冨岡さんと月見をする話
藤の家紋の家で食事と仮眠をとらせてもらい日輪刀を手にして立ち上がりかけた時、真っ黒な翼が板塀を越えて飛んでくるのが見えた。
「……寛三郎さん?」
縁側に降り立つなり嘴にくわえていたものがぽろりと落ちたので慌てて拾い上げる。文だった。
すっと背中が冷えたのは、いつも文は脚にくくりつけていたからだ。そんな暇すらなかったほどの急用だろうかと、急いで紙を束ねている紐をほどいて広げる、——と。
「えっ?」
ぽろぽろ、と文に挟まれていたものがこぼれていった。細く毛羽だったような白いふさふさの草のような綿毛のようなもの──の、残骸。
スマンノォ、という申し訳なさげな、だけど緊張感なんてまったくないのんきな声に顔を上げ、ようやく寛三郎さんの真っ黒な翼にも同じ白っぽいものが点々と引っついていることに気がついた。
「途中デ穂ヲ落トシテシマッタンジャ……」
「穂……? あ、これもしかして」
畳に散らばったものを手のひらに乗せてよく見れば、そうか、これはススキの穂。
東の空には夏と秋が入り混じった雲が夕日に照らされて茜色に染まるだけでまだ月の出る気配はない。
手紙の左隅、差出人の『冨岡義勇』をそっと指でなぞる。
いついつに戻るから任務がなければ稽古に来るように、という用件だけの、少しも急ぎではない手紙。
今頃冨岡さんが向かっている地域の近くにススキの名所があることは知っていた。ススキなんてどこでだって見られる。でも。
今日わたしに同じ景色を見せようとしてくれるためだけのそれを一度胸元で抱き締め、部屋に置いてある盆の上を振り返った。
「……寛三郎さんもこれ食べる?」
食事の時に出してもらった、今夜のための月見団子。
さっき託したわたしの相棒も、もう辿りついただろうか。
◆
稜線に僅かに赤みを残した宵空に鎹鴉の鳴き声が響いた。
使いを頼んだ寛三郎にしては少し戻りが早い。訝しんでいると、首を傾け待ち受けていた左肩に降り立ったのは案の定別の、──彼女の鎹鴉。
嘴にくわえていた包みを受け取り二重の包装をほどいて出てきた団子に思わず口元が緩んだ。
「なにか伝言はあるか」
「『オ気ヲツケテ』」
「それだけか」
「ソレダケェ。『オ団子オイシイ。冨岡サント一緒ニ食ベタカッタナァ。今ドコダロウネ、キットソンナニ遠クジャナイヨネ。会イタイナァ。……ネェ、コレ少シ持ッテイケル? 疲レテルノニゴメンネ。冨岡サンニハ、オ気ヲツケテ、ッテ伝エテネ』ッテ言ッテタカラァ」
己の鎹鴉がこんなにも記憶力に優れていることを彼女は知っているんだろうか。
色々な鎹鴉がいるんだな、と手紙を託した寛三郎のよろけた背中を思い浮かべる。無事に辿りついているといいが、と辺り一面に広がる光景に目を移した。
十五夜に白く波打っているススキ。立ち寄った藤の家紋の家で魔除けになるのだと耳にしたばかりだった。鬼にも効くのかは定かではないし避けていては仕事にならないとしても。
「伝言を頼めるか。受け取った、武運を祈る、と」
一声鳴いて飛び立つ姿を見送りその団子を一口に放り込む。伝えてくれた言葉を思い返しながら。
『冨岡さんに会いたいなぁ』
……俺もだ。
いまだ伝えられないその言葉とともに飲み込んだ団子はなめらかで柔らかくて甘く、浮かび始めたあの月よりもどこか彼女に似ていた。