鉢尾

 昼休みにタンポポの綿毛を三郎に向かって吹いてからというもの、三郎の様子がおかしい。顔を合わせるたび、頬をペタペタと触ったり、頭をぼりぼりと掻いたり。目を覗き込むと逸らされる。なにか不愉快なことをしていたら謝りたいのだがそんなことはないらしく、「別になんでもない」とだけ返される始末。今日は委員会活動がなく、授業終わり、三郎はどこかへ行ってしまった。行方もわからないんじゃ、追いかけようがない。
 喧嘩の仲直りなら謝って終わりなのに、今回のこれはなんだ。どうしたら三郎の挙動は元に戻る。必死に頭を巡らせたけれど、答えはとうとうわからなかった。ここは正面からいこう。雷蔵に話をつけ、夜、俺は三郎の部屋を襲撃する。
「三郎」
「か、勘右衛門」
 雷蔵が戻らない理由にピンときたのか、三郎は眉を顰めた。そんな顔をしなくたっていいじゃないか。俺は三郎の隣にどっかりと座る。
「スキンシップをとろう」
「え、な、なんで?」
「そうしたら三郎も口を割るかな、と」
 三郎に抱きついてみると、しばらく口をもごもごやったあと、なにかに観念したかのように、大きなため息を吐かれた。ありがとう兵助、スキンシップ作戦大成功だ。
「……耳が」
「耳?」
「なんだか、そわそわして。勘右衛門を見ると」
「……聞こえ方が変になってるとかではなく?」
 三郎は違う違うと手を振って、俺の耳をくすぐった。ああ、たしかにこれは、頬や頭に触りたくなるくすぐったさだ。
「……もしかして、タンポポの綿毛が入っちゃったとか、ない?」
「……まさかあ」
「みてやるよ。耳かきある?」
 俺はあぐらをかき、嫌がる三郎を無理やり寝ころばせ、膝枕状態にする。おお、新鮮だ、こっち側の景色。
「失礼しまーす」
 三郎の耳の中を覗き込んだ。お互い、身体の隅々まで見慣れた仲ではあるけれど、こんな箇所を見るのはじめてだ。三郎の耳も首も真っ赤だった。恥ずかしがってる相手を攻めるのが楽しいという理屈にはじめて理解がいく。
「うーん、なさそうだけど」
 念のため、耳かきでそっと穴の中をほじる。例えるならば、赤子の目元の汚れをとってやるような、繊細で少し怖い作業だった。おそるおそる指を動かしていると、三郎がぴくりと肩を揺らした。
「……ぁっ」
 三郎の小さな声が漏れるのを、俺は聞き逃さない。同じところをつつくと、再び三郎の肩が揺れる。
「……三郎、もしかしてココ弱い?」
「……んなことあるか」
「……ふーん」
 いつもあんなに俺の耳元で囁いておいて、自分だって弱いんじゃないか。俺は三郎の新たな弱点を見つけられた喜びで、ついついいじわるをしてしまう。
 くい、くい、と耳の中で細い棒を動かせば、三郎は声を押し殺して黙ってしまった。震える息遣いが面白い。顔から首まで真っ赤にして、感じるところを教えないなんて、三郎もなかなかにムッツリだ。そうだよな、弱いところばかり責め立てられたらそうなる……つい自分の体験を思い出してしまって、俺まで顔が真っ赤に火照る。身体の奥がじんと痺れるのがわかった。
 ……いや、これは。耳かきという行為は、なかなかに助平なのではないか? 今更ながら自分のしていることに恥ずかしさを覚えて、手を止めてしまっていたのが良くなかった。三郎はぱっと身体を起こして、俺を羽交締めにする。
「なかなかのお楽しみだったようで」
「……な、なかったよ。タンポポ」
「そりゃそうだ」
 さあ、交代だ。三郎は俺を押し倒すと、耳にふっと息をかける。
「ぅあっ」
「勘右衛門、想像してたんじゃないのか? 自分がされてるところ」
「んなわけ!」
 三郎の舌が俺の耳を舐めた。熱い吐息に全身が粟立つ。両手は拘束され、逃げられなかった。
「お返し♡」
 こんなの、こんなの耳かきじゃない。俺の反抗の声は聞き入れられず、そこから入念に耳を舐められ、その晩、俺の世界は水音に溺れてしまった。
 翌朝から数日間、今度は俺が、三郎と目が合うたびに頬や頭に触らざるを得なくなってしまった。耳のそわそわが消えない。三郎はそんなのどこ吹く風、俺に向かってタンポポの綿毛を飛ばしてくる。
「耳に綿毛が入ったら言ってくれ。とってやるから」
「お断りします!」
 タンポポはまだまだたくさん咲いている。俺と三郎の攻防戦は当分続きそうだ。お互いにフーフーと綿毛を飛ばして合っているのを、級友たちは不思議そうに眺めていた。
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