鉢尾

 夏も盛りだが、夜になると秋の虫が鳴くようになっていた。コンビニ帰り、今日もマイバッグを忘れてビニール袋を揺らす。ビニール袋は小さく三角に折りたたんで収納すると場所をとらない、というのは、小学生の頃にクラスメイトの女子から教わった。そんな記憶もありはするが、どうせ大きな袋の中にぐしゃぐしゃと丸めて突っ込むのだ。嵩張って、邪魔で、でもゴミ袋になるから捨てられない。絶妙な存在、ビニール袋。
 夜風がアスファルトの上を駆けていき、私の肌を撫でる。陽が落ちると涼しくて、でもこの気温すら、ひと昔前の日本と比べたら暑いのだろうなと思いを馳せた。ぷしゅ、と隣から缶を開ける音がする。勘右衛門が三ツ矢サイダーの桃味に口を付けていた。
「缶って、ペットボトルとは違う味がする」
 そりゃ缶だからな、と頷きながら、私もカルピスソーダの缶を開ける。炭酸が飲みたくなって、我々は夜道に繰り出したのだった。弾ける泡が舌に楽しく、喉に刺激が送られる。すがすがしい気分になって、思わず月を見上げた。
「まんまる」
「少し欠けてないか?」
「そっか。ノットまんまる」
 勘右衛門が適当なことを言う。りーりーと虫たちがそれを囃し立てる。通り過ぎていくマンションの、エントランスの電気が寂し気に、しかし煌々と入口を照らしていた。
「ああいうところに住んでみたいって思う?」
「三日で満足すると思う」
「俺も」
 我が家に帰ろう。冷房を点けっぱなしで出てきた。2DKだから共有スペースは狭いけれど、居心地のいい我が家へ。
 勘右衛門がぱちんと右腕を叩いた。白いTシャツには、彼の応援しているロックバンドのロゴが入っている。
「蚊?」
「蚊」
 かゆい、と言ってぼりぼり腕を掻き始めたので、慌てて止める。腫れるぞ、やめておけ。勘右衛門は「薬局、もう閉まってるよな、痒み止めあったかなあ」と呆けた声を出した。
 電信柱が月光よりも眩く爪先を照らした。影がこっくりと濃くなる。二人分の影が前に伸びていった。踏みつけては逃げられる。
 アパートの階段を上りながら、勘右衛門はまた腕をぱちんと叩いた。よく蚊に食われる夜だ。窓を開けるのはやめておこう。冷房がきいていることだし。
「どっちが先に風呂入る?」
「お先にどうぞ」
 帰宅して、おかえりとただいまを同時に言う。ビニール袋からカットフルーツを取り出して、スイカ、みかん、パインの順で冷蔵庫に仕舞った。風呂上がりの我々の腹を癒すだろう。
「誕生日寿司ってあるじゃん。調べたら俺の日ガリだった話したっけ?」
「今した」
 私はしいたけだった。寿司ですらない。とっとと風呂に入ってしまおうと、クローゼットから下着を取りだした。ユニクロで790円で買ったやつだ。
 ダイニングで、勘右衛門が三ツ矢サイダーの最後を飲み干していた。「やっぱり缶だよな。缶」と言いながら、飲み干したそれをビニール袋に入れる。缶のゴミ収集は明日だからちょうどいい。ちょうどいい存在、ビニール袋。
 「お先に」と言って私は脱衣所に入る。一日の終わりを流してしまおう。夜空に浮かぶノットまんまるの月が涼やかだったことを思い出しながらシャワーを浴びた。私のカルピスソーダは、あと少し残っていた。
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