納豆巻きを食べよう
「最近ね、これ、なんだかなって思うんだよね」
軽快な電子音が鳴ってオーダーレーンを走ってきた白いお皿を取りながら、乗っているものを見て軽く溜息を吐いた。
テーブルの端にあるボトルの『甘口醤油』と『関東醤油』と迷って結局『だし醤油』を手に取る。
「前はね、ちゃんと四つに切ってくれてたの。食べやすいように。もっと前なんて六つだったんだよ」
一本長いままの納豆巻きを持ってから、お皿の上でボトルの真ん中をぎゅうっと押すとビューっと薄めの褐色が溜まっていく。
以前は用意されている何種類もの醤油を四つ分の切り口の上に一種類ずつぽたぽたと垂らして違う味で食べるのが好きだったのに、今は強制的に一択だ。
恋人と来ているこの回転寿司のチェーン店は今わたしが好きなアニメとコラボをしていて、二千五百円以上頼むとオリジナルグッズがもらえるキャンペーンをしている。回転寿司で二千五百円はなかなか高難度ミッションだ。
目の前に座る義勇はわたしの話に軽く頷きながら、何味だったか忘れたジュースをストローでちゅうと吸った。普段頼まないものを頼んでいる理由はもちろんこれがコラボメニューだからだ。じゅじゅっと音を立てて飲み切ってから少し前に届いていたお皿を引き寄せるのを、それ今日何皿目のサーモンだっけと思いながら醤油に納豆巻きを押しつける。
「たぶんね、他のと比べて切りづらいからだとは思うんだよね。納豆巻きを切ったら包丁までねっぱすでしょ」
「『ねっぱす』?」
「うん。……あ、ええと、ねばねばするでしょって」
実家で使っていたその言葉を説明してかぶりつこうとすると、初めて聞いた、と言いながらわたしの口元をじぃっと見てくる視線に、ようやくこれが届く直前に言われたことを思い出した。
「ごめん、なんだっけ? 納豆巻きを食べないでほしいんだっけ」
それは無理な話だなぁと思いながら聞くと、義勇はサーモンを口に運ぼうとした手を止め首を横に振る。
「違う。好きなだけ食べればいい。でもできればそれを最後に食べるのはやめてほしい」
「でも納豆巻きを途中で食べるわけにはいかないでしょ。次に食べるものの味がわからなくなっちゃう」
「『ねっぱす』からか」
「それもある」
ジュースと一緒にサーモンを美味しく食べれる義勇にはわからないかもしれないけど。お願いして飲んでもらっているのでそれは口には出さない。その微炭酸のジュースには推しキャラのコースターがついているから絶対に逃せないけれど、残念ながらわたしは炭酸が苦手なのだ。
「どうしてだめなの?」
「……できないから」
「なにが?」
ちらりと周りを見渡してからその二文字を作った唇に思わず目を瞬いた。そうか、回転寿司に行った日だけなかなかしてこないのはそういうことだったのか。
もごもごと頬張りながらたしかに恋人といえど納豆はいやかもなぁと納得し、食べ終えたお皿の枚数を確認する。……しまった。目標の二千五百円にはあと一皿分。
「まだ食べれる?」
「頑張れば」
「頑張らなくていいよ。ありがとう」
ほとんど食べてくれたうえに炭酸飲ませちゃったし、と注文パネルの『次へ』を何度もタッチする。あと一皿……最後に食べるもの……デザートでもいいんだけど……。
結局一周したその画面を青い目が恨めしそうに見つめていた。でもね、義勇が最後にサーモンを選ぶように、わたしだって好きなもので終わりたいんだから仕方ないじゃない?
「えへへ、ごめんね」
ご注文ありがとうございます! というアナウンスを聞いた義勇は、大量の粉茶を入れお湯を縁までなみなみと注いだ湯呑みを無言でわたしに差し出した。
すました顔の下でキスしたいのを我慢してるんだなぁって思ったら可愛かったから、そんなもの飲ませなくてもお会計の前に化粧室で簡単な歯磨きしてるよと教えるのはまた今度にしよう。
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