鉢尾
大きな荷物が届くから家にいてほしい、と言われ、鉢屋の代わりに鉢屋の家でごろごろしていた。
梅雨が明けて、七月になって、世界は容赦なく眩しい。アスファルトの照り返しで焼け付いてしまいそうな日々。
俺に留守番を任せたのだから、冷房くらい自由にしたっていいはずだ。エアコンを操作し部屋を冷やして、俺はコップにロックアイスを落とす。カランと揺れたそれに麦茶を注げば、夏の味の完成だ。喉を鳴らして飲み干しながら、スマホのソシャゲの周回をする。
大きな荷物、とだけ言われたので、それがなんなのかまでは教えてもらわなかった。置き配ができないくらいのもので、今すぐほしいものなんだ。もしかしてswitch2かな、なんて思っていると、ピンポンのチャイムが鳴る。
ドアを開けると、想像の五倍くらい大きな物体が聳え立っていた。言葉を失う俺をよそに、配達員は二人がかりで、それを部屋まで運び入れる。サインはしたけれども、これを本当に受け取っていいのか心配になった。段ボールをぐるぐる巻きつけているだけにみえるソレは、鉢屋の部屋の真ん中の大部分を占拠した。
「届いたよ、これなんなの?」
LINEにそう送ると、「今から帰る」という返信がきた。これなんなの、に対する言葉はない。そういうとこだぞオマエ、とひとりごちながら、物体を撫でてみる。かたい。段ボールは様々なロゴがかかれていた。たまねぎとか、ゲーム会社の名前とか。寄せ集めたんだろう、それならこれの送り主は企業じゃなくて個人だ。鉢屋に大きな贈り物をする人物って? 疑問は尽きない。
「ただいま」
鉢屋は浮かれることもなく、いつも通りに帰って来た。switch2ならもっとテンションは高かったろう。俺はおかえりと言いながら、物体を指さした。
「なんなの、これ?」
「開けようか」
鉢屋と二人で、ぐるぐる巻かれた段ボールを解いていった。見覚えのある物体がどんどん姿を現していくごとに、俺は呆然とする。
「……なんで?」
それは、コンビニとかで、アイスを冷やしているアレだった。ショーケース。コンビニにあるよりもぐんと小さいけれど、たしかにこれはアイスショーケースだ。
側面は白く、中は銀色。コンセントは意外にも普通の家庭用のと変わらなかった。鉢屋はそれを満足げに見ながら、とんとん、と撫でた。硬い音がする。
「前に行った駄菓子屋、覚えてるか?」
「ああ、あの、おばあちゃんがやってたとこ? 鉢屋がヤンヤンつけボー買った」
「そう。あそこ、畳むんだって」
畳むんだって、から、ショーケースを引き受ける、にイコールが繋がらなかった俺は、またしても頭にハテナを浮かべる。鉢屋の思考回路はどうなっているのだ。電源を入れたショーケースは、ヴン、と低く唸って、無機質な音を出しながら冷気を帯びだした。
「もったいないだろ」
「……電気代が、もったいないよ」
まだ混乱している脳から絞り出して、かろうじてそれだけ言うと、鉢屋は「たしかに」と言って笑い、コンセントを抜いた。
おばあちゃんと鉢屋は、どんな会話をしたのだろう。鉢屋に貰ってもらえて、おばあちゃんは嬉しかったのだろうか。
ショーケースはどうやらおばあちゃんの駄菓子屋からまっすぐに届けられたらしく、まだ中に霜がついていた。フォークでもスプーンでもこそぎ落とせなかったそれを、俺たちはとうとうトンカチとナイフで叩き割りだした。
ドンドン、ガリガリ、と霜をはいでいる間、俺たちは無言だった。鉢屋と付き合いだして、鉢屋のことを昔よりもわかっているつもりになっていたけれど、どうやら全然そんなことはないらしかった。まっすぐに庫内を見つめる鉢屋の目は真剣で、俺はただぼうっと見ているしかなかった。
綺麗にして、なんになるのだろう。おばあちゃんの経てきた年月が層になって、庫内に張り付いている。それをひたすらに削っていく。十歳になった時、「十年前」という言葉が使えるようになったことが嬉しかった。二十歳になった時、「二十年前」という言葉の重みにびっくりして笑った。この霜はそんなもんじゃない。何十年、駄菓子屋の店頭を守ってきたのだろうか。小さな子供が漁ったり、懐かしんだご老人が手に取ったり。いろんな大きさの、色の、皺の、手が、このショーケースのなかを泳いだんだ。
「勘右衛門、どんぶり持ってこれる?」
「え?」
「掬うのに」
鉢屋の声に、我に返る。見ると、底の方に霜と溶けた水が溜まっていた。俺は言われた通りにどんぶりを持ってきて、二人でスプーンで水を移した。なにか、神聖な儀式みたいだった。
「あとでアイス買ってこよう。アイスを入れるケースなんだから」
「……ずいぶん立派な入れ物」
こいつ、今後の生活、どうする気だろう。部屋を占拠しているショーケースは、アイスを冷やすことしか出来ない。それは果たして、寝食よりも優先すべきことだったのだろうか。全ての霜に打ち勝った時、鉢屋はやれやれと汗を拭いた。
ぶーん、と音がする。冷蔵庫よりもよく響く。
夜、ショーケースをはじっこに寄せた俺たちは、ひとつのベッドに寝た。鉢屋が一人暮らしをする前から俺とは付き合い始めていたので、ベッドのサイズがダブルだったことだけが幸いだ。けれども俺は寝られなかった。
ぶーん。厳かな音が響く。アイスを複数個買ってきて、入れて、電源をつけた。それだけだ。それだけなのに、鉢屋の生活のすべてを、ショーケースに取られた気がした。天井も、壁も、床も、全てがこのショーケースのためにあるような気分になる。
今が真夏でよかった。そう思った。真冬だったら、更にむなしくなっていたはずだ。
なあ、俺の居場所ってどこだろう。もしかしたら、この部屋のどこにも、俺の居場所なんてないんじゃないか。ベッドのサイズがダブルでも、そんなことを思ってしまう。
ショーケースを貰ってくるくらい、鉢屋の心には隙間があって、それを置くことができるくらい、この部屋もカラッポなのだ。
いっそ、庫内をアイスで満たしてしまえばいいんじゃないだろうか。空腹だから、ぶーんだなんて重い音が鳴るんだ。満タンにしてしまえば、アイス屋さんごっこができる。
「……寝られない?」
ひそひそ声が、隣から降ってきた。鉢屋が微笑んでいた。俺は彼の肩を撫でた。黒いTシャツが皺になったり伸びたりする。
「ショーケースのせい?」
「……うん」
「大丈夫だよ。全部、大丈夫になるから」
鉢屋の手が俺に伸びる。同じように肩を撫でていたと思ったら、首筋を撫で始め、そのままするりと裾から手が侵入してきた。裸の腹を撫でながら、鉢屋は深く息を吸った。
「勘右衛門の心を、私で満たしたいと、いつも思っているよ」
俺もだよ。なのに、届かないんだよ。ズボンを脱がせ合いながら、俺たちは口づけをした。アイスのショーケースの音が響く中、呼吸を重ねた。庫内は寒くて、俺たちの身体は熱かった。
居場所なんて、わからないままでいいのかもしれない。鉢屋を飲み込みながら、俺はショーケースを見つめた。中では、バニラとイチゴが冷えていた。
梅雨が明けて、七月になって、世界は容赦なく眩しい。アスファルトの照り返しで焼け付いてしまいそうな日々。
俺に留守番を任せたのだから、冷房くらい自由にしたっていいはずだ。エアコンを操作し部屋を冷やして、俺はコップにロックアイスを落とす。カランと揺れたそれに麦茶を注げば、夏の味の完成だ。喉を鳴らして飲み干しながら、スマホのソシャゲの周回をする。
大きな荷物、とだけ言われたので、それがなんなのかまでは教えてもらわなかった。置き配ができないくらいのもので、今すぐほしいものなんだ。もしかしてswitch2かな、なんて思っていると、ピンポンのチャイムが鳴る。
ドアを開けると、想像の五倍くらい大きな物体が聳え立っていた。言葉を失う俺をよそに、配達員は二人がかりで、それを部屋まで運び入れる。サインはしたけれども、これを本当に受け取っていいのか心配になった。段ボールをぐるぐる巻きつけているだけにみえるソレは、鉢屋の部屋の真ん中の大部分を占拠した。
「届いたよ、これなんなの?」
LINEにそう送ると、「今から帰る」という返信がきた。これなんなの、に対する言葉はない。そういうとこだぞオマエ、とひとりごちながら、物体を撫でてみる。かたい。段ボールは様々なロゴがかかれていた。たまねぎとか、ゲーム会社の名前とか。寄せ集めたんだろう、それならこれの送り主は企業じゃなくて個人だ。鉢屋に大きな贈り物をする人物って? 疑問は尽きない。
「ただいま」
鉢屋は浮かれることもなく、いつも通りに帰って来た。switch2ならもっとテンションは高かったろう。俺はおかえりと言いながら、物体を指さした。
「なんなの、これ?」
「開けようか」
鉢屋と二人で、ぐるぐる巻かれた段ボールを解いていった。見覚えのある物体がどんどん姿を現していくごとに、俺は呆然とする。
「……なんで?」
それは、コンビニとかで、アイスを冷やしているアレだった。ショーケース。コンビニにあるよりもぐんと小さいけれど、たしかにこれはアイスショーケースだ。
側面は白く、中は銀色。コンセントは意外にも普通の家庭用のと変わらなかった。鉢屋はそれを満足げに見ながら、とんとん、と撫でた。硬い音がする。
「前に行った駄菓子屋、覚えてるか?」
「ああ、あの、おばあちゃんがやってたとこ? 鉢屋がヤンヤンつけボー買った」
「そう。あそこ、畳むんだって」
畳むんだって、から、ショーケースを引き受ける、にイコールが繋がらなかった俺は、またしても頭にハテナを浮かべる。鉢屋の思考回路はどうなっているのだ。電源を入れたショーケースは、ヴン、と低く唸って、無機質な音を出しながら冷気を帯びだした。
「もったいないだろ」
「……電気代が、もったいないよ」
まだ混乱している脳から絞り出して、かろうじてそれだけ言うと、鉢屋は「たしかに」と言って笑い、コンセントを抜いた。
おばあちゃんと鉢屋は、どんな会話をしたのだろう。鉢屋に貰ってもらえて、おばあちゃんは嬉しかったのだろうか。
ショーケースはどうやらおばあちゃんの駄菓子屋からまっすぐに届けられたらしく、まだ中に霜がついていた。フォークでもスプーンでもこそぎ落とせなかったそれを、俺たちはとうとうトンカチとナイフで叩き割りだした。
ドンドン、ガリガリ、と霜をはいでいる間、俺たちは無言だった。鉢屋と付き合いだして、鉢屋のことを昔よりもわかっているつもりになっていたけれど、どうやら全然そんなことはないらしかった。まっすぐに庫内を見つめる鉢屋の目は真剣で、俺はただぼうっと見ているしかなかった。
綺麗にして、なんになるのだろう。おばあちゃんの経てきた年月が層になって、庫内に張り付いている。それをひたすらに削っていく。十歳になった時、「十年前」という言葉が使えるようになったことが嬉しかった。二十歳になった時、「二十年前」という言葉の重みにびっくりして笑った。この霜はそんなもんじゃない。何十年、駄菓子屋の店頭を守ってきたのだろうか。小さな子供が漁ったり、懐かしんだご老人が手に取ったり。いろんな大きさの、色の、皺の、手が、このショーケースのなかを泳いだんだ。
「勘右衛門、どんぶり持ってこれる?」
「え?」
「掬うのに」
鉢屋の声に、我に返る。見ると、底の方に霜と溶けた水が溜まっていた。俺は言われた通りにどんぶりを持ってきて、二人でスプーンで水を移した。なにか、神聖な儀式みたいだった。
「あとでアイス買ってこよう。アイスを入れるケースなんだから」
「……ずいぶん立派な入れ物」
こいつ、今後の生活、どうする気だろう。部屋を占拠しているショーケースは、アイスを冷やすことしか出来ない。それは果たして、寝食よりも優先すべきことだったのだろうか。全ての霜に打ち勝った時、鉢屋はやれやれと汗を拭いた。
ぶーん、と音がする。冷蔵庫よりもよく響く。
夜、ショーケースをはじっこに寄せた俺たちは、ひとつのベッドに寝た。鉢屋が一人暮らしをする前から俺とは付き合い始めていたので、ベッドのサイズがダブルだったことだけが幸いだ。けれども俺は寝られなかった。
ぶーん。厳かな音が響く。アイスを複数個買ってきて、入れて、電源をつけた。それだけだ。それだけなのに、鉢屋の生活のすべてを、ショーケースに取られた気がした。天井も、壁も、床も、全てがこのショーケースのためにあるような気分になる。
今が真夏でよかった。そう思った。真冬だったら、更にむなしくなっていたはずだ。
なあ、俺の居場所ってどこだろう。もしかしたら、この部屋のどこにも、俺の居場所なんてないんじゃないか。ベッドのサイズがダブルでも、そんなことを思ってしまう。
ショーケースを貰ってくるくらい、鉢屋の心には隙間があって、それを置くことができるくらい、この部屋もカラッポなのだ。
いっそ、庫内をアイスで満たしてしまえばいいんじゃないだろうか。空腹だから、ぶーんだなんて重い音が鳴るんだ。満タンにしてしまえば、アイス屋さんごっこができる。
「……寝られない?」
ひそひそ声が、隣から降ってきた。鉢屋が微笑んでいた。俺は彼の肩を撫でた。黒いTシャツが皺になったり伸びたりする。
「ショーケースのせい?」
「……うん」
「大丈夫だよ。全部、大丈夫になるから」
鉢屋の手が俺に伸びる。同じように肩を撫でていたと思ったら、首筋を撫で始め、そのままするりと裾から手が侵入してきた。裸の腹を撫でながら、鉢屋は深く息を吸った。
「勘右衛門の心を、私で満たしたいと、いつも思っているよ」
俺もだよ。なのに、届かないんだよ。ズボンを脱がせ合いながら、俺たちは口づけをした。アイスのショーケースの音が響く中、呼吸を重ねた。庫内は寒くて、俺たちの身体は熱かった。
居場所なんて、わからないままでいいのかもしれない。鉢屋を飲み込みながら、俺はショーケースを見つめた。中では、バニラとイチゴが冷えていた。