鉢尾

  初夏にはチョコミントと相場が決まっている。
 こだわりはない。その時出会ったものが私たちのチョコミント王国建設の時だ。今日はローソンに寄ったせいで出会ってしまった。私が「あ」と指を指して言うと、勘右衛門は「いいね、買おうか」と顔を綻ばせた。
 ビニール袋をがさがさ言わせながら帰宅し、冷凍庫にチョコミントを突っ込み、汗を流すために軽くシャワーを浴びた。私が冷水を浴びようとするのを、勘右衛門はからから笑いながら「もー、やめなって」と制する。
 濡れた髪もそのままに、私たちはチョコミントと対峙する。勘右衛門がプラスチックの小さなスプーンを口にせっせと運んでいる様子が可愛らしくてじっと見ていると、私のスプーンからぼたりとチョコミントが落ちた。
「あーあ」
「タオルタオル」
 勘右衛門はばっと立ち上がって台拭きを持ってきてくれ、私のTシャツを拭った。「おろしたてだったのにな」と眉を下げて笑われるので、「まあ洗濯すれば大丈夫だろう」と返すと、「うんうん」と深く頷かれる。
 チョコミントでしあわせになったところで、部屋にごろりと寝転がる。口の中がすうすうする。窓から差し込む陽射しを求めてずりずりと身体をずらし、陽だまりの中に入ると、勘右衛門が隣にごろりと身を寄せてきた。
「三郎、しあわせ?」
「え? ああ、冷水を浴びてチョコミントを食べて、隣にお前がいるんだから、しあわせだよ」
「うふふ、だよねえ。しあわせだよねえ」
 勘右衛門のふにふにの頬を撫でると、喉を鳴らす猫の様に笑うので、私も釣られて笑う。完璧な昼下がりだ。
「どうした、ごきげんだな」
「俺、三郎のことが愛しくて仕方ないのかも」
 どきり、と心臓が高鳴り、そのまま口から飛び出すかと思った。あまりの嬉しさに顔が熱くなるのがわかる。
 勘右衛門はとろとろに蕩けた顔で俺の頭をわしゃわしゃと撫で、続けて弾んだ声を出す。
「だって、お前って手がかかる弟みたいなんだもん」
「……は」
 え、いま、なんと。私は耳を疑う。口から飛び出そうになった心臓がするすると胸に戻っていった。
 弟。今コイツは確かにそう言った。
「……どういう、意味?」
「アイスを欲しがったり、冷水あびたがったり。アイスこぼすし、食べたらすぐお昼寝するし。なんかそのどれもが、かわいくて仕方ないんだよね」
「……そう」
 この感情をなんと表現すればいい。
 私は勘右衛門を恋人として、好きな人として意識していて、隣にいるとどきどきしたり、一緒に買い物できることにわくわくしたり、陽だまりのなかで笑い合えることにしあわせを感じていたのに。
 勘右衛門は、どうやらそうではないらしい。
 心が沈んでいく。胸に戻っていった心臓が足元まで下がっていった。私は私の胸の上に頭を乗せている勘右衛門の耳を摘まんで、がびがびの声をだした。
「重い。お兄ちゃん」
「えー。ごめん」
 勘右衛門はくすくす笑いながら私の上からどいた。今、オーラが見える人が私を見たら「とげとげしている」とでも言うと思う。私はTシャツを脱いだ。零したチョコミントの匂いが鼻についた。
「洗濯するから、お兄ちゃんも服あったら出して」
「ごーめーんって」
 勘右衛門の服と私の服を洗濯機に詰め込んで回す。ゴウゴウと回っていく洗濯物をどんよりと見つめていた。勘右衛門が「夕飯どうする?」と声をかけてくるので、「何でも良いよ、お兄ちゃんの好きなもので」と返した。
「なあ、機嫌直せよ」
「別に機嫌悪くはないよ。お兄ちゃん」
「だから、それ」
 勘右衛門は私にぐりぐりと頭突きをしながらぶうたれる。そんなことをしても、沈んだ心臓は足元から戻ってこない。
 ゴウゴウ、洗濯機の振動が床を揺らす。私は戸棚からレトルトのカレーを取り出して、勘右衛門に渡した。
「お兄ちゃん、好きなの選んで」
「もー!!」
 勘右衛門は私の両手のカレー箱をばっと散らして、私の胸の中に飛び込んできた。激しい抱擁にぐえっと声が漏れる。勘右衛門は私を見上げながら、ぽそぽそと謝る。
「俺が悪かったよ。俺、ちゃんと三郎のこと、好きだよ」
「……どんなふうに」
「……こ、こいびととして」
 勘右衛門の耳が真っ赤だ。これは本気で照れている証拠だ。たったそれっぽっちのことで、私の沈んでいた心臓はぐんぐんともとの胸の位置まで戻ってくる。鼓動が激しく胸を打つのを聞いた勘右衛門が、ふにゃりと笑った。
「だいすきだよ、だから拗ねないで」
 私は勘右衛門を抱きしめて、ぐいっと上に持ち上げた。突然の抱っこに驚いた勘右衛門は丸い目をさらに丸くしたあと、「まったく」と言って俺の頭を撫でる。私はそれにやれやれと溜息を吐いた。
「今夜、そういうプレイでもしてみる? お兄ちゃん」
「ぜったいやだ!」
 勘右衛門がじたばたと暴れるので、我々はバランスを崩して倒れてしまった。ここに陽だまりはないが、チョコミント王国内の床。愉快な笑い声が響いた。
「私のこと、弟みたいに愛しいんだろう? 弟に攻められるプレイ、なかなかいい眺めだと思うんだがな」
「三郎そんな趣味あったの?」
 勘右衛門はまた私の胸の上に顔を乗せる。うろうろと視線を泳がせて、真っ赤な耳のまま、聞こえないくらいの声でぽつりと呟いた。
「ど、どうしてもって言うなら、いいけど」
 その瞬間、私の全ての血流が下半身に注がれた。今、オーラが見える人が私を見たら「股間にビッグバンが」とでも言うと思う。据え膳食わねば、と震える手で勘右衛門のうなじに触れようとした途端、洗濯機がピーと鳴いた。
「ま、またあとでな!」
 私の上から飛びのいた勘右衛門がぱたぱたと洗濯機の方へかけていくのを呆然と見送った私は、ひとまず冷静になろうと、腹の中のチョコミントを思った。
 今こそすうすうしたい時だ。すうすうを、いつでも取り出せればいいのに。この感情をなんと表現すればいい。
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