鉢尾

「俺の言葉を繰り返して」
 プラムの、でっかいのが、四つ。かろうじて皿には移したけれど、ざっと洗っただけのまんまるのそれに、皮ごとかぶりつく。
 鉢屋も同じくかぶりついていたが、口の中に残っていた果肉をごくりと飲み込むと、じっと俺の瞳を見つめて頷いた。
「あか」
「あか」
「いちご」
「いちご」
「勘右衛門のことがすき」
「……」
 鉢屋は口をぱかりと開けて、けれどそれは俺の言葉を繰り返すためではなく、プラムの続きにかぶりつくためだった。
「どうして好きって言ってくれないんだ」
 俺は溜息をついて、プラムを指先でいじった。この目の前の男は、俺に愛を囁かない。恋人だというのに。
「まる」
「まる」
「さんかく」
「さんかく」
「はーと」
「……」
 それも言わないのか。俺の心臓はハート型に痛んだ。俺ばかり好きだと伝えて、鉢屋はどこ吹く風。不公平だと思う。プラムは甘酸っぱくて瑞々しくて、すごくジューシーで、身体は満たされていくのに、心はしおしおと萎えていく。
「勘右衛門」
「勘右衛門」
 名前は呼んでくれるらしい。
 名前って、この世で一番短い呪いだって聞いたことがある。つまり鉢屋は、俺のことを好きと言わない上に、呪うこともできるというわけだ。とんだ災難だ。俺も呪い返すしかない。俺だって彼の名前を唱えられる。
「じゃあ私の言うことも繰り返して」
「かかってこい」
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」
「なんて?」
 メリーポピンズの歌だと理解するのに少し時間がかかった。俺だって魔法をつかいたい。鉢屋が俺にめろめろになる魔法。いや、それは真実の愛なのか。魔法で言わせても、俺は満足なのだろうか。
 ぶうたれた俺を尻目に、鉢屋は残りのプラムを食べ終わった。ゆっくり立ち上がったので、このまま寝室に引き上げるのかなと思ったら違った。スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス、と口の中で繰り返している俺の隣にやってきた鉢屋は、俺の顎をそっと親指で掬った。
「この前、夢を見たんだ」
「……ほう」
「一生のうち、告白できる回数はあらかじめ決まっている、というお告げがあった」
「神から?」
「そう」
 そりゃあすげえや。そう言う俺に、鉢屋の顔が近付いてくる。合わさった唇は甘酸っぱくて、瑞々しくて、ジューシーだった。
「……ちゃんと、愛してるよ」
 ぽそ、と小さく囁かれた途端、俺の全身は赤く火照った。ああ、プラムのせい。プラムのせいだ。あかくて、まるくて、俺の心臓が握りつぶされそうな衝撃。魔法の言葉を使わなくても、こんなにも世界が音楽で溢れる。
「名前に込めるから、それで許して。何度でも呼ぶから」
「……ずるい、そんなの」
「勘右衛門」
「……ずるい」
「勘右衛門」
 この世で最も短い呪い。愛を込めてしまえば、それは毒のように俺を蝕んでいく。瑞々しい果実のように、身体に染み渡っていく。
 素敵な呪文の代わりに紡がれる自分の名前をこそばゆく思いながら、俺も同じだけ名前を呼んだ。
 呪いには呪いを。魔法には魔法を。
 愛には愛を。
「……さぶろう」
「それは、ずるい」
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