鉢尾
スマホの乱暴な振動で目が覚めた。夢と現実の境目がわからないまま手を動かし、枕元のスマホを探し当てる。寝ぼけ眼で画面を見つめれば、時刻は二時と表示されていた。着信画面に勘右衛門の名前が見える。
「……何」
「三郎。雪」
単語だけ言述べられても、何が何だかわからない。「夜遅くにごめん」も「あ、寝てた?」の一言もない。あいつはそういうやつだ。あくびを噛み殺しながら、勘右衛門の声を反芻する。雪?
「外見た? すごいの」
「……そのためだけに電話してきたのか?」
私は布団からのそのそと出て、冷気を吐き出している窓に近付いた。藍色のカーテンを右に流した途端、白い花がとさとさと降っているのが視界に入った。思わず、おお、と声が漏れたのを、勘右衛門は聞き逃さない。
「ね、すごいでしょ。思わず電話するほどではあるでしょ」
「だからって二時に」
「許してくれるだろう?」
「……いいけどね」
私は窓をカラカラと開けた。途端、室内に冷気が舞い込んでくる。手を伸ばすと結構な勢いで雪が当たり、冷たさに鳥肌がたった。
「まあ、それだけなんだけどね」
「……嘘だろう」
手に付いた雪を眺めていると、体温にゆるゆると溶けて消えていった。あっというまに水になったそれを、私はぺろりと舐め上げる。
「寂しかったんだろう」
「……えー」
「お見通しだよ」
雪は淡白な味がした。何の感情も孕んでいない、まっしろな味。勘右衛門がなにもなく電話してくるはずがない。窓を閉め、カーテンも閉めると、部屋が暗闇を取り戻した。
「本当はね」
「ああ」
「会いに行きたかった」
「だろうね」
「でも、雪でいけなかったんだ」
「そもそも終電がないだろう」
だからね、声だけ聴きたかったんだ。勘右衛門はそう言って、ずび、と鼻をすすった。目の前にいたなら抱きしめることが出来たのに、もどかしい。会いたいと思っているのはお前だけではないのだぞ。
「ねえ、三郎も今、会いたいと思ってくれた?」
「……なんで?」
「お見通しだよ」
勘右衛門が雪の中で微笑んでいるのを思い浮かべた。鼻と頬が真っ赤に染まっている。私は彼の耳に触れ、その冷たさに微笑むのだ。勘右衛門は私からマフラーを奪って、勝手に首元に巻く。
「明日、電車動いてたら、会おうよ。かまくら作ろう」
「そんなに積もらないだろう」
「いいの」
お見通し同士の二人で、おそろいの手袋で、この世にぽっかりと穴を作ろう。シャベルを用意しなければ。私はお湯を沸かしながら、勘右衛門に「愛してる」と呟いた。え、なんだよ急に、と慌てる彼の声に笑いながら、カーテンをもう一度捲った。このまま朝まで降ったなら。白銀の世界に二人ぽっちで、春に「はやくおいで」と伝えよう。
勘右衛門が「あのね」と声を潜めるのと同時にお湯が沸く。勘右衛門が勝手に家に置いて行ったココアがあるのだ。ミルクをたっぷりまぜながら、「愛してる」を聞く。
とびきり甘いのを飲み干して、私は天気予報を開いた。白銀の世界は、順調にこちらに近付いていた。
「……何」
「三郎。雪」
単語だけ言述べられても、何が何だかわからない。「夜遅くにごめん」も「あ、寝てた?」の一言もない。あいつはそういうやつだ。あくびを噛み殺しながら、勘右衛門の声を反芻する。雪?
「外見た? すごいの」
「……そのためだけに電話してきたのか?」
私は布団からのそのそと出て、冷気を吐き出している窓に近付いた。藍色のカーテンを右に流した途端、白い花がとさとさと降っているのが視界に入った。思わず、おお、と声が漏れたのを、勘右衛門は聞き逃さない。
「ね、すごいでしょ。思わず電話するほどではあるでしょ」
「だからって二時に」
「許してくれるだろう?」
「……いいけどね」
私は窓をカラカラと開けた。途端、室内に冷気が舞い込んでくる。手を伸ばすと結構な勢いで雪が当たり、冷たさに鳥肌がたった。
「まあ、それだけなんだけどね」
「……嘘だろう」
手に付いた雪を眺めていると、体温にゆるゆると溶けて消えていった。あっというまに水になったそれを、私はぺろりと舐め上げる。
「寂しかったんだろう」
「……えー」
「お見通しだよ」
雪は淡白な味がした。何の感情も孕んでいない、まっしろな味。勘右衛門がなにもなく電話してくるはずがない。窓を閉め、カーテンも閉めると、部屋が暗闇を取り戻した。
「本当はね」
「ああ」
「会いに行きたかった」
「だろうね」
「でも、雪でいけなかったんだ」
「そもそも終電がないだろう」
だからね、声だけ聴きたかったんだ。勘右衛門はそう言って、ずび、と鼻をすすった。目の前にいたなら抱きしめることが出来たのに、もどかしい。会いたいと思っているのはお前だけではないのだぞ。
「ねえ、三郎も今、会いたいと思ってくれた?」
「……なんで?」
「お見通しだよ」
勘右衛門が雪の中で微笑んでいるのを思い浮かべた。鼻と頬が真っ赤に染まっている。私は彼の耳に触れ、その冷たさに微笑むのだ。勘右衛門は私からマフラーを奪って、勝手に首元に巻く。
「明日、電車動いてたら、会おうよ。かまくら作ろう」
「そんなに積もらないだろう」
「いいの」
お見通し同士の二人で、おそろいの手袋で、この世にぽっかりと穴を作ろう。シャベルを用意しなければ。私はお湯を沸かしながら、勘右衛門に「愛してる」と呟いた。え、なんだよ急に、と慌てる彼の声に笑いながら、カーテンをもう一度捲った。このまま朝まで降ったなら。白銀の世界に二人ぽっちで、春に「はやくおいで」と伝えよう。
勘右衛門が「あのね」と声を潜めるのと同時にお湯が沸く。勘右衛門が勝手に家に置いて行ったココアがあるのだ。ミルクをたっぷりまぜながら、「愛してる」を聞く。
とびきり甘いのを飲み干して、私は天気予報を開いた。白銀の世界は、順調にこちらに近付いていた。