真っ白
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「……わぁ、すごい」
朝、雨戸を開けると庭一面を雪が真っ白に覆っていた。薄日ですら目が痛いほどの眩しさと肺をさすような冷たさに一気に目が覚めていく。
「義勇さん、見てください。どおりで静かだと思いました」
大声を出したつもりはないのに自分の声がやけに響くのはきっと雪が周囲の音を吸い込んでしまうせいなんだろう。あたり一帯がしんとしていてどこかで枝に積もった雪が落ちる、とさり、という音まで聞こえてきた。
布団から起きあがってきた義勇さんは庭を見る前に空を見上げた。雪雲が垂れこめたままならばお休みを返上して昼間でも見回りに出なければいけなかったから。
竹林の向こうに淡い青空がのぞいていることを確かめてからようやく、結構降ったな、と呟いたその言葉もすぐに真っ白に変わっていった。
「綺麗ですね。そのぶん寒いけど」
寝巻のまま肩をすくめると後ろから包むように両腕がまわってきてすぐに背中から温かくなる。
けれどそうして安心できたのもつかの間、首元や胸元に伸びてきた指や唇が昨晩つけられた赤黒い痕を労わるように撫でるものだから少し悲しくて、くすぐったいですよ、とわざとはしゃいだ声を出した。
「あんまり綺麗だとうずうずしてきますよね」
「……なんで」
「一番乗りで足跡つけたくなりません?」
「ならない」
「ええっ、そんな人がいるんですね!」
まだ誰も通っていない路地や庭を探しては跡をつけていた幼い頃を思い出しているとまわされている腕にわずかに力がこもり、このままの方が綺麗だ、と静かな声が落ちてきた。それが悔しくて腕の中から抜け出す。本当に綺麗なままの庭のほうが好きならそんないじわるなことはしなかったけど。
「ほら、義勇さん行きますよ」
裸足で履いた縁側の突っかけは沓脱石に置きっぱなしにしていたせいで雪に半分埋もれていて凍えるように冷たい。けれど引き止める声を無視して踏み出した足の甲にかぶさってくるふわりという感触も、踏み締めた足の裏のさくりという感覚も心地よかった。
そうして完璧に美しい庭を乱しながら今しがた唇がひっついた場所を手で押さえる。
……たかが雪景色でもそんな顔をするんだな。
いつも抱き合っている最中に夢中で残すくせにそのあと我に返って申し訳なさそうにそこを撫でる、少し泣きそうなあの顔を。
庭の真ん中で立ち止まり振り返ると義勇さんは置いていかれた子どものように棒立ちでガラス戸の縁を握りしめていた。
「見てください、こんなに広いのに足跡がひとつじゃさみしいでしょう。義勇さんも早く」
催促しても表情を変えず動こうともしない姿に背を向けその場にしゃがみこんだ。こうなりゃ根比べだ。だって知ってるんだ。『ならない』のは、自分が何かを傷つけ汚し、壊してしまうのがこわいからだってこと。
でも義勇さん、わたしね、誰にも触れられることのないまま真っ白で綺麗なものよりも、少し傷のあるもののほうが好きなんだよ。とっくに中身のなくなった飴の缶、雨漏りのする道場、二人で布団に作った皺。そういうものが愛おしいと思うんだよ。
お互いの肌や雪の上に、ここで一緒に生きているっていうたくさんの跡を残していきたいんだよ。
いくつも雪を丸めていると、やがてさくりさくりという音が近づいてきた。傍に立った足のすっかり硬くなっているかかとやしゃがんで雪玉に伸ばした手のひらの分厚さに少しだけ鼻の奥が熱くなる。
……そう、負わなくていいはずの傷を抱えてそれでも隣にいてくれる人を、わたしは。
「どうするんだ、こんなに作って」
「雪合戦でもしようかと思って」
「……やらない」
「えー、せっかくだからやりましょうよ」
「やらない。怪我させたくない」
「どんな玉をぶつける気なんですか!」
胸元を目がけて投げつけた雪玉はこんな至近距離なのに簡単に避けられかすりもせずに飛んでいく。
その軌跡を追った横顔と二人分の足跡を、雲間からのぞいた太陽の光がようやく照らし始めていた。