鉢尾

 アーモンド入りのチョコレートを買った。コンビニは広く、寒く、人はまばらだった。セルフレジでポイントを貯める。
 バーコードリーダーを触った手を拭きたい。昔と比べてずいぶんと潔癖になったものだ。イートインコーナーがあったら、ダスターが置いてありそうなものの、ここは小さな店舗だから、そんなものはない。仕方なくズボンで拭く。
 入口で待っていた鉢屋に「お待たせ」と言った。鉢屋はソシャゲの周回をしていたらしく、「ああ」だか「おお」だかの中間の音を出し、何秒かスマホから目を離さなかったが、やがてゲームを中断させて、俺に「お待たせ」と言った。お互いに待たせあっていたことに小さく笑う。
「何を買ったんだ」
「チョコ」
「この暑いのに? 溶けるだろう」
「溶けちゃう前に、食べてしまおうよ」
 俺は一粒を摘まんで、隣を歩く鉢屋の口元へ運ぶ。鉢屋は薄紫色の透け感のあるシャツを着ていて、下には白いTシャツが見える。ウルフカットにしている襟足に汗が伝っていた。
「鉢屋、こんなところにホクロあったんだ」
「え?」
 鉢屋の指をつかんで、人差し指をたて、ココ、と触らせた。鏡でちょうど見えない位置だ。
「知らなかったなあ。というか、勘右衛門も知らなかったのか。こんなに私の身体を見ているのに」
「見るの、暗闇のなかじゃないか」
「それはそうだけれども」
 鉢屋がアーモンドを噛む。頬の中で、ごり、と砕ける音がするのが微かに聞こえた。俺もチョコレートを転がす。この陽射しの中では、たしかにあっという間にくっついてしまうだろう。甘苦さが舌に広がる。
「ホクロってさ」
 鉢屋が俺の手元から、勝手にもうひと粒チョコレートを摘まんだ。勝手知ったるその仕草に、そういうところだぞ、と心の中で呟く。
「前世で恋人にキスされた跡らしいよ」
 ごくん。アーモンドが喉を通る。俺のうなじも、汗びっしょりだった。
「前世の勘右衛門、こんなところにキスするのが好きだったんだな」
 そういうところだぞ。俺はげしげしと鉢屋の尻を殴った。鉢屋は「いたいいたい」と笑う。
 前世でも一緒にいたということを、信じて疑っていないところ。俺からの愛を、疑っていないところ。チョコレートは甘くとろけて、俺の胸を焼いていく。
「夏にチョコレートは合わないな」
 でもさ、食べたくなる時だってあるじゃんか。俺ももうひと粒を口の中に放りながら考える。何で俺はコレを食べたくなったんだろう。チョコミントの方が、爽やかに涼しいはずなのに。
「……ホクロが出来るほどに、強く噛んだのかな」
「そうかもな。今夜は勘右衛門の身体を調べるとするか。前世の私が、勘右衛門のどこを愛したのか」
「ばか。噛みつくぞ」
 俺は鉢屋に箱ごとチョコレートを押し付けた。飽きてしまったのだ、その甘ったるさに。鉢屋は困惑しながらも、もう一つを急いで口に入れ、残りをカバンに仕舞った。あーあ、溶けてしまうぞ、それ。
「チョコレートプレイに使おう」
 呑気な鉢屋の尻を、ふたたびどついた。鉢屋はやり返してこない。笑ってばかりだ。だから俺も、いつも、笑い返すことしかできなくなってしまう。
「言っとくけど、鉢屋がチョコ塗れになるんだからな」
「食べ物で遊んではいけません」
 あきれた。あきれたついでにキスをしよう。どろどろに溶けたチョコレート味の。俺も鉢屋もそれからは無言で、ただ日陰を探してうねうね歩くだけの、夏の人になった。日陰がくっきりと、道に焼け付いていく。
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