てるてる坊主
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「先日お前が話していた飴だが、梅の味はしないんだな」
街の大通り沿いの軒下で雨宿りをしている時、隣で水柱様がふいにそう言った。
ここ最近わたし達が追っているのは雨の日にだけ現れるという鬼だった。おかげで水柱様にお会いするのは決まってこんな薄暗い空の下だ。
連日の雨は夜中には弱まっていたのに、一度帰ろうかと家の近くまで戻ってきたところで突然激しさを増した。鴉たちは先に帰していたからとっくに濡れない場所に無事にたどり着いているはずだ。
数日前の会話──といってもわたしが一人でぺらぺらと話しているだけだけれど――で、そういえばそんなことを言ったっけと思い出す。自分がすすめたものに興味を持ってくれた嬉しさに思わず前のめりに半歩距離を詰めた。
「そうなんです。形が梅干しに似てるからそういう名前がついたみたいで」
「そういうことか」
その言い方に、もしかして梅味だと勘違いして買われたのかとようやく気づいて説明不足を謝ろうと口を開きかけると、
「味見をしたがなかなか美味かった」
と続けられそれを喉の奥に押し込んだ。
味見、という単語はもちろん、少しだけ緩んだ目元でそれを食べた別の人の存在を教えられてしまえば、良かったです、と返すのが精一杯だった。
水柱様には同棲している女性がいらっしゃる。味見しかしていないのならきっとその方のために買われたんだろう。飴の味見なんてどうしたのかはわからないけれど顔も知らないその方との距離の近さだけは想像できて、胸の痛みをごまかすようにすぐ頭上にあるてるてる坊主へと目を向けた。
だいぶ前からそうしてあったんだろうか。少し汚れた白い頭にはすでに顔が書いてある。きっと晴れが待ちきれなかったんだろう。
……わかるよ。
気づかれないよう溜息を吐きながら濡れて冷えはじめている爪先へと目を落とした時、ふいに腕を引かれてよろめいた。肩が軽く胸元にぶつかり、視界を覆ったのは臙脂色の羽織。
水柱様の腕の中にいることに気づき呼吸すら忘れて固まった次の瞬間、その向こうで聞こえた大きな水音と遠ざかっていくエンジン音に何が起きたのか気づいて慌ててハンカチを取り出した。
「申し訳ありませんっ、わたしがぼんやりしていたばかりに!」
わたしの代わりに泥水をひっかぶった羽織にハンカチを押し当てるけれど、さっき自分を拭いたばかりの湿ったそれではとても追いつかない。
他に乾いている布……と焦った頭で羽織の袂や隊服を探っていると、
「必要ない」
と押し止められた。
気持ち程度にバサバサと数回振っている水柱様に再度頭を下げるけれど返事はなく、呆れたのかとおそるおそる顔を上げてみると、わたしを通り越した道の向こうをじっと見つめていた。
するとしばらくして人通りも少なくなってきた大通りを歩いてきた女性が目の前に立ち止まった。軽く微笑まれ、ぺこりと会釈を交わす。
「お二人とも、ご無事のお戻り何よりです」
「なぜここに」
「寛三郎さんに聞いて。この辺りまでお戻りならこの雨に困っているんじゃないかと思って」
短い問いにそう答えると手にしていた大きな紺色の蛇の目傘を水柱様に差し出した。
「これくらいでわざわざ迎えに来たのか」
「義勇さんおひとりなら来てないですよ」
そういたずらっぽく笑ってから軒下へと入ってくると、たった今自分が使っていた傘をこちらへ差し掛けてきた。白くけぶる雨の中で目にも鮮やかな紫色のアンブレラ。
「あの、よかったらこれ使ってください」
遠慮するわたしの手にその柄を握らせると、困った時はお互い様ですから、と言って水柱様が広げた蛇の目傘の中に飛び込んでから八重歯をのぞかせた。
「あいにく傘が二本しかないので近々取りに伺わせてくださいね」
「とんでもないです! 後でお返しに伺います!」
お忙しいでしょうからわたしが、いえお借りするのはわたしですので、こちらが勝手にお節介をするだけですから、そんなわけにはいきません。
いつまでも押し問答をするわたし達に痺れを切らしたのかついに水柱様が、
「任務を終えたら俺がお前の家に寄る」
と結論づけその方を促して雨の中へと一歩踏み出した。
それから空を一瞬見上げてわたしを振り返る。
「ではまた、夕刻に」
どうせ今夜も雨だろうと任務を確認する短い言葉を告げてから揃って歩き出す。大きな傘のほとんどをその方のほうへと傾け、わたしをかばった時とは比べものにならないほど羽織の肩を濡らしながら。
◇
家に戻ると着替えの前に傘の水気を拭い日陰に干す。それから白い布を集め作れるだけのてるてる坊主を軒先につるした。
──どうか。
どうか夕方には晴れにしてください。もうずっと晴れにしてください。鬼が出ないように。
水柱様にもう会わなくてすむように。
あのお二人の邪魔になるこの気持ちが、これ以上降りつのることのないように。