鉢尾
「……どうした? 私の顔、変か?」
「ううん。完璧に雷蔵の顔」
「だよなあ」
自信たっぷりに頷いた鉢屋は、「じゃあなんで私の顔をじっと見ているんだ」と言った。俺は顔を傾けてごまかした。
近頃、鉢屋の顔が妙にきらきらと光って見えるのだ。雷蔵はそんなことない、鉢屋だけ。どこから光が漏れているんだろう、マスクの下に太陽でも仕込んでいるのだろうかと引き続き見ていると、鉢屋は呆れたように言った。
「そんなに見られていると、いつか穴があいてしまうよ」
「あかないよ。あいても俺が塞ぐよ」
「ひゅう、勘ちゃんかっこいい」
ふざけながら紙を捲る鉢屋の横顔を見る。マスクなのは重々承知のうえで、かっこいい、と思った。特に、俺を見ている時の視線が、なんだか他の人に向けるそれよりも、やわらかで優しいもののような気がする。
なんで光っているんだろう。惹かれて仕方がない。
「……鉢屋のさ」
「うん?」
「鉢屋の好きなものってなに?」
「なんで?」
「なんか、鉢屋のこともっと知りたくて」
思い返せば、鉢屋のことを何も知らない気がする。五年間一緒にいるからもちろん何もという訳ではないけれど、彼のことをもっと知っていけば、彼が光って見える理由もわかるんじゃないかと思った。
「……雷蔵」
「知ってる」
「彦四郎、庄左ヱ門」
「かわいいよな」
「それから、勘右衛門」
「……俺も?」
「うん。好きだよ」
さらっと言ってのけるその言葉に、胸がドンと鐘を突いた。高鳴ってしかたがない、息苦しい、頬が熱くなる。熱でも出ただろうか。
「勘右衛門は? 何が好き?」
「えー、お団子」
「知ってる」
「実践授業」
「楽しいよな」
「……えーと」
「私は?」
鉢屋は委員会の報告書をまとめていた手を止めて、俺に向き直った。いつもの、悪だくみをしているような少し笑った顔ではなくて、真剣に、まっすぐに俺を見ている。
「私のことは、好きじゃないのか?」
「え、えーと、好きだよ。もちろん」
「その好きじゃなくてさ」
じっと、彼の眼光が俺を貫く。光って仕方がない彼の眩さに思わず目を細めると、鉢屋は「私はさ」と口を開いた。部屋がいつもより緊張感を帯びている気がした。
「好きだよ。勘右衛門のこと」
「……それは、そういう意味で?」
「そう。ずっと、好きだよ」
「雷蔵は?」
「大好きだし、大切だよ。だけど違う。勘右衛門の好きは、違う好き」
鉢屋がそっと手を伸ばし、俺の頬に触れた。手が熱いのか、俺の頬が熱いのかわからなかった。お互いの鼓動がそこから破裂しそうだった。鉢屋の余裕なさそうな表情につられて、俺の呼吸が浅くなる。
「なあ、答えて」
「……そんなの」
身体中、燃えてしまいそうだった。ああ、そうか。彼が光って見えたのは、俺がどうしようもなく惹かれて仕方なかったのは。この感情に恋と名前をつけてしまえば、すべてに説明がつく。
俺は、鉢屋のことが好きだったのだ。
「好き」
「……本当に?」
「好きだよ。最近、鉢屋が光って見えて仕方なくて、なんでなのか知りたくて、ずっと見てたくらい」
「奇遇だな。私にも、勘右衛門は光って見える」
世界はそれを愛と呼ぶんだぜ。鉢屋の手にそっと俺の手を重ねて、どちらからともなく顔を近付けた。ひそひそ話をするときよりも近かった。唇と唇が合わさった時、なんだかここから全てがはじまっていくような気がした。
「ううん。完璧に雷蔵の顔」
「だよなあ」
自信たっぷりに頷いた鉢屋は、「じゃあなんで私の顔をじっと見ているんだ」と言った。俺は顔を傾けてごまかした。
近頃、鉢屋の顔が妙にきらきらと光って見えるのだ。雷蔵はそんなことない、鉢屋だけ。どこから光が漏れているんだろう、マスクの下に太陽でも仕込んでいるのだろうかと引き続き見ていると、鉢屋は呆れたように言った。
「そんなに見られていると、いつか穴があいてしまうよ」
「あかないよ。あいても俺が塞ぐよ」
「ひゅう、勘ちゃんかっこいい」
ふざけながら紙を捲る鉢屋の横顔を見る。マスクなのは重々承知のうえで、かっこいい、と思った。特に、俺を見ている時の視線が、なんだか他の人に向けるそれよりも、やわらかで優しいもののような気がする。
なんで光っているんだろう。惹かれて仕方がない。
「……鉢屋のさ」
「うん?」
「鉢屋の好きなものってなに?」
「なんで?」
「なんか、鉢屋のこともっと知りたくて」
思い返せば、鉢屋のことを何も知らない気がする。五年間一緒にいるからもちろん何もという訳ではないけれど、彼のことをもっと知っていけば、彼が光って見える理由もわかるんじゃないかと思った。
「……雷蔵」
「知ってる」
「彦四郎、庄左ヱ門」
「かわいいよな」
「それから、勘右衛門」
「……俺も?」
「うん。好きだよ」
さらっと言ってのけるその言葉に、胸がドンと鐘を突いた。高鳴ってしかたがない、息苦しい、頬が熱くなる。熱でも出ただろうか。
「勘右衛門は? 何が好き?」
「えー、お団子」
「知ってる」
「実践授業」
「楽しいよな」
「……えーと」
「私は?」
鉢屋は委員会の報告書をまとめていた手を止めて、俺に向き直った。いつもの、悪だくみをしているような少し笑った顔ではなくて、真剣に、まっすぐに俺を見ている。
「私のことは、好きじゃないのか?」
「え、えーと、好きだよ。もちろん」
「その好きじゃなくてさ」
じっと、彼の眼光が俺を貫く。光って仕方がない彼の眩さに思わず目を細めると、鉢屋は「私はさ」と口を開いた。部屋がいつもより緊張感を帯びている気がした。
「好きだよ。勘右衛門のこと」
「……それは、そういう意味で?」
「そう。ずっと、好きだよ」
「雷蔵は?」
「大好きだし、大切だよ。だけど違う。勘右衛門の好きは、違う好き」
鉢屋がそっと手を伸ばし、俺の頬に触れた。手が熱いのか、俺の頬が熱いのかわからなかった。お互いの鼓動がそこから破裂しそうだった。鉢屋の余裕なさそうな表情につられて、俺の呼吸が浅くなる。
「なあ、答えて」
「……そんなの」
身体中、燃えてしまいそうだった。ああ、そうか。彼が光って見えたのは、俺がどうしようもなく惹かれて仕方なかったのは。この感情に恋と名前をつけてしまえば、すべてに説明がつく。
俺は、鉢屋のことが好きだったのだ。
「好き」
「……本当に?」
「好きだよ。最近、鉢屋が光って見えて仕方なくて、なんでなのか知りたくて、ずっと見てたくらい」
「奇遇だな。私にも、勘右衛門は光って見える」
世界はそれを愛と呼ぶんだぜ。鉢屋の手にそっと俺の手を重ねて、どちらからともなく顔を近付けた。ひそひそ話をするときよりも近かった。唇と唇が合わさった時、なんだかここから全てがはじまっていくような気がした。