディーの棒を咥えたまま古橋くんが答える。うん、それはもう聞いた。おいしそうと感想を言うのはわたしではなく、ぐうと鳴るわたしのお腹だ。なるほど、食堂でご飯はいくらでも食べれるし売店もあるけどたまにはこういうのが欲しくなるものだ。
「……おいひい」
これうまいっすよ、などと促されれば遠慮なくいくしかない。ぐうと鳴るお腹をローストビーフサラダや卵サンドで満たしてマフィンやフィナンシェを口に運んでいると、すっかりリラックスモードの日比野さんが笑う。
「いやぁ、やっぱ女の子がそうやってお菓子食べてる姿ってのはかわいいですね」
「……日比野さんそれセクハラ」
「うそっ、すんません」
「でも女って甘いもん好きっスよね」
「古橋くんそれは偏見。それに女じゃなくたって好きでしょ。現にこうして食べてるわけだし」
「そりゃ俺だって好きだけど。んじゃ先輩が一番好きな食いもんは?」
「え、焼き菓子」
「好きじゃんかよ!」
タメ口で突っ込まれても怒る気にはならないのは古橋くんのキャラクターなんだろう。最近は開放戦力が伸びないことにイライラしていたけど、感じさせないほど楽しそうだ。
「子供の頃、近所にお菓子屋さんがあってね。そこの焼き菓子が好きだったの。動物の形のマドレーヌは人気で『わたしが先に取ったのに!』なんてしょっちゅう取り合いになるくらい。本物のお花が乗ってるクッキーもすごくかわいくて。それがきっかけかなぁ」
そんな何気ない昔話に「へーっ」と日比野さんが声を上げた。
「へー、花って食えるんすねぇ」
……食いつくところ、そこ?
一瞬顔が引き攣るものの、十歳ほど年上の後輩という日比野さんとの距離を計りかねていたので、親しくなれる機会ができたことは素直にありがたい。
「うん、食べられる花って結構あるみたい。菜の花とかは代表的だし野草も天ぷらにすれば大体食べられるし。ヨモギとかツクシとか」
「たしかにたしかに。そういや、距離走の山ん中にも結構生えてたっけな。ああいうのも取ってきたらいけるのか? なぁ市川どう思う?」
いや、ダメでしょ。無理でしょ。
ツッコむ前に日比野さんが隣の市川くんを見たので、つられて視線を移す。途端に食い入るような視線とかちあった。雑談の最中とは思えないほどの真っ直ぐなまなざしだった。
落ち着かなくて思わず胸元を探る。まだ着たままの白衣を掴むようにぎゅっとこぶしを握り締めると、市川くんはハッとしたように大きく目を見開いて、すぐに日比野さんへと向き直った。
「やめて下さい、先輩。適当に食べたらお腹壊しますよ。食べれるものでもあく抜きしたり下処理をしないと無理です」
「待て待て待て待て、俺だってそのまま食おうなんて考えてねえよ! 天ぷらとかにすりゃ野草も食えるのかって話をだな」
「だとしても他人の土地だったらどうするんですか。第一訓練中にそんなことしてる余裕ないでしょう。それに春原先輩の言うようなのはちゃんと食用になってるんです。エディブルフラワーって知りませんか。料理を彩りよく華やかにするやつです」
「すみません知らないです」
さすがのコンビだ。今し方の緊張を忘れて思わずふっと笑ってしまう。すると、これがいつものテンポなのか古橋くんに続き神楽木くん、出雲くんまでが加わる。
「まーまー、レノ。いーんじゃねーか、食えりゃ見た目はなんだって」
「だが同じ食うなら見た目もいい方が良いというのはわかる」
「そうそう、料理は見た目や盛り付け、器も大事ってね」
和気あいあいとした様子に混じる市川くんはもういつもと同じだ。もしかしたら市川くんは、人の瞳の奥を探るように見るのが癖なのかもしれない。あの朝も深い意味はなかったのかもしれない。
同期とはしゃぐ様子を見てほぉと溜息を吐いたせいか、スナック菓子の袋をひとりじめしている出雲くんがわたしを向いた。
「しかしそんなに人気の店って気になるなぁ。よければ今度その店教えてもらえませんか」
本当に気になっているのか、自分たちだけで盛り上がったことを気にしたのか。
わたしを会話に入れようとしたその問いに、けれどうまく答えることができなかった。
「あ……、ごめん、もうないんだ」
「おっと。閉店ですか」
「……うん。怪獣災害で、潰れちゃって」
比喩じゃない。文字通りのぺしゃんこだった。その洋菓子店だけじゃなくあたりの店も住宅も潰れて崩れ落ち、燃えていた。
シェルターから出た時の変わり果てた光景が甦りそうになって慌てて顔を上げると、みんなが気まずそうな、そしてどこか怒りにも似た顔をしていた。
まずった、一日の終わりの休息時間に余計なこと言ってしまった。
なにかフォローしようと口を開きかけた時だった。
「させません」
わたしよりも先に言葉を発したのは市川くんだった。
「もう誰にもそんな悲しい思いはさせません。俺が、……俺達が、強くなって必ず守ってみせます」
防衛隊員として日々覚悟を固めていく彼らを代表するような言葉に、そこにいた全員が決意を表明するように頷く。
「……そうだね。少しでも被害を減らせるように、また明日から頑張らないとね」
先輩ぶったことは少しばかり気恥ずかしいけれどその姿は頼もしい。これを食べたら早めに休もう、と声をかけてその場を去る。
そうしながら胸元に手を当ててぎゅっと握る。どうしてだろう。市川くんの紫色の瞳はあの時心の奥を揺らしたものと同じに見えて、わたしは胸元を握りしめながら必死に忘れようとしていた。
◇
「あれは何してるわけ? マグロならぬ男のセリ?」
娯楽室の回想から引き戻したのは、四ノ宮さんに負けず劣らず不謹慎なことを言いながらやってきた中之島小隊長だ。トレーニングをしていたんだろう。袖から伸びた腕はしっとりと汗ばんでいる。
説明するわたしの隣に並んだ中之島小隊長は、いまだ横たわっている日比野さん達に視線を向けて、へえ、と目を輝かせた。
「まあまあストロングに細マッチョ、ゴリマッチョ……。新人もなかなかいい体してるじゃない」
よりどりみどりだわ、と舌なめずりする中之島小隊長も無駄なくしなやかな筋肉がついている。かと思えば座っているわたしの目の前には豊かな胸がタンクトップを盛り上げていて、同性なのに思わず目を奪われているとがしりと肩を組まれた。
「それで? 春原は誰が好み?」
「そんな目で見てないですよ!」
「頬赤く染めて言われても説得力がないなぁ」
「これは中之島小隊長に見とれていたんです」
「おやそれは光栄。でも今のところそっちの扉は開く予定ないわね」
大きく口を開けた快活な笑顔に、ふと、市川くんのことを相談してみようかと浮かんだ。
ごく普通の先輩後輩なんていっても、もちろん表面的には、だ。訓練で通信機越しにわたしが指示をすれば彼のバイタルが少し乱れるし、目が合ったときに挨拶をしてくるまでの間は以前よりも長い。
わたしは市川くんのわずかな変化に気づいているし、気づけるほどに彼の姿を探している自分にも気づいていた。
なによりも、あの夜なにを話したのか、あの言葉の意味はなんだったのか、気になることはたくさんある。中之島小隊長の部屋は寮の入口に近い。なにか話を聞いているかもしれない。
「あの……」
「なに?」
「……いえ、ええと……中之島小隊長は、その、恋愛方面に詳しいんですか」
「床上手かって?」
「ちがいます」
いや、違くもないのか……?
さほど親しくない男女がどうやって一晩を共に過ごすことになるのか、それともわたしが悩みすぎなだけで欲を解消するために手っ取り早く相手を見つけるのはよくあることなんだろうか。
なにをどう聞けばこの胸のわだかまりがすっきりするんだろうと悩んでいると、小隊長は再びニカリと笑った。
「まぁ、春原がまた泣いたらそのときは抱いてあげなくもないわよ」
「だから違いますし、泣きませんよ」
「こないだ泣いてたでしょうが」
こないだ? たしかにわたしは涙脆いので娯楽室のテレビのドキュメンタリーや動物番組でよく泣くけれど、そんなことを今引き合いに出されても。
頬を膨らませていると中之島小隊長は、まあいいわ、とわたしの太ももをペチンと叩いた。そのまま女湯へと向かうのを見送りながら、太ももへと視線を落とす。叩かれたせいで揺れたそこが、じんわりと熱を持った気がした。オペレーターの仕事は激務だけど基本的には座り仕事だ。入隊した時より筋肉も落ちていくぶんか柔らかい。
……あの晩、市川くんもわたしに触ったんだろうか。柔らかいなとかたるんでるなとか思っ……。
「なに考えてるの!」
パチンと両頬を叩くと、驚いたのか市川くんがびくりと顔を上げた。
「大丈夫ですか。先輩も顔が真っ赤ですけど」
「大丈夫! みんながいいカラダしてるから興奮しちゃって!」
連続殺人の被害者またはセリ場のマグロだった日比野さん達に向けて完全なるセクハラ発言をかましてから勢いよく立ち上がる。
けれど、さっさと退散しようとペットボトルをゴミ箱に捨てて部屋へと戻ろうとするわたしを、
「春原先輩、あの!」
と、市川くんが引き留めた。