ごはんを食べよう





 土曜の夜二十三時。
 そろそろ寝ようかと思いながらもスマホをいじっていると、ぴろん、と通知音が鳴った。アプリを開けば、宅配業者からだ。

「……あれ? 荷物?」

『お届け予定日時』の明日の日付に何か頼んだっけと首をひねっていると、隣でテレビのニュースを眺めていた義勇が、ああ、と音量を下げた。

「米だ、多分」
「え、米?」
「昨日お前の家から連絡が来て、いつもの米を送りたいがどのくらいいるかと聞かれた」

 たしかに毎年この時期になると実家から新米が送られてくる。くるけれど。

「え、待って待って。どうして義勇に連絡がくるの?」
「お前に電話をしたが出ないと言ってた。ちょうど宅配業者にきてもらってるが、俺が頻繁にここで食べるならいつもよりも多く送ったほうがいいのかと急に思いついたらしい」

 『前に会った時に連絡先を交換したからときどきメッセージも来るのだ』という新事実をなんて事のないように言って向けてきたスマホ画面には、確かにお母さんのアイコンが並んでいる。ものすごい量のスタンプが義勇をどれだけ気に入ってるかを物語っている気がして少し照れくさい。

「そっか。ありがとう。ちょうどなくなるところなんだ。義勇は明日もいるもんね。おいしい新米が半年は食べれるよ」
「そんなには持たないだろう。遠慮するなと言われたがさすがに五袋しか頼めなかった」

 重いからついでに義勇に中まで運んでもらおうと、宅配業者のサイトに飛んでデートに出かける前の時間指定をし終えた時に聞こえたその言葉に、思わず指が止まった。

「……五袋?」
「ああ」
「お米が、五袋?」
「もっと多い方が良かったのか」
「えっと……」

 せっかく対応してくれたのにこれを伝えるのはしのびない。でも、明日になればわかることだ。

「えっと、あの、ね。うちの実家、兼業農家だって言ったっけ」
「聞いた。だから送ってくれるんだろう」
「そうだね、うん。じゃあさ、お米って一袋何キロか知ってる?」
「……二キロ?」

 義勇が冷蔵庫のほうを向いた。うん、そう。いつも野菜室に保存容器に入れたお米がある。もっと重いのももちろんあるけどわたしが買うのはいつも二キロだ。おっけー、あってる。でもそれは実家から送られてきた米がなくなった後、スーパーで買うお米の話。米農家が送ってくる袋は違う。

「三十キロ、です」

 ぱちくりと瞬いた義勇にスマホで検索をかけて出てきた画像を見せると、眉の間にしわが寄っていった。比較するもののない茶色の袋だけ見てもピンとこないかもしれない、と両腕を広げ輪を作ってみせる。

「このくらい。すっごく大きいの。つまり二かける五袋じゃなくて、三十かける五袋のお米が届くってこと、明日、ここに。わたしのこの、一人暮らしにはちょうど良いけど、たまに恋人が泊まりに来ると狭くてくっついちゃうくらいのお部屋に百五十キロのお米が、です」

 さすがにその量は予想外だったのかもしれない。どこか申し訳なさげにうろたえてから義勇は、食べる、と言った。

「……米は好きだ」
「わたしもだよ。でもたとえ毎週末に義勇が来て食べたとしても、一年かかってもちょっと……多いかなぁ……」

 本当はちょっとどころじゃない。いくら新米がおいしくても毎日毎食は食べられない。パンも麺も食べるし外食だってする。いつも一袋でも半年以上は余裕でかかっているくらいだ。
 かといって送り返すのも気が引けた。お母さんはともかく米づくりをメインでしているのもわたしの食生活を一番心配してるのもおばあちゃんだ。きっとがっかりさせてしまう。
 とにかく一旦届くのは間違いない。どこか置く場所はあるだろうかと立ち上がりかけると、腕を引かれそのまま義勇が正面からのぞき込んできた。

「毎日なら。二人で毎日、三食」
「……二人で毎日三食なら消費できるかもしれない。わかんないけど」
「わかった」

 いや、わかんないよ。そもそもそれ以前の問題だ。一袋でもぎりぎり置けるくらいの部屋だ。立派な構造のマンションでもない。三十キロを置けば隣のラックも少し傾く。
 その五倍かと思ったら急に不安になってきて、床ぬけちゃうかも、と呟くと、義勇が間髪入れずに言った。

「引っ越すか」
「さすがにそこまでしない。……でもどうだろう、大家さんとかに怒られるかな」
「いや引っ越すしかない。狭いし、契約違反になる」
「契約違反……? そこまでの話?」
「ああ。ここは単身者用だろう。たまに泊まるならともかく」
「……ねぇ、ごめん、なんの話?」

 聞いても返事はない。わずかに結んでいる唇は、なにかを考えているときの義勇の癖だ。
 そのまま待っているとややうつむき気味でそらしていた視線が少しだけ宙をさまよい、やがてわたしの目を見てゆっくりと口を開く。

「毎朝、お前の炊いた米が食べたい。夜でもいいし俺も炊くが」

 数秒ぽかんとしていたわたしがその言葉の意味に気づいたのと、耳朶を赤くしていた義勇が自分の言ったことがかなり微妙だったらしいと気づいたのはほぼ同時だった。


 ――土曜の夜二十三時過ぎ。
 すまん、と言った声をきっかけにこれこそ誰かに怒られそうなわたしの涙交じりの笑い声が響きわたる。

 それでも数ヶ月後、わたしも義勇も引っ越しをした。
 ポストの表札にひとつの苗字を掲げた部屋に。
 そうそうそれと、順調に減っているお米も、ちゃんと。


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