鉢尾

「あ、ふわふわのからあげ」
 勘右衛門のとんちんかんな発言に首を傾げながら振り返ると、茶色のトイプードルが散歩中だった。赤いリードの先には、ふくよかなご婦人が笑っている。
 トイプードルは、たしかにふわふわのからあげだ。きゃおん、と私たちを見上げて鳴いたそれにまばたきだけで挨拶を交わし、私たちは再び前を向く。
「いいなあ。俺、犬飼うならトイプードルって決めてるんだ」
 二人暮らしでいっぱいいっぱいの現状で、おそらく現実的な話をしているわけではない。夢物語なのは百も承知。私も頷いて、そうだなあ、と思考を巡らす。
「私はゴールデンレトリバーが夢だったな」
「大きいのもいいよなあ」
 勘右衛門は顔をへにゃっとさせて笑い、架空の犬を撫でだした。そんな八左ヱ門みたいなことをするな。私は空中に浮かんだその手を取り、軽く握って、身体の横に付ける。
「勘右衛門には私がいるだろう」
「……わんって鳴く?」
「わん」
「あはは」
 ご機嫌になった彼は、夕陽のなか、ぶんぶんと私の手を揺らす。きっと後ろからふわふわのからあげが見上げて、不思議そうにしているだろう。
 生き物は飼うのが大変だ。餌に、散歩に、排泄に、しつけ。空調管理に体調管理。まあそれは、人間も同じことである。
「三郎にも、俺がいるもんな?」
「わんって鳴く?」
「わん」
「ふふふ」
 ふわふわ、上等じゃないか。私たちはぶんぶんと手を振りながら、勇ましく夕陽に向かって歩いて行った。正しくは、スーパーの帰り道で、あとは帰宅するのみの道なのだが。
 どこまでもどこまでも、この道が続いたらいいのに、と思った。勘右衛門と手を取って、どこまでも歩いて行けたらいいのに。
「あ、いいレシピ見つけた」
 今夜の夕飯を考えている彼は、私との生活に微塵も不安を感じていない。そのことが頼もしく、嬉しかった。私は「いいじゃないか、それ」と言って画面を覗き込む。簡単な肉野菜炒めだが、この暑さのなかの食欲にはちょうどいいだろう。
「三郎さあ、犬飼ったら、名前何にする?」
「四郎」
「うっそだろ」
 げほげほと咳き込んで笑う彼の頬を摘まんで、何を笑うことがあるか、と言う。いいじゃないか、家族なんだから、私の名前を継いだって。
「俺さあ、お前のそういうところ、本当にスキ」
 勘右衛門はそう言うと、持っているビニール袋の中からがさがさと缶ビールを取り出し、ぷしゅ、と開けた。
「歩き飲酒禁止」
「これノンアル!」
 照れ隠しの不器用なヤツ。ふわふわのからあげにみつからないように、それからおまわりさんにも見つからないように、私たちは交互にそれを飲みながら、夕陽の傾くのを見て歩いた。
 今年の夏も暑くなりそうだった。日焼け止めを買い足さなければならない、ということに気付いたのは、家に帰ってからだった。
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