ポジティブでいこう
「まだ六月なのにもう夏至って、ちょっと損した気分にならない?」
仕事帰り、待ち合わせた義勇と一緒に家路を辿りながらそう尋ねた。バッグを持つのとは反対の手で繋いでいる義勇の手を軽く引っ張ると、義勇は「そうか?」とでも言いたげにこちらを向く。
「だって夏はこれから本番なのにもう日が短くなっちゃうんだよ? 意味わかんないよ」
こんな時間なのにまだビルの上に見える太陽は、空や雲をほんのりとオレンジ色に染めている。そうして今日が一年で一番昼が長いのだと晴れやかに主張していた。
そう言ってふくれていると、義勇は少し首を傾げた。それからゆっくりとわたしに視線を向ける。青い瞳に夕日が映ってきらきらと光っていた。
「俺は損だとは思わない」
少しだけ驚いた。なんとなく義勇も昼が長いほうが良いと思っている気がしていた。それに、普段なら「そうか」と受け止めつつもあまり自分から意見は言わないのに。まぁ、どう思うかはもちろん人それぞれだ。バッグを持ち直していつもの義勇みたいに「そっかぁ」と返すと、握っていた手が軽く引かれた。
「……夜が、長くなる」
まるで聞いてくれとでも言いたげに、指先だけ絡めていた手がしっかりと握り込まれた。こんなに暑くて蒸すのに義勇の大きな手は心地よい。少し近づいただけで、一日懸命に働いた汗と安心するいつもの義勇の匂いがした。
「義勇は夜のほうが好きなの?」
「夜のほうが好きなわけじゃない。だが、夜が長ければお前が外でなにかをする時間も減る」
えっ、と声が出てしまった。それはどういう意味だろう。日が長いとわたしが仕事帰りについ寄り道したり、休みの日に朝早くからあれこれと活動することを言ってるんだろうか。今までなにも言われなかったけど、そんな不満を抱えていたなんて。
「えっ。……ごめんね、これから遊ばないで早く帰る日をちょっとだけ増やすね」
一人の自由時間と手のひらの温もりを天秤にかけてからそう決めて伝えると、義勇はゆるく首を横に振る。
「無理しなくていい。これからはほっといても……俺といる時間が増える」
ぼそりと付け加えられた言葉に、思わず義勇を見つめてしまう。真っ直ぐに前を向いたままわたしの歩幅に合わせて歩く横顔はいつもと変わらないのにほんの少しだけ目元が緩んでいる気がして、途端に甘酸っぱい気持ちでいっぱいになった。昼が短くなっていけばわたしが義勇のいる家に早く帰るだろう、なんて。まさか夏至の日にそんなことを考えていたなんて。
「……ふふっ、なにそれ。義勇らしくないポジティブ思考」
不意打ちの独占欲がくすぐったくて照れ隠しにそう言うと、義勇は目をぱちりと瞬いて、
「ただの事実だ」
といつものように静かに告げた。
だけど、わずかに赤くなった耳朶が夕日のせいじゃないんだとわかっていたから、温かなもので体中が満たされてしまう。
「ねぇ、夏、楽しみだね」
六月の眩しい光の中で繋いでいる義勇の腕に絡みつくと、外でいちゃつくのを嫌がる義勇が珍しくわたしの好きにさせてくれている。そればかりか、ふざけて肩にくっつけたわたしの頭に顔を寄せてくる気配がした。
「そうだな」
淡く染まった空よりも柔らかく目元を緩めた恋人に今日はたくさん甘えようと思いながら、オレンジに染まる道をゆっくりと歩いていった。