鉢尾
大学生になって、一人暮らしをはじめた時、クローゼットと風呂の大きさだけは拘った。おかげで満足のいく部屋で暮らせている。勘右衛門がいつのまにかこの家に居座りついているが、なんなく過ごせているのもそのこだわりの賜物だ。
風呂に入っていると、時々、勘右衛門は「俺も」と言って勝手に突撃してくるのだ。いくら大きな風呂だからと言っても、成人男子二人では狭い。それなのに彼は懲りない。最初から「一緒に入ろう」と言ってくる始末だ。そういうことをした後は、特に。
今日も今日とて、勘右衛門は突撃してきた。いつもと違うのは、手にビニール袋を提げているところだ。風呂で致したいのかと思ったらどうやら違ったようで、「じゃーん」と見せられた袋の中には、ハーゲンダッツが入っていた。
「一緒に食べよう」
「風呂で?」
「そう。禁忌的~」
勘右衛門はシャワーをざっと浴びると湯舟に入り込み、私と向かい合わせに座った。袋のなかからプラスチックのスプーンを取り出し私に与えると、ストロベリーとバニラのカップを見せて「どっちがいい?」と聞く。
「バニラかな」
「じゃあ俺ストロベリー」
かんぱい、とカップを合わせて、蓋をめくった。甘い香りが指先を冷やしていく。バニラの濃厚なコクが舌を潤して、飲み込むと食道がひんやりして気持ちがいい。
「あーん」
勘右衛門が私を見ながら口をぱかりと開けたので、バニラを掬ってスプーンで突っ込んだ。にこにこと咀嚼した勘右衛門はバニラを楽しむと、またぱかりと口を開ける。
「おいしい」
「私にもくれ」
勘右衛門は「えー」と言いながらも自分のアイスを掬って、私にスプーンを差し出した。ストロベリーは甘酸っぱくて、バニラの後味とあいまって美味い。あたたまっていく身体、冷えていく舌。甘さが身体に染み渡っていく。
勘右衛門はペロリとアイスを平らげると、肩まで湯舟に浸かって私を見上げた。
「なんか、トクベツをやってみたかったんだ」
「これくらいいつでも付き合ってやるよ」
「鉢屋って、風呂の中でビール飲んでそう」
「さすがに身体に悪いだろ」
けらけら、と笑った勘右衛門の口にまたスプーンを突っ込んで黙らせる。勘右衛門はひな鳥のようにぱかぱかと口を開けて、私のホドコシを待っていた。そんなに沢山与えたら私の分がなくなってしまう。お湯を掬って顔にかけてやった。
「うわっぷ」
「ご馳走様」
ビニール袋のなかにカップとスプーンを捨て、私も肩まで浸かった。勘右衛門がじっとこちらを見ているのに気づいて、今度は私がお湯をかけられる番かと思い身構えていたのに、彼はぱちくりとまばたきを繰り返すばかりだった。
「なんだよ」
「えーとね、好きだと思って」
「……いま?」
「いま。好きな人と一緒に風呂に入って、一緒にアイス食べたの。すごくない?」
こういうところだ。彼のこういうところに、私は振り回されてばかりだ。この動悸はのぼせではない。波紋になって勘右衛門に伝わってしまう。
「なんかさ。ずっとときめいてるんだよ、鉢屋に」
「ずっと」
「ずっと。俺のことどうしたいの?」
どうしたもこうしたもあるか。こっちのセリフだ。私をどうしたいのだ。日々がトキメキで満ちていて、それはバニラよりもストロベリーよりも甘いのだ。風呂でどんなにこすっても流れていかないくらいに。
「……いつかさ」
「ん?」
「いつかさ、風呂のでっかい家に住もう。ここよりでっかいとこ引っ越して」
「そこでもこうしてアイスを食うつもりか?」
「そう。シャンパンも飲む」
「だから危ないだろう」
勘右衛門はすすすと私に近付いてきて、私の頬にキスをした。お湯が私と勘右衛門の皮膚の間を濡らして流れていく。私は彼の濡れていない頭に手を突っ込んでわしわしと撫でた。
「あー、濡れちゃった。洗わなきゃ」
「風呂に入ったら濡れるだろう、そりゃ」
「……鉢屋、照れてる?」
「うるさい。うるさい、バカ」
勘右衛門にキスを返したのち、盛大にお湯をかけてやった。今度は勘右衛門もやりかえしてきて、私たちはびしょぬれの顔で笑った。
「鉢屋」
「なんだ」
「だいすき」
「知ってる」
これ以上のトキメキはのぼせてしまう。私は風呂から上がって、バスタオルに包まった。勘右衛門がシャワーを浴びる音に混ぜて、「私も好きだよ」と呟いてみる。
勘右衛門から「俺もー」と返ってきたのをタオルで隠しながら、今夜覚えてろよ、と思った。ベッドの中でなら、私の方が強いのだから。カップの入ったビニール袋を捨てながら、いつか二人で暮らす大きな家について思いを馳せた。そこは、広い広い風呂がついている。
二人で溺れても足りないくらい、広い、広い。
風呂に入っていると、時々、勘右衛門は「俺も」と言って勝手に突撃してくるのだ。いくら大きな風呂だからと言っても、成人男子二人では狭い。それなのに彼は懲りない。最初から「一緒に入ろう」と言ってくる始末だ。そういうことをした後は、特に。
今日も今日とて、勘右衛門は突撃してきた。いつもと違うのは、手にビニール袋を提げているところだ。風呂で致したいのかと思ったらどうやら違ったようで、「じゃーん」と見せられた袋の中には、ハーゲンダッツが入っていた。
「一緒に食べよう」
「風呂で?」
「そう。禁忌的~」
勘右衛門はシャワーをざっと浴びると湯舟に入り込み、私と向かい合わせに座った。袋のなかからプラスチックのスプーンを取り出し私に与えると、ストロベリーとバニラのカップを見せて「どっちがいい?」と聞く。
「バニラかな」
「じゃあ俺ストロベリー」
かんぱい、とカップを合わせて、蓋をめくった。甘い香りが指先を冷やしていく。バニラの濃厚なコクが舌を潤して、飲み込むと食道がひんやりして気持ちがいい。
「あーん」
勘右衛門が私を見ながら口をぱかりと開けたので、バニラを掬ってスプーンで突っ込んだ。にこにこと咀嚼した勘右衛門はバニラを楽しむと、またぱかりと口を開ける。
「おいしい」
「私にもくれ」
勘右衛門は「えー」と言いながらも自分のアイスを掬って、私にスプーンを差し出した。ストロベリーは甘酸っぱくて、バニラの後味とあいまって美味い。あたたまっていく身体、冷えていく舌。甘さが身体に染み渡っていく。
勘右衛門はペロリとアイスを平らげると、肩まで湯舟に浸かって私を見上げた。
「なんか、トクベツをやってみたかったんだ」
「これくらいいつでも付き合ってやるよ」
「鉢屋って、風呂の中でビール飲んでそう」
「さすがに身体に悪いだろ」
けらけら、と笑った勘右衛門の口にまたスプーンを突っ込んで黙らせる。勘右衛門はひな鳥のようにぱかぱかと口を開けて、私のホドコシを待っていた。そんなに沢山与えたら私の分がなくなってしまう。お湯を掬って顔にかけてやった。
「うわっぷ」
「ご馳走様」
ビニール袋のなかにカップとスプーンを捨て、私も肩まで浸かった。勘右衛門がじっとこちらを見ているのに気づいて、今度は私がお湯をかけられる番かと思い身構えていたのに、彼はぱちくりとまばたきを繰り返すばかりだった。
「なんだよ」
「えーとね、好きだと思って」
「……いま?」
「いま。好きな人と一緒に風呂に入って、一緒にアイス食べたの。すごくない?」
こういうところだ。彼のこういうところに、私は振り回されてばかりだ。この動悸はのぼせではない。波紋になって勘右衛門に伝わってしまう。
「なんかさ。ずっとときめいてるんだよ、鉢屋に」
「ずっと」
「ずっと。俺のことどうしたいの?」
どうしたもこうしたもあるか。こっちのセリフだ。私をどうしたいのだ。日々がトキメキで満ちていて、それはバニラよりもストロベリーよりも甘いのだ。風呂でどんなにこすっても流れていかないくらいに。
「……いつかさ」
「ん?」
「いつかさ、風呂のでっかい家に住もう。ここよりでっかいとこ引っ越して」
「そこでもこうしてアイスを食うつもりか?」
「そう。シャンパンも飲む」
「だから危ないだろう」
勘右衛門はすすすと私に近付いてきて、私の頬にキスをした。お湯が私と勘右衛門の皮膚の間を濡らして流れていく。私は彼の濡れていない頭に手を突っ込んでわしわしと撫でた。
「あー、濡れちゃった。洗わなきゃ」
「風呂に入ったら濡れるだろう、そりゃ」
「……鉢屋、照れてる?」
「うるさい。うるさい、バカ」
勘右衛門にキスを返したのち、盛大にお湯をかけてやった。今度は勘右衛門もやりかえしてきて、私たちはびしょぬれの顔で笑った。
「鉢屋」
「なんだ」
「だいすき」
「知ってる」
これ以上のトキメキはのぼせてしまう。私は風呂から上がって、バスタオルに包まった。勘右衛門がシャワーを浴びる音に混ぜて、「私も好きだよ」と呟いてみる。
勘右衛門から「俺もー」と返ってきたのをタオルで隠しながら、今夜覚えてろよ、と思った。ベッドの中でなら、私の方が強いのだから。カップの入ったビニール袋を捨てながら、いつか二人で暮らす大きな家について思いを馳せた。そこは、広い広い風呂がついている。
二人で溺れても足りないくらい、広い、広い。