鉢尾
地球の温暖化は寒冷化でもあった。全世界、夏には冷房を、冬には暖房をまき散らして、それでも気温が原因で死んでいく人々の数は年々増えていった。
冬。全ての人間はカプセルベッドで冬眠に入る。あらゆる動物たちと同じように、冬眠をすることで、体力を温存する選択をとったことによって、人類は絶滅の危機を回避した。
それなのに。
「私、今年は冬眠しない」
一週間後に眠ろうか、という話をしていると、唐突に鉢屋はそう言った。寝耳に水の出来事で、俺は言葉を失った。
「……死ぬかもじゃん」
「冬を、見てみたい」
「AI没入動画で、いくらでも体験できるじゃん」
「勘右衛門は見てみたくないのか」
人工雪で遊べるスキー場に行ったことがある。本物の雪はここまでさっぱりとしていないと聞いて、ふうん、と思ったことがある。でもだからって、本物の雪なんて、春の目覚めに残骸を踏みに行くくらいしか触れたことがないものを、わざわざ望んだことはなかった。
「こたつでみかん食べてさ」
「……死ぬかもじゃん」
「死なないよ。起きてるだけ」
真っ暗になった世界で一人、お前は何を思うんだ。俺は少し逡巡したのち、鉢屋の手をとった。
「俺も起きてる」
「え、でも」
「ひとりより、ふたりの方が、生きていられると思うから。一緒に見よう、雪」
「……はは。酔狂」
こうして俺たちは、越冬の準備をはじめる。
まずは食べ切れない量のみかんを買い、あとはなぐさめにホッカイロを買った。防水手袋にマフラー。眠気覚ましドリンク。
「受験生の時に徹夜したのを思い出すね」
俺たちはそんな風に笑い合った。
友人や家族から、「先に眠ります。おやすみなさい。また春にね」という恒例の挨拶が届く。それに、おやすみ、と返しながら、このメッセージが見られるのは数か月後の春だろうな、と思いを馳せた。
「ねえ。雪にかき氷シロップかけてみない?」
「腹を壊したら、診てもらえる医者も眠っていてゲームオーバー」
「ちぇ」
こうして迎えた冬は、厳かに、淡々と、世界を凍らせていった。俺たちはぽつりと一軒だけ明かりを付けて――蓄電がいつまでもつか――、スマブラをして過ごしていた。
やがて雪が積もり、いっとき空が静かになった瞬間を見計らって、俺たちは外へ出かける。辺り一面、銀世界。
おやすみ世界、おやすみ世界。そう言って笑って転げまわった。
「ねえ、世界中が眠っている今、私たち二人っきりだ!」
「輝いてるよ、冷たいね、寒いね」
鼻の頭を真っ赤にさせながら、俺たちはキスをする。やりたかったことを全部やった。雪だるまを作って、かまくらを作って、雪合戦をして。
泣いた。大声で。世界が滅んでいくのを目の当たりにして、怖くて、でも二人っきりなのが嬉しくて。泣いた。
「こうして死んでいくんだなあ」
どうせなら花束で殴られて死にたい。手を繋いでマンションに帰り、みかんを食べた。少し酸っぱくて甘くて、やっぱり俺らは泣いた。
おやすみなさい。また春に。冬眠を選んだ人類は、すうすうと、とおとおと、低体温に沈んでいく。
冬。全ての人間はカプセルベッドで冬眠に入る。あらゆる動物たちと同じように、冬眠をすることで、体力を温存する選択をとったことによって、人類は絶滅の危機を回避した。
それなのに。
「私、今年は冬眠しない」
一週間後に眠ろうか、という話をしていると、唐突に鉢屋はそう言った。寝耳に水の出来事で、俺は言葉を失った。
「……死ぬかもじゃん」
「冬を、見てみたい」
「AI没入動画で、いくらでも体験できるじゃん」
「勘右衛門は見てみたくないのか」
人工雪で遊べるスキー場に行ったことがある。本物の雪はここまでさっぱりとしていないと聞いて、ふうん、と思ったことがある。でもだからって、本物の雪なんて、春の目覚めに残骸を踏みに行くくらいしか触れたことがないものを、わざわざ望んだことはなかった。
「こたつでみかん食べてさ」
「……死ぬかもじゃん」
「死なないよ。起きてるだけ」
真っ暗になった世界で一人、お前は何を思うんだ。俺は少し逡巡したのち、鉢屋の手をとった。
「俺も起きてる」
「え、でも」
「ひとりより、ふたりの方が、生きていられると思うから。一緒に見よう、雪」
「……はは。酔狂」
こうして俺たちは、越冬の準備をはじめる。
まずは食べ切れない量のみかんを買い、あとはなぐさめにホッカイロを買った。防水手袋にマフラー。眠気覚ましドリンク。
「受験生の時に徹夜したのを思い出すね」
俺たちはそんな風に笑い合った。
友人や家族から、「先に眠ります。おやすみなさい。また春にね」という恒例の挨拶が届く。それに、おやすみ、と返しながら、このメッセージが見られるのは数か月後の春だろうな、と思いを馳せた。
「ねえ。雪にかき氷シロップかけてみない?」
「腹を壊したら、診てもらえる医者も眠っていてゲームオーバー」
「ちぇ」
こうして迎えた冬は、厳かに、淡々と、世界を凍らせていった。俺たちはぽつりと一軒だけ明かりを付けて――蓄電がいつまでもつか――、スマブラをして過ごしていた。
やがて雪が積もり、いっとき空が静かになった瞬間を見計らって、俺たちは外へ出かける。辺り一面、銀世界。
おやすみ世界、おやすみ世界。そう言って笑って転げまわった。
「ねえ、世界中が眠っている今、私たち二人っきりだ!」
「輝いてるよ、冷たいね、寒いね」
鼻の頭を真っ赤にさせながら、俺たちはキスをする。やりたかったことを全部やった。雪だるまを作って、かまくらを作って、雪合戦をして。
泣いた。大声で。世界が滅んでいくのを目の当たりにして、怖くて、でも二人っきりなのが嬉しくて。泣いた。
「こうして死んでいくんだなあ」
どうせなら花束で殴られて死にたい。手を繋いでマンションに帰り、みかんを食べた。少し酸っぱくて甘くて、やっぱり俺らは泣いた。
おやすみなさい。また春に。冬眠を選んだ人類は、すうすうと、とおとおと、低体温に沈んでいく。