鉢尾

 ミスドを買うしかなかった。ふと目に入ったからとかじゃなくて、買わなきゃいけない気がした。
「なんで?」
 兵助はきょとんとしていた。そりゃそうだ、大学にわざわざミスドの箱を持ってくるやつなんてそうそういないだろうから。食堂のテラス席はまだすこし肌寒くて、俺も兵助もコートを着たままだ。
「なんかね」
「うん」
「なんか、買わなきゃいけなかったんだ」
「だから、なんで?」
 無調整豆乳をずずずと吸いながら、兵助は箱の中からフレンチクルーラーを取った。もともとあげる予定だったからいいんだけど。
「CM思い出しちゃったんだと思う」
「どんなだっけ」
「いいことあっるっぞ~、みすたどなっつ」
「勘右衛門、おまじないをかけたかったんじゃないのか?」
 俺は座って、チョコファッションを手に取った。さっくりとした噛み心地、広がるチョコの味。兵助は紙パックを畳みながら、そう、おまじない、と俺に目くばせをした。
「いいことあるぞって」
「……いいことかあ」
 チョコファッションは、食べるのにコツがいる。チョコがかかっている部分とかかっていない部分を半分ずつ食べていくバランスが難しい。うっかりしていると、チョコの部分ばかり食べてしまうのだ。甘い部分だけ。
「何か悩みでもあるのか?」
 悩み。あるといえばある。俺は目下、鉢屋のことで悩んでいた。
 なんだか、彼に惹かれて仕方がないのである。彼のことを考えると顔が熱くなり、胸がどくどくとうるさくなる。隣に立つと俺より少し背が高くて、まじまじと顔を見つめてしまう。かっこいいなあ、と声に出してしまってから、なんだか気まずくて彼に近寄れていないのだが、それでもやっぱり思い返す彼の姿は、どうしたってかっこいい。
 雷蔵といる時の無邪気な顔も、何か悪だくみを考えている時のニヒルな笑みも、どっちも好きだ。俺を見て、笑顔になってほしいと思う。そしてそんなことを考える度、俺の鼓動は爆発しそうになる。夢にまで出てくる始末だ。
「それって」
「ああ。恋だよ」
 兵助はキャーッと言った。言うんじゃなかったと思いつつ、でももう破裂してしまいそうだったから、言うなら兵助と決めていたのだ。こんな相談、兵助にしか出来ない。
「他には? どんなところが好き?」
「……俺の話を聞いてくれるところと、聞いてそうで全然聞いていないところ」
「あー、分かる気がする。アイツ人の話聞いてないことある」
「でもさ、もっと沢山おしゃべりしたいわけ、俺は」
 鉢屋と目が合った瞬間、世界が桃色に輝くのを止められない。ただ視線が交わっただけで、俺のことを全てお見通しなんじゃないかと思ってしまう。これが恋だとすると、世間のみんなは随分忙しいんだなあ、と感心する。
「気合いれて話しかけても、バイトだから~って帰っちゃったりさ」
「気まぐれだよね」
「でも! おしゃべりしたいわけ! 俺は!」
 ポンデリングも食べてやる。もちもちと口を動かしていると、兵助は二本目の無調整豆乳を飲みだした。どこから出したんだよ。というかいくつ無調整豆乳を持ち歩いているんだよ。
「じゃあさ、もういっそ、何かに誘えば?」
「……ナニカ」
「カラオケ行こうでも、スポッチャ行こうでも」
「……どうせならみんなと行きたいって言われないかな」
「映画は? 映画なら二人の方が行きやすくないかな」
「……いける、かな」
「誘ってみなよ。いいことあるぞパワーで」
 今までの俺なら、とても誘えなかった。二人で? なんで? と言われるのが怖くて。断られでもしたら、数日ヘコむだろう。でも今は、おまじないをかけている。いいことあるぞ。俺はスマホを取り出した。
 大学から一番近い映画館のサイトを見て、面白そうな映画を見繕った。夕方、まだ席は埋まっていない。
 兵助は、がんばれ、がんばれ、と言いながら、ストロベリーリングに口を付けた。ちくしょう、他人事だと思って、楽しみやがって。でも、見守ってもらえてありがたい。俺は勇気を出して鉢屋にラインを送った。
『今日、映画見に行かない? 香港映画で話題のやつ』
 俺と兵助は今の時間講義を入れていないけれど、鉢屋は講義中のはずだ。返事がくるまで生殺し状態かと思っていたが、案外返事は早く来た。
『トワイライトウォリアーズか!? 絶対行く』
「恋愛映画じゃないのか~」
 兵助は溜息をつくが、そんな、いきなり恋愛映画に誘う方が距離感おかしいだろう。俺は緊張で手汗をかきながら、じゃあ四限おわったら集合ね、と返事を送った。
「あー、あー! 送っちゃった、うわ」
「いいことあっるっぞ~」
 じたばたと足を動かすも、動悸はおさまらない。だって、好きな人と、映画デートなんて。いや、デートだと思っているのは俺だけなんだけど。
 二人で残りのドーナツもぺろりとたいらげて、四角い箱をぺしゃんこに潰した。俺のウジウジした気持ちも一緒に折りたたんで、ごみ箱に捨てる。少なくとも、昨日より一歩、前進したのだ。あいかわらず鼓動はうるさいけれど、今は楽しみの方が勝っている。
 兵助と別れ、四限の講義を受けて、俺と鉢屋は無事に合流できた。鉢屋は満面の笑みを浮かべていて、彼も楽しみにしていてくれたのが分かって嬉しい。
「見たかったんだけど、絶対感想言いたくなるだろうと思って、誰かと見に行きたかったんだ」
「そ、それはよかった」
「どうした? 勘右衛門、なにかあったか? いつもより何かカタイぞ」
「な、なんでもない……!」
 俺は緊張でぎくしゃくしながら、こっそり鉢屋を盗み見る。世界が桃色に輝いて見える。ああ、恋というのは、なんと忙しないものなのか。
「勘右衛門、なんか甘い匂いする?」
「ふぇ!? あ、兵助とミスド食べたからかな」
「いいな、ミスド。いいことあっるっぞ~」
 とくん。胸が高鳴った。
 俺の、とっておきのおまじない。鉢屋にもかけてもらってしまった。もう、あれだ。俺は無敵だ。
「映画、楽しみだな」
 俺と鉢屋は笑い合った。桃色の世界、勇気に溢れたおまじない。視線が交わるたびに高鳴る胸、止まらない手汗。
 いいことあるぞ! 俺はスキップしてしまいそうになるのを、懸命にこらえた。鉢屋は鼻唄を奏でていた。その呑気さすら、愛おしい。
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