鉢尾

ささくれのような小さなトゲが、いつのまにか歯車のように重なり合い、雪玉のように大きくなった結果、今こうして目の前に、ヤバめの〝ミス〟として表示されている。デバックに奔走しているうち、何がバグで何が正常なのか、もはやわからないようになってしまった。自作PCはこれだから。ひとつ壊れると芋づる式に何かが零れていく。
 元来凝り性なのが災いして、一度手を付けはじめたら最後、完全に直るまで徹底的に取り組んでしまう。私は無我夢中で配線からやり直した。チューナーボードが刺さっていなかったりと分かりやすい部分はまだいい、原因がわからない部分が一番厄介だ。水を飲むのも寝るのも忘れて、私はPC修理に尽力した。
 結果、徹夜になってしまった。酷使した目はらんらんと開かれており、身体中ぐったりしている。一晩中頭も体力も使い、何度悪態を吐いたことか。
 ああ、癒しが欲しい。癒しが。私はふらふらと動く足に全て身を任せた。
 足はドアの前で止まった。目の前には勘右衛門の部屋のドアがある。私が今この世で一番求めている癒しがここにある。全身を沈めそうな疲労感をなんとか踏ん張って両足で立ち、勘右衛門の部屋のドアを開ける。
「助けてくれ勘右衛門」
 ずも……と、黒いオーラのようなものが、勘右衛門の部屋の中に流れ込んでいく気配がした。不穏な空気を背負い込んでいたのは私のほうだ。勘右衛門の白くて可愛らしく整った部屋に、こんな黒いオーラは似合わない。私は慌ててオーラを後ろに追いやる。
「えッ開口一番それ何⁉ 怖いんだけど……」
 そりゃあ、ドアを開けられてすぐ言われる言葉が「助けてくれ」で、言ってる本人が眉間に皺を寄せ死んだ目をしていてげっそりとしているのだから、怖がられるのに無理はない。
「斯々云々で気が付いたらお前の部屋の前にいた……」
「ん?」
 なんの偽りもない現状報告をしながら、勘右衛門の顔を見る。ああ、私の癒しの権化。私はついほろりとしてしまう。
「癒してくれ……私を……」
「ああ、なんだそゆことか」
 くつろぎタイム中だった勘右衛門は寝そべったまま、読んでいた漫画を左右にさっとのけ、両手を私の方へぱっと向けた。
「良いよ、おいで~鉢屋♡」
 なんつって~とふざけながら笑う勘右衛門に吸い寄せられ、私は勘右衛門の胸元に顔を突っ込んだ。たゆん、とした柔らかい質量が顔を包み込む。
「ありゃ、本当に来たw」
 勘右衛門はからかうように、けれど嬉しそうに私を抱きしめた。私もぎゅっと勘右衛門を抱きしめる。
「疲れたなら寝りゃ良いのになあ」
 そう言いながら頭をなでなでと触る彼女に、私は思わず「かんえもん~♡」と情けない声を出してしまう。
「はいはいw俺のおっぱいで癒されるならゆっくりしていきな~」
 よちよち♡とまで遊ぶものだから、凝り固まった頭からふにゃふにゃと力が抜けていくのがわかる。
 勘右衛門はいつも私を癒す方法を熟知している。本当はかっこいいところを見せて、目をきらきらさせているのを見たいというのに、情けない姿を見せてばかりだ。けれど当の勘右衛門は、それすらも楽しんでいそうだから、まあいっかと思っている。
「ハァーーーーーーーー……ここに住む……」
 全身の力を抜きながら、頬周りの楽園を堪能して呟くと、勘右衛門が
「ウーーーーンそれはちょっと困るかもなあ」
 と呟き返した。
 抱きしめた勘右衛門はとにかくやわらかくて甘い匂いがして、俺はこのまま溶けて消えてしまうんじゃないかと思う。けれどそれは困る、人間の形をして、勘右衛門の隣に立っていたいのだから。
 私はなんとか楽園から這い出して、正面から勘右衛門を抱きしめた。嬉しそうに頬ずりする勘右衛門の頬を捕まえ、キスを落とす。勘右衛門の顔が少し赤らんだのを見て、充電完了、と思った。
 私、明日からも頑張れそうです。ひとまず眠ります。勘右衛門を抱きしめながら。
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