ソファーに座ろう





「何を読んでるんだ」
「んー? こういう小説」

 寝る前にソファーに座って本を読んでいると、お風呂から出てきて隣に座った義勇が覗き込んできた。
 読んでいたページに指を挟んで見せたのは昔の推理小説家の短編集だ。表紙には、表題作をイメージしたのか一人掛けのレトロなソファーがどこか不安を誘うようにレイアウトされている。

「気持ち悪いタイトルだな」
「中身はもっと気持ち悪いよ」

 眉をひそめた義勇に簡単に説明する。


 女流作家の元に届いた一通の手紙。自分の作った椅子の中にこっそりと入り込みそこに座る女の感触を味わう椅子職人の男の懺悔だ。そのラスト、女への恋心をどうしても伝えたくなった男は椅子から出て手紙を書くことにしたという。
 恐怖に襲われた女流作家が座っていた椅子から立ちあがった直後に届けられた二通目の手紙。『あれは私の創作です、是非批評を』。


 義勇は少し考えてから、
「……それは本当に創作なのか」
 と、誰もが思うだろう疑問を口にした。

「たぶんだけど、そこは読んだ人に委ねられてるんだと思う。そういう不気味さも味わうのかなって。ね、気持ち悪いでしょ」
「まぁ。でもわからなくはない」
「……え……」

 恋人のとんでもない告白に思わず言葉を失う。まさか、まさか、義勇にそんな性癖があったの……? 疑っているところへさらに自分の膝の上をぽんぽんと叩いてくるので引き気味にのけぞった。

「いやいやいやいや、そんなことを言われた後で座る気になれないんですけど!」
「……そうか。随分熱心だったからそういうのに惹かれるのかと思った」

 ちがいますけど、と否定しかけるけれどたしかに読まずにはいられないものがあるから三回も読んでいるのかもしれない。
 数秒考えてから腕を引かれるままにおそるおそる膝の上に座ってみる。二人分の重さでクッションが沈んで不安定なところをぐっと引き寄せられ深く腰掛けた。

「どうだ」
「そりゃ、くっついてるのが恋人なら気持ちいいに決まってるじゃん。義勇は?」
「気持ちいい」
「……ごめん、やっぱりそれちょっと気持ち悪い」

 自分と同じ台詞なのにどこか変態っぽく感じるのは、たぶんたった今読んでいたしつこいほどの女の体の描写のせいだ。立ちあがろうとするけれど、心外、と呟きながらもまわされている腕は離れないので仕方なくそのまま体を預ける。

 ずっと座っていると時々揺れてお尻の骨が大腿骨にごりごりと触れて落ち着かない。開いてもらった脚の間におさまってみてようやくふぅと息を吐く。
 ……これなら楽だ。密着している骨盤は支えられているし肘掛けにちょうど良い太腿もある。しかもお風呂から出たばかりの体は温かくて入浴剤のいい匂いまでしてきて、気持ちいい、と胸元に寄りかかった。

「あのね、今思ったけどあれはやっぱり男の創作だと思う。いくら生地を隔てても人の上に座ったら絶対にわかるもん」

 背中に感じるとくんとくんという鼓動と呼吸するたびに膨らむ胸。顔を横に傾けるとぴくんと動いた喉仏が面白くてぐりぐりと触った指が、やめろ、と掴まれた。

「……俺も創作だと思う」
「どうして?」
「男はその女に惚れてるんだろう」
「かなり歪だけどね」
「なら無理だ。相手にばれる」
「どうして? ……え、待って、ねぇ、もしかして」
「……うん」

 腰に感じ始めた違和感に、今日はもう眠いの、と逃げ出そうとする前に首筋に唇が押しあてられ、それから小一時間わたしの恋人はマッサージ機能付きのソファーになった。







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