ほろ酔い
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夕方に降り始めた雨は、任務帰りには篠突く雨に変わっていた。山道はぬかるんで足を取られ、麓にあるという藤の花の家紋の家まではまだ遠い。
「こっちだ」
水柱様が方向を変えたのは、小走りでついていくわたしが歯の根が合わなくてカチカチと震えていた時だ。
促されついていった古い小堂で足を止めると水柱様は懐を探り、火打石と火打金を取り出した。けれど足元の葉を手に取るなり眉根を寄せてから元に戻した。きっと濡れていて燃えないんだろう。
「着ていろ」
隊服の内側にまで染みてくる水に震えていると水柱様が羽織を脱ごうとする。
「大丈夫です」
と制してから、わたしは懐から小さな竹筒を取り出した。
「これ、結構温まるんです」
薬草の香りを含んだ薬用酒。冷え対策のために持ち歩いているものだ。
竹筒を傾けて口に含む。香りが強くて独特の甘さと苦みがあるけれど、すぐにお腹からぽかぽかと温まってくる。よかったらと差し出しても断られるけれど、その真っ白なお顔に再度促すと迷ったように頷き、口をつけた。
小さく息を吐いた水柱様の澄んだ瞳が少しだけ潤んだ気がする。役に立ったのなら良かった。今度は胸にひとつ温もりが灯った。
雨が木々を揺らす音が意外と大きい。
チラリと隣を見ると、水柱様は変わらない表情で木々の向こうを見つめていた。月明かりも街灯もない暗闇に焦燥が濃くなるわたしとは大違いだ。
「水柱様は、どうしていつもそんなに落ち着いていられるんですか」
邪魔をしないよう声を落として尋ねると、水柱様は数秒経ってからゆっくりとこちらを向いた。
「……そう、見えるのか」
視線をわたしの顔に据えて答える声は、ひどく低い。
「俺は、……ただ何もできないだけだ」
それきり黙ると、手のひらの中で竹筒をゆっくりとまわす。やがて雨音に小さな溜息が混ざった。
「すまん」
忘れてくれとでも言いたげな横顔に、わたしはわずかに微笑んだ。
「……いえ。お酒のせい、ですね」
水柱様は一瞬見開いた目をわずかに伏せた。わたしはそれにも気づかないふりをして水柱様が持っているただの薬用酒を受け取ろうと手を出す。一拍置いて渡してくれる手が、肩が、少しだけ緩んだ感じがして見上げると、水柱様はもう真っ暗な木々の向こうを見つめていた。
やがて雨はそぼ降る程度に落ち着き、小堂は静寂に包まれた。
「行くぞ」
冷たい空気を裂くように踏み出した水柱様の後を、わたしはさっきよりも懸命に追う。
宵闇をものともせず先をゆくその背中は見慣れた頼もしいものだったけれど、見失うわけにはいかなかった。
あの一瞬、水柱様が冨岡義勇というひとりの人間になったところを、わたしは確かに見てしまったから。