鉢尾

 鉢屋三郎を殺した。この手で永遠にしたかったからだ。
 生きているということはあらゆる情欲を生む。いい加減それらに振り回されるのが、嫌になっていた。唾を飲み込むたび、見て見ぬ振りする性欲とか、目が合う度に訪れる支配欲とか。
 人は死ぬ直前が、一番色気を孕むという。鉢屋の色気はとんでもないことになっていたと思う。灯りに誘われる虫のように、俺はその罠にかかった。長屋の陰に誘い出し、首を絞めた。鉢屋は一切抵抗しなかった。
 本気で抵抗すれば、俺のことを殺すくらいなんてことないだろうに、抵抗しなかったのは何故なのか。その感情に名前をつけたくなくて、俺は綾部が掘ってそのままにしていた穴に鉢屋を落とした。土をたっぷり詰め込んで、これで永遠を手に入れたと思った。
 鉢屋の喉は、思ったよりもずいぶんやわらかくて、しめっていて、細くて、白いと思った。でもそれすら幻想だったかもしれない。確かめるすべはない。顔は雷蔵でも、身体は彼のものだ。

 翌朝、寝付けなかったことを兵助に隠しながら、俺たちは朝食を食べるために食堂へ向かった。
 長屋の廊下の遠くに、三人組の背中が見える。兵助が「ろ組だ」と言って、おおいと声をかける。振り返ったその姿に、俺は息を飲む。
 鉢屋がそこにいた。雷蔵と八左ヱ門の間に、いたって普通の顔をしたまま。
「おはよう」
 だって、たしかに、永遠にしたのに。動揺する俺をよそに、みんなは連れ立って廊下を歩いた。
 最後尾を歩いていた俺に、鉢屋が並んだ。
「寝られなかったのか?」
「え、あ、ああ」
 それを聞くと、鉢屋はくすりと笑ったのち、俺の耳元に顔を寄せる。
「へたくそ」
 それだけ言うと、固まる俺を置いて、鉢屋は雷蔵の隣に戻って行ってしまった。
 永遠。永遠ってなんだろう。
 
 夜、昨日の穴を掘り返してみた。何も埋まっていないことを祈った。それなら俺はただの夢を見ていたにすぎなかったから。
 出てきたのは一枚の仮面だった。ああ、永遠なんて手に入れられないんだと悟った。彼は百回殺しても手に入れられないんだ。
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