鉢尾

 ナポリタンが日本料理だと知った時、最初に出た言葉は「もったいない」だった。イタリア人は、こんなにおいしい食べ物を知らなかったんだ。
「パスタにケチャップいれると激怒するらしいぞ。イタリア人」
 そう言いながら、鉢屋は俺の隣でピーマンを切っている。レシピに沿って、縦ではなく横向きに。今夜のメニューをナポリタンに決めたのは彼だ。古くなっていた玉ねぎとナスを使ってしまいたかった。俺はウインナーとパルメザンチーズを買いに走った。
「あとさ、束を半分に折るのも怒るんでしょ」
「日本人も米をないがしろにされたら怒るし、そんなもんなんじゃないかな」
 オリーブオイルでにんにくチップを炒める。換気扇がごうごうというのを見上げながら、最後に掃除をしたのはいつだっけと思いを馳せた。前回はたしか鉢屋が掃除してくれた。俺は冷蔵庫や電子レンジを拭く係だったように記憶している。分担って大事だ。
 大鍋に、水をたっぷり。パスタを茹でる用だ。たった三分茹でるためだけに、こんなに大量の水が必要なんだから、料理って手間だなあと思う。その手間という言葉は、そのまま愛に置き換えられると思う。
「ハートって、赤じゃん」
「突然だな」
「ケチャップって、赤じゃん」
「ああ」
「つまり、愛なんじゃないの?」
「ぶっかけてやろうか」
 物騒なことを返されてしまった。俺は大人しく玉ねぎを炒める。
 具材を切り終わった鉢屋は洗い物に移った。2DKの我が城のキッチンはそんなに広くはない、男二人で肩を並べると少し窮屈だ。けれど俺たちは日曜日、こうして二人で料理をするようにしている。明日からの月曜日、また頑張れるように。
 ウインナーをフライパンに投入したタイミングで、鉢屋はいたずらっ子の笑みを浮かべた。俺が「何?」と聞くと、鉢屋は俺の耳元で囁く。
「バター、ふた欠片、入れないか」
 おお、おぬしも悪よのう。その最高の閃きに、俺は満面の笑みで頷いた。贅沢にいこう、日曜なのだから。
 洗い物が終わり、手持無沙汰になった鉢屋は、ゆっくりと俺の腰に抱き着いた。めずらしい、こんな風に甘えるのは。
「火、危ないぞ」
「だからゆっくりしたんじゃないか」
 ピーマンとナスを投入、ケチャップとコンソメの用意。砂糖も入れていい、ジャンキーなほうがおいしい。パスタをお湯から救出、フライパンで合流させる。台所が香ばしいかおりに包まれる。
「ケチャップがハートの味だとすると」
「ん?」
「甘く味付けして、焦げ付いてしまうことだってあるんだな」
 ケチャップを絡め、麺を赤く染め上げていく。ハートの味に、甘く、濃く。バターをのっけて完成だ。
 二人揃ってつまみ食い、もとい味見をした。甘じょっぱくて濃厚で、ちゃんと美味しく仕上がっていた。一気に食欲が湧き、鉢屋は慌てて俺から離れ、皿を用意した。
「なんで抱き着いてきたの?」
「いとしかったから」
「いとかあ」
「いとだなあ」
 照れ笑いの色も、赤だ。俺たちは今、赤い。皿にたっぷり麺をよそって、買ったばかりのパルメザンチーズも添えて。
 ハートのケチャップ、銀のフォーク。俺たちは手を合わせていただきますを唱えた。赤く赤く染まっていく。こころもからだも、頬も唇も。
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