鉢尾
ベランダで栽培できるものはあらかたチャレンジしていた。
バジル、大葉、ミニトマト。ナスは実が出来ても小さかった。最近はオレガノも育てている。
「ねえ、鉢屋」
「なんだ」
「なんかさあ、いっそ大きな木、育ててみない?」
ミニトマトへの水やりを終えた俺は、ジョウロを片付けながら同居人に訊ねた。鉢屋はスマホに滑らせていた視線を俺に移す。
「……慈善事業?」
「いや違くて。我が家で」
「観葉植物ってことか」
本当にたんなるひらめきなのだけれど、案外いい思い付きな気がして、俺はソファの背後から鉢屋に抱き着いた。
「なにがいい? なにがあるかな」
「私は詳しくないぞ」
「目の前の板はなんのためのもの」
鉢屋のスマホに指を滑らせ、観葉植物を検索する。最初に出てきたサボテンを指さすと、鉢屋は「ちくちくするだろうが」と言った。
「それがサボテンの醍醐味じゃん。撫でなきゃいいじゃん」
「サボ子にも愛は必要だろ」
仕方ない。他のものを探そう。
俺たちは様々な緑色を探した。苔玉という、まるい葉っぱの塊を見つけた時は、思わず笑ってしまった。なんともかわいらしいフォルム。
ガジュマル、パキラ、モンテスラ。どれも雑貨屋で目にしたことがある。
水やりの頻度なんかも一緒に見ながら、はた、と俺はひとつの植物に目を奪われた。
幸福の木、とある。
「ドラセナ?」
「縁起のいい木らしい」
「っくしゅん」
鉢屋が振り向いて、俺に「風邪か?」と笑いかけた。俺はその笑顔に、「これだよ」と言う。これだよ、これ。こういう出会いが、欲しかったんだよ。
「これがいい」
「くしゃみが運命の合図?」
「そうだよ。鉢屋と再会した時も、俺、くしゃみしたんだよ」
思い返すのは高校の夏。先に出会っていた兵助と俺は、残りのみんなはどこにいるんだろうね、と話していた。俺はあの頃のひとりひとりを思い浮かべて、再会したら何て言おう、と考えていた。鉢屋の顔を描いていた時に、ちょうどくしゃみをした。三回、はっきり覚えている。三回目の時に、鉢屋が「勘右衛門?」と声をかけてきたのだ。俺の一つ上の学年に、雷蔵と八左ヱ門も一緒にいた。あの時の兵助の感涙は見物だった。
「くしゃみ三回、好かれている噂。鉢屋、そんなに俺のこと好きだったの?」
「どうだか」
鉢屋はぷいと顔を逸らして、またスマホに向かってしまった。俺は悪い悪いと声をかけ、鼻をすする。
「年間を通して風通しと日当たりの良い室内で育てるのがおすすめです」
「窓辺かなあ。帰ってきて真っ先に視界に入るのがいいんだけどなあ」
「なあ、本当にこの木にするのか?」
鉢屋は俺の方を見ないまま、俺の頭に手を伸ばしてわしゃわしゃと撫でた。俺の運命の人は、俺の運命の出会いに否定的らしい。
「たかがくしゃみひとつじゃないか」
「三回したほうがいい?」
「そうじゃ……いや、そうかもな」
スマホを放り投げた鉢屋はもう一度俺に振り向き、頭を撫でていた手を後頭部に滑らせ、俺の唇を舐めた。俺はびっくりして少し固まったけれど、お返しに鉢屋の舌を吸うと、小さな攻防戦が繰り広げられる。
吸ったり舐めたり食んだり、なぞったりかきまわしたりして、俺たちは目を閉じていた。身体の間に挟まるソファがじゃまで、でも、それが乗り越えられないもどかしさが、逆にキスを深いものにさせた。
観葉植物があったら、こういうのも全部、見られてしまうんだろうな。俺は頭の隅でそんなことを思った。居心地悪かったりするんだろうか。セックスしてる横で寛ぐ猫がいるって聞いたことあるしな。
「……幸福の木を置いたら」
鉢屋が、息継ぎの合間に呟いた。
「紅茶を淹れる時は、三杯淹れよう。私のと、勘右衛門のと、ドラセナの分」
「木にも紅茶をやるの? 気に入るかな」
「きっと砂糖はない方がいいだろうな」
二人で鼻を擦り合わせ、ふふふと笑う。いいね、いい考えだ。本当にたんなるひらめきなのだろうけれど、案外いい思い付きな気がした。
日曜日。俺たちは植物も置いている雑貨屋に足を運んでみる。
二店舗目で、ドラセナの植木を扱っている店に当たった。二人で目の前の木を部屋の中に運び込む想像をしたところ、それはなかなかにしっくりきたものだから、即決で購入した。もちろん共同口座から。
帰り道にパスタ屋に寄った。俺も鉢屋も腹がぺこぺこだった。
「くしゅん」
「お、運命の出会い?」
鉢屋の小さなくしゃみをからかうと、ずび、と鼻をすすりながら、鉢屋は俺を睨む。
「お前以外に、あるわけない」
お待たせしました、お冷です、そんなウエイトレスの声が耳に届くまで、俺は呆けてしまった。ずるい。そんなのずるい。
そうか、だからあの時、少し否定的だったのか。俺は先日のキスを思い出す。
この男は、自分以外の事象に、運命を感じて欲しくなかったんだ。
「……お前って、かわいいとこあるよな」
「なにを言うか、このかわいいの権化が」
「え、俺ってかわいいの権化なの」
まあ多少の自覚はあるけれども。照れた素振りを見せると、鉢屋はやれやれといった顔をした。二人分のパスタがテーブルに並ぶ。ひとくちちょうだいと言うと、ソースが跳ねるぞ、と言いながら、ひとくちわけてくれるのが、鉢屋のいいところだ。
それから家に帰って、軽く掃除をした。幸福の木を招き入れるのだから、綺麗な部屋にするべきなのだ。いらない雑誌をまとめている鉢屋に、俺は疑問に思っていたことを口にする。
「ねえ、鉢屋。あの時、どうして俺を見つけたの。どうして俺ってわかったの」
高校の夏、三回のくしゃみ。鉢屋は俺を見つけてくれた。
「……勘右衛門、たまに、ふざけたくしゃみするだろ」
「ふざけた?」
「くしゃみ! っていう時あるだろ、わざわざ」
「え、ああ、うん」
「それ」
俺は口をぽかんと開ける。え、そんなことで? たしかに俺は、くしゃみをする時にふざけることがある。「くしゃみ」と言うくしゃみがあったらおもしろいな、と本気でチャレンジしている。そうか、あの三回のくしゃみの時も、していたっけか。
「昔からしていたから、なんというかその。耳障りというか」
「耳障りぃ?」
鉢屋はぷっと噴き出して、悪い悪いと笑うけれど、俺はムキィと怒って、鉢屋をぽかぽか殴りだした。いたいいたい、やめてくれ、と嘆く鉢屋は、部屋の隅に追い詰められたところで、観念したように俺を抱きしめた。
「ここ、もう私のことを追い詰められなくなる場所だぞ」
「え?」
「幸福の木、ここに置くだろ」
そうか、追いかけっこする場所が、ほんの少し狭くなるのか。それは果たして、幸運か。
「喧嘩するなってことだろ。なあ、ドラセナ」
「ムキィ」
ドラセナの梱包を解く前に、俺たちはまたキスをする。きっと今は見ていないよ。あいつは気遣いのできる植物だから。
次の週。大葉が伸びに伸びたので、たくさん収穫した。収穫してもしても生えてくるたくましい大葉に、俺は太郎と名付けていた。
「太郎、どうだった?」
「太郎、大漁だよ」
ベランダから帰って来た俺に、鉢屋が頷く。今夜は大葉のはさみ揚げでも作ろうかな。
鉢屋は紅茶を淹れていた。宣言通り、三杯分。ミルクを入れたの、砂糖を入れたの、ストレート。ストレートはもちろん、ドラセナの分だった。
「この木、ダージリンよりアッサムの方が好きみたいだ」
俺がカップを傾けながらそう言うと、「私もだ」と鉢屋が頷く。ドラセナは葉をそよがせ、俺たちに「うるさい」と言っているようだった。
「今度、アールグレイもあげてみようか」
鉢屋がそう言って、ミルク入りを飲む。その隣に座って、幸福の木、幸福の木、と俺は唱えた。
「こいつの名前、なんにしよう」
「幸福の木、でいいだろう」
「だめだよ。大葉が太郎、トマトが次郎、バジルが三郎なんだから、四郎かな」
「待てよ、バジルに私の名前つけてるのか」
鉢屋はびっくりした顔をして、それからゲラゲラと笑いだした。俺も釣られて笑うけれど、四郎はなんか違うな、と考え直した。鉢屋の子みたいになるからだ。
「なあ、じゃあさ、くしゃみは?」
「え?」
「名前。くしゃみっていう名前はどうだ?」
「……なかなかにユニーク」
俺は想像する。くしゃみ、おはよう。くしゃみ、ごはんだよ。くしゃみ、おやすみ。くしゃみのいる生活。
「なんか、猫みたいだ」
「でもかわいいだろう。勘右衛門のくしゃみから出会ったんだから」
そう考えれば、なるほどたしかに、なかなかいい名前なのではと思いはじめた。くしゃみ、ちょっとあっちを見ていて。
俺は鉢屋にキスをする。ドラセナの――くしゃみの前で堂々とキスをするのは、これがはじめてだった。
「見られて興奮する?」
「ばーか」
舌と舌を混ぜて、離れて、くっついて。鼻と鼻をこすりあわせて、俺たちはふふふと笑い合う。
「運命、だもんな」
「幸福、だもんね」
鉢屋が俺の鼻を摘まむ。むず痒くなって振り払うと、まんまとそれはやってきた。
「は、は、」
「お、出るか。運命」
「――っくしゅん!」
俺は鉢屋に頭突きした。いつか余裕のある時に、「くしゃみ!」というくしゃみを成功させたい。
突如名前を呼ばれたら、あのドラセナは驚くだろうか。俺たちを見ないようにしてくれていた幸福の木をそっとうかがうと、なんだか彼も笑っているような気がした。
バジル、大葉、ミニトマト。ナスは実が出来ても小さかった。最近はオレガノも育てている。
「ねえ、鉢屋」
「なんだ」
「なんかさあ、いっそ大きな木、育ててみない?」
ミニトマトへの水やりを終えた俺は、ジョウロを片付けながら同居人に訊ねた。鉢屋はスマホに滑らせていた視線を俺に移す。
「……慈善事業?」
「いや違くて。我が家で」
「観葉植物ってことか」
本当にたんなるひらめきなのだけれど、案外いい思い付きな気がして、俺はソファの背後から鉢屋に抱き着いた。
「なにがいい? なにがあるかな」
「私は詳しくないぞ」
「目の前の板はなんのためのもの」
鉢屋のスマホに指を滑らせ、観葉植物を検索する。最初に出てきたサボテンを指さすと、鉢屋は「ちくちくするだろうが」と言った。
「それがサボテンの醍醐味じゃん。撫でなきゃいいじゃん」
「サボ子にも愛は必要だろ」
仕方ない。他のものを探そう。
俺たちは様々な緑色を探した。苔玉という、まるい葉っぱの塊を見つけた時は、思わず笑ってしまった。なんともかわいらしいフォルム。
ガジュマル、パキラ、モンテスラ。どれも雑貨屋で目にしたことがある。
水やりの頻度なんかも一緒に見ながら、はた、と俺はひとつの植物に目を奪われた。
幸福の木、とある。
「ドラセナ?」
「縁起のいい木らしい」
「っくしゅん」
鉢屋が振り向いて、俺に「風邪か?」と笑いかけた。俺はその笑顔に、「これだよ」と言う。これだよ、これ。こういう出会いが、欲しかったんだよ。
「これがいい」
「くしゃみが運命の合図?」
「そうだよ。鉢屋と再会した時も、俺、くしゃみしたんだよ」
思い返すのは高校の夏。先に出会っていた兵助と俺は、残りのみんなはどこにいるんだろうね、と話していた。俺はあの頃のひとりひとりを思い浮かべて、再会したら何て言おう、と考えていた。鉢屋の顔を描いていた時に、ちょうどくしゃみをした。三回、はっきり覚えている。三回目の時に、鉢屋が「勘右衛門?」と声をかけてきたのだ。俺の一つ上の学年に、雷蔵と八左ヱ門も一緒にいた。あの時の兵助の感涙は見物だった。
「くしゃみ三回、好かれている噂。鉢屋、そんなに俺のこと好きだったの?」
「どうだか」
鉢屋はぷいと顔を逸らして、またスマホに向かってしまった。俺は悪い悪いと声をかけ、鼻をすする。
「年間を通して風通しと日当たりの良い室内で育てるのがおすすめです」
「窓辺かなあ。帰ってきて真っ先に視界に入るのがいいんだけどなあ」
「なあ、本当にこの木にするのか?」
鉢屋は俺の方を見ないまま、俺の頭に手を伸ばしてわしゃわしゃと撫でた。俺の運命の人は、俺の運命の出会いに否定的らしい。
「たかがくしゃみひとつじゃないか」
「三回したほうがいい?」
「そうじゃ……いや、そうかもな」
スマホを放り投げた鉢屋はもう一度俺に振り向き、頭を撫でていた手を後頭部に滑らせ、俺の唇を舐めた。俺はびっくりして少し固まったけれど、お返しに鉢屋の舌を吸うと、小さな攻防戦が繰り広げられる。
吸ったり舐めたり食んだり、なぞったりかきまわしたりして、俺たちは目を閉じていた。身体の間に挟まるソファがじゃまで、でも、それが乗り越えられないもどかしさが、逆にキスを深いものにさせた。
観葉植物があったら、こういうのも全部、見られてしまうんだろうな。俺は頭の隅でそんなことを思った。居心地悪かったりするんだろうか。セックスしてる横で寛ぐ猫がいるって聞いたことあるしな。
「……幸福の木を置いたら」
鉢屋が、息継ぎの合間に呟いた。
「紅茶を淹れる時は、三杯淹れよう。私のと、勘右衛門のと、ドラセナの分」
「木にも紅茶をやるの? 気に入るかな」
「きっと砂糖はない方がいいだろうな」
二人で鼻を擦り合わせ、ふふふと笑う。いいね、いい考えだ。本当にたんなるひらめきなのだろうけれど、案外いい思い付きな気がした。
日曜日。俺たちは植物も置いている雑貨屋に足を運んでみる。
二店舗目で、ドラセナの植木を扱っている店に当たった。二人で目の前の木を部屋の中に運び込む想像をしたところ、それはなかなかにしっくりきたものだから、即決で購入した。もちろん共同口座から。
帰り道にパスタ屋に寄った。俺も鉢屋も腹がぺこぺこだった。
「くしゅん」
「お、運命の出会い?」
鉢屋の小さなくしゃみをからかうと、ずび、と鼻をすすりながら、鉢屋は俺を睨む。
「お前以外に、あるわけない」
お待たせしました、お冷です、そんなウエイトレスの声が耳に届くまで、俺は呆けてしまった。ずるい。そんなのずるい。
そうか、だからあの時、少し否定的だったのか。俺は先日のキスを思い出す。
この男は、自分以外の事象に、運命を感じて欲しくなかったんだ。
「……お前って、かわいいとこあるよな」
「なにを言うか、このかわいいの権化が」
「え、俺ってかわいいの権化なの」
まあ多少の自覚はあるけれども。照れた素振りを見せると、鉢屋はやれやれといった顔をした。二人分のパスタがテーブルに並ぶ。ひとくちちょうだいと言うと、ソースが跳ねるぞ、と言いながら、ひとくちわけてくれるのが、鉢屋のいいところだ。
それから家に帰って、軽く掃除をした。幸福の木を招き入れるのだから、綺麗な部屋にするべきなのだ。いらない雑誌をまとめている鉢屋に、俺は疑問に思っていたことを口にする。
「ねえ、鉢屋。あの時、どうして俺を見つけたの。どうして俺ってわかったの」
高校の夏、三回のくしゃみ。鉢屋は俺を見つけてくれた。
「……勘右衛門、たまに、ふざけたくしゃみするだろ」
「ふざけた?」
「くしゃみ! っていう時あるだろ、わざわざ」
「え、ああ、うん」
「それ」
俺は口をぽかんと開ける。え、そんなことで? たしかに俺は、くしゃみをする時にふざけることがある。「くしゃみ」と言うくしゃみがあったらおもしろいな、と本気でチャレンジしている。そうか、あの三回のくしゃみの時も、していたっけか。
「昔からしていたから、なんというかその。耳障りというか」
「耳障りぃ?」
鉢屋はぷっと噴き出して、悪い悪いと笑うけれど、俺はムキィと怒って、鉢屋をぽかぽか殴りだした。いたいいたい、やめてくれ、と嘆く鉢屋は、部屋の隅に追い詰められたところで、観念したように俺を抱きしめた。
「ここ、もう私のことを追い詰められなくなる場所だぞ」
「え?」
「幸福の木、ここに置くだろ」
そうか、追いかけっこする場所が、ほんの少し狭くなるのか。それは果たして、幸運か。
「喧嘩するなってことだろ。なあ、ドラセナ」
「ムキィ」
ドラセナの梱包を解く前に、俺たちはまたキスをする。きっと今は見ていないよ。あいつは気遣いのできる植物だから。
次の週。大葉が伸びに伸びたので、たくさん収穫した。収穫してもしても生えてくるたくましい大葉に、俺は太郎と名付けていた。
「太郎、どうだった?」
「太郎、大漁だよ」
ベランダから帰って来た俺に、鉢屋が頷く。今夜は大葉のはさみ揚げでも作ろうかな。
鉢屋は紅茶を淹れていた。宣言通り、三杯分。ミルクを入れたの、砂糖を入れたの、ストレート。ストレートはもちろん、ドラセナの分だった。
「この木、ダージリンよりアッサムの方が好きみたいだ」
俺がカップを傾けながらそう言うと、「私もだ」と鉢屋が頷く。ドラセナは葉をそよがせ、俺たちに「うるさい」と言っているようだった。
「今度、アールグレイもあげてみようか」
鉢屋がそう言って、ミルク入りを飲む。その隣に座って、幸福の木、幸福の木、と俺は唱えた。
「こいつの名前、なんにしよう」
「幸福の木、でいいだろう」
「だめだよ。大葉が太郎、トマトが次郎、バジルが三郎なんだから、四郎かな」
「待てよ、バジルに私の名前つけてるのか」
鉢屋はびっくりした顔をして、それからゲラゲラと笑いだした。俺も釣られて笑うけれど、四郎はなんか違うな、と考え直した。鉢屋の子みたいになるからだ。
「なあ、じゃあさ、くしゃみは?」
「え?」
「名前。くしゃみっていう名前はどうだ?」
「……なかなかにユニーク」
俺は想像する。くしゃみ、おはよう。くしゃみ、ごはんだよ。くしゃみ、おやすみ。くしゃみのいる生活。
「なんか、猫みたいだ」
「でもかわいいだろう。勘右衛門のくしゃみから出会ったんだから」
そう考えれば、なるほどたしかに、なかなかいい名前なのではと思いはじめた。くしゃみ、ちょっとあっちを見ていて。
俺は鉢屋にキスをする。ドラセナの――くしゃみの前で堂々とキスをするのは、これがはじめてだった。
「見られて興奮する?」
「ばーか」
舌と舌を混ぜて、離れて、くっついて。鼻と鼻をこすりあわせて、俺たちはふふふと笑い合う。
「運命、だもんな」
「幸福、だもんね」
鉢屋が俺の鼻を摘まむ。むず痒くなって振り払うと、まんまとそれはやってきた。
「は、は、」
「お、出るか。運命」
「――っくしゅん!」
俺は鉢屋に頭突きした。いつか余裕のある時に、「くしゃみ!」というくしゃみを成功させたい。
突如名前を呼ばれたら、あのドラセナは驚くだろうか。俺たちを見ないようにしてくれていた幸福の木をそっとうかがうと、なんだか彼も笑っているような気がした。