鉢尾
起きたら、声が出なくなっていた。
五年生の合同実習を終え、医務室で手当てをしてもらっているうちに眠ってしまったらしい。見慣れた部屋で目覚めた時、ここが一瞬どこだかわからなかった。
「あ、起きた? おはよう」
「……」
「勘右衛門?」
兵助に、おはようと返したかっただけなのに。口から出てきたのはただのからっぽの空気だけだった。俺はびっくりして喉を押さえる。
「どうした? 気持ち悪い?」
「……」
兵助に、必死で伝える。声が出ないんだ。俺の形相からなにかを感じ取った兵助は、「新野先生か伊作先輩を探してくる」と言って部屋を出て行った。その足音が遠ざかっていくのが、ずいぶん心細かった。
嫌な汗が背中を伝う。粉塵を吸い込みすぎたか。俺は空中に向かって叫んでみる。零れるのは吐息ばかり。
「勘右衛門、起きたか」
三郎の声がした。格子戸に手をかけ、今まさに部屋に入ってこようとしていた。振り返った俺を見た三郎が怪訝な声をあげる。
「なんだお前、顔真っ青だぞ」
「……」
「……え?」
ぱくぱくと、三郎に訴えかける。声が出ないんだ。お前の名前を呼べないんだ。三郎ははじめ、俺がふざけているか寝ぼけていると思ったのだろう。にたにたと笑っていたものの、事態を察していくにつれ、みるみるうちに表情を崩した。泣き出しそうな俺の頬に手が触れる。
「……勘右衛門?」
「……」
「おい、どうしちゃったんだよ、おい」
俺は狼狽えた三郎の声に不安が増幅してしまって、とうとう泣きだした。泣く声も出ない。ただただ熱い涙が頬を伝うだけだ。三郎は俺のことを抱きしめて叫んだ。
「だ、だれか! だれか!」
「三郎! 新野先生をお連れした!」
兵助の声が聞こえる。足音が二人分近付いてきた。俺はなんとか息を整えて、三郎から離れた。三郎の着物がしっとりと濡れている。
俺は新野先生に向き合った。兵助が俺の代わりに言う。
「勘右衛門の声が――出ないんです」
心因性でしょうね、というのが、新野先生の診断だった。痛めていなさそうだし、原因も思い当たらないとなると、心が原因なのではないかとのことだ。一晩寝ても治らなかった。
「豆腐を食べても治らないし……」
「当たり前だろ」
食堂で食事を摂りながら、兵助と八左ヱ門が言った。豆腐は万能薬ではないことに、兵助は早く気付いた方がいい。
「でも、ずっと筆談だと疲れてしまうよね」
雷蔵はやさしかった。俺はふるふると首を振ってにっこりと笑う。みんなが会話をしているのを聞いているだけで楽しいし、身振り手振りでわりと意思は伝わることがわかった。筆談もそこまで苦ではないし、みんな読唇術もうまい。
問題は三郎だ。ずっとだんまりで俯いている。心配故にだろうし、辛気臭いからやめろとは言えず、俺たちはそっとしておくことしか出来ない。
「アニマルセラピーとか……」
「毒虫で? 無理無理」
八左ヱ門の閃きに皆で首を振る。ジュンコを首に巻いたからと言って治るとは到底思えない。俺は豚汁で腹をあっためながら、まあ気長に待つよ、と唇を動かした。
三郎は焼き魚をもくもくと食べながら、なおも静かだった。心配した雷蔵が「里芋食べる?」と器を傾けると、やっと「食べる」と口を開いた。雷蔵の豚汁から里芋が消えた。
「とりあえず、今日明日は勘右衛門は休みになったから。連絡事項があったら直接伝えてね」
兵助がそうしめくくり、食事の時間は終わった。おばちゃんにごちそうさまを言えなかったのが少し心残りだった。
夜。風呂も済み、あとは寝るだけになった時、三郎が部屋に訪れた。
兵助は何かを察して部屋から出て行った。今頃雷蔵の横で溜息でもついているだろう。
「勘右衛門」
なあに、と口を動かす。会話がしたいのなら、と筆を用意しようとすると、三郎に手で制されてしまった。三郎は俺の浮いた両手を取った。
「ごめん。声が出ないの、私のせいかもしれない」
「……?」
「私が一昨日、変なことを言ってしまったから。勘右衛門、一晩悩んでいただろ。それで昨日の実習中もわりと上の空だったし」
ああ、なんだ、そんなことか。それは俺が悪いのだから心配しないでほしい、と言いたいのに、両手を取られているから唇を動かすことしか出来ない。三郎はこちらを見ないから伝わらない。
一昨日、三郎に言われたのだ。私のどこが好きなんだ、と。
全部、と答えたら、それは答えになっていないと返され。笑顔、と答えたら、それは雷蔵の顔にも言えると返され。声、におい、しぐさ、どれも「それは本当の私なのか」と返されて、俺はついに怒ってしまった。
「もういい、三郎のばか」
そう言い捨てて部屋に戻って、ぷりぷりと寝たはいいものの、本当は三郎に何て言ってやればよかったのか、一晩中ぐるぐると考えていた。
別に、雷蔵を好きになったわけじゃないのに。三郎だから好きになったのに。でも、本当の姿を見せていない罪悪感が、彼を蝕んでいるのだろう。その不安を取り除ければよかったのだ。
どんな姿でも三郎が好きだよと、言ってあげればよかったのだ。昨日の実習中はずっとそんなことを考えていて、実が入らなかった。だからこそ怪我も負ってしまったし、こんなことで心を乱しているようではいけないと、反省もしていたのに。
三郎は「ごめん」と呟いた。俺は両手をぶんぶん振った。三郎の手も一緒にぶんぶんと振られる。
「無理にあんなこと聞いてさ。怒らせて、そのまま放っておいて。勘右衛門の負担も考えずに」
だから、もう気にしてないって。どんなにぱくぱく口を動かしても三郎はこちらを見ない。俺は思いっきり両手を引っ張って、三郎の身体を抱き寄せた。
三郎は驚きながらも俺を抱きしめ返した。彼の鼓動が着物越しに聞こえてくる。
「……ごめんな。こんな私を好きと言ってくれているのに」
俺は頭をぐりぐりと三郎にこすりつける。髪がぐしゃぐしゃになるのも厭わなかった。
「昨日だってからかってやろうと思って寝起きを見に行ったのにさ。顔を真っ青にしてるお前を見たら、俺、なんてことしたんだと思って。大切にしなきゃいけないのは、今目の前にいる、お前なのに」
俺の背中を撫でながらそういう三郎の声が、震えている気がした。俺はそっと三郎から離れ、彼の両頬を手で包み込んだ。
俺は怒ってないし、大好きなことに変わりない!
「まって、勘右衛門、早くて読め」
ない、という言葉は吸い込んでしまった。三郎の唇に噛みついてやった。三郎はびっくりしたのち、俺を抱きしめて啄み返してくる。長い口吸いを終え、俺はまたぱくぱくとどなった。
三郎のばーか!
「……今ばかって言った?」
ぎゅう、と抱きしめてやった。声が届かないなら、いくらでもこうして届けてやる。三郎は観念したのか、からからと笑った。
「こんなに思われてるなら、私は果報者だな」
そうだよ。この俺に好かれてるんだよ。自信持てよ。
声がでない代わりにバシバシと背中を叩いた。痛い痛いと笑う三郎が、俺の頬に手を添える。
「今度は私が届けるよ。好きって気持ちを」
軽く唇を啄まれ、それじゃあおやすみ、と部屋を出て行こうとするもんだから、俺は慌てて引き留めた。
たぶん兵助、戻ってこないよ。
「……だいたーん」
灯りを消し、俺の布団に潜りこんだ三郎は愉快そうだった。
「明日は何て言って勘右衛門に愛を伝えようかなあ」
ああ、楽しみだしてしまった。こうなったら誰にも止められない。面白いことを見つけた時、だれもこの人のことを止められない。
俺は三郎の鼻を摘まんで、おやすみと唇を動かした。
朝。鳥の囀りで目が覚めた。ひとつの布団で男二人寝るのはどうにも窮屈だ。俺は大きく伸びをして、痛めた肩の存在を思い出す。
「あ、おはよう勘右衛門。結局昨日はお楽しみだったの?」
兵助が格子戸を遠慮なく開け、俺と三郎がひとつの布団で出ていたこと見て「知ってた」と頷いた。
「仮にも病人なんだから、激しい運動は控えめにね」
「違うって! ……あ」
「え? 勘右衛門!」
兵助が喜びの声をあげた。俺は久しぶりに自分の喉から出た音にびっくりして、思わず口を両手で覆った。あ、あ、と小さな声を出しながら、確かめていく。今聞こえているのは、俺の声だ。
「三郎! 三郎! 勘右衛門、治ったぞ!」
兵助が三郎を叩き起こす。三郎はむにゃむにゃとまどろみから起き上がり、俺の目を見て「おはよう」と言った。
「おはよう、三郎」
「おは……え!?」
「おはよう、三郎!」
三郎はぽかんと口をあけたのち、俺の頬をぺたぺたと触った。まだ夢と現実の区別がついていないらしい。
「夢じゃないよ」
「本当に……? やったあ!」
抱き合って喜ぶ俺たちを、兵助はやれやれと見守っていた。そのうち騒ぎを聞きつけた八左ヱ門と雷蔵がやってきて、みんなで快気祝いにわっしょいわっしょいと大暴れをし、六年生に「朝からうるさい」と苦情を言われる始末。それでも俺は嬉しくて、みんなの名前を何度も呼んだ。
兵助、雷蔵、八左ヱ門。そして、三郎。
「おかえり。勘右衛門」
「……ただいま!」
これからは、この声で何度でも愛を叫ぼう。三郎と俺は今日何回目かの爆笑をして、今度は先生方に怒られるのだった。
五年生の合同実習を終え、医務室で手当てをしてもらっているうちに眠ってしまったらしい。見慣れた部屋で目覚めた時、ここが一瞬どこだかわからなかった。
「あ、起きた? おはよう」
「……」
「勘右衛門?」
兵助に、おはようと返したかっただけなのに。口から出てきたのはただのからっぽの空気だけだった。俺はびっくりして喉を押さえる。
「どうした? 気持ち悪い?」
「……」
兵助に、必死で伝える。声が出ないんだ。俺の形相からなにかを感じ取った兵助は、「新野先生か伊作先輩を探してくる」と言って部屋を出て行った。その足音が遠ざかっていくのが、ずいぶん心細かった。
嫌な汗が背中を伝う。粉塵を吸い込みすぎたか。俺は空中に向かって叫んでみる。零れるのは吐息ばかり。
「勘右衛門、起きたか」
三郎の声がした。格子戸に手をかけ、今まさに部屋に入ってこようとしていた。振り返った俺を見た三郎が怪訝な声をあげる。
「なんだお前、顔真っ青だぞ」
「……」
「……え?」
ぱくぱくと、三郎に訴えかける。声が出ないんだ。お前の名前を呼べないんだ。三郎ははじめ、俺がふざけているか寝ぼけていると思ったのだろう。にたにたと笑っていたものの、事態を察していくにつれ、みるみるうちに表情を崩した。泣き出しそうな俺の頬に手が触れる。
「……勘右衛門?」
「……」
「おい、どうしちゃったんだよ、おい」
俺は狼狽えた三郎の声に不安が増幅してしまって、とうとう泣きだした。泣く声も出ない。ただただ熱い涙が頬を伝うだけだ。三郎は俺のことを抱きしめて叫んだ。
「だ、だれか! だれか!」
「三郎! 新野先生をお連れした!」
兵助の声が聞こえる。足音が二人分近付いてきた。俺はなんとか息を整えて、三郎から離れた。三郎の着物がしっとりと濡れている。
俺は新野先生に向き合った。兵助が俺の代わりに言う。
「勘右衛門の声が――出ないんです」
心因性でしょうね、というのが、新野先生の診断だった。痛めていなさそうだし、原因も思い当たらないとなると、心が原因なのではないかとのことだ。一晩寝ても治らなかった。
「豆腐を食べても治らないし……」
「当たり前だろ」
食堂で食事を摂りながら、兵助と八左ヱ門が言った。豆腐は万能薬ではないことに、兵助は早く気付いた方がいい。
「でも、ずっと筆談だと疲れてしまうよね」
雷蔵はやさしかった。俺はふるふると首を振ってにっこりと笑う。みんなが会話をしているのを聞いているだけで楽しいし、身振り手振りでわりと意思は伝わることがわかった。筆談もそこまで苦ではないし、みんな読唇術もうまい。
問題は三郎だ。ずっとだんまりで俯いている。心配故にだろうし、辛気臭いからやめろとは言えず、俺たちはそっとしておくことしか出来ない。
「アニマルセラピーとか……」
「毒虫で? 無理無理」
八左ヱ門の閃きに皆で首を振る。ジュンコを首に巻いたからと言って治るとは到底思えない。俺は豚汁で腹をあっためながら、まあ気長に待つよ、と唇を動かした。
三郎は焼き魚をもくもくと食べながら、なおも静かだった。心配した雷蔵が「里芋食べる?」と器を傾けると、やっと「食べる」と口を開いた。雷蔵の豚汁から里芋が消えた。
「とりあえず、今日明日は勘右衛門は休みになったから。連絡事項があったら直接伝えてね」
兵助がそうしめくくり、食事の時間は終わった。おばちゃんにごちそうさまを言えなかったのが少し心残りだった。
夜。風呂も済み、あとは寝るだけになった時、三郎が部屋に訪れた。
兵助は何かを察して部屋から出て行った。今頃雷蔵の横で溜息でもついているだろう。
「勘右衛門」
なあに、と口を動かす。会話がしたいのなら、と筆を用意しようとすると、三郎に手で制されてしまった。三郎は俺の浮いた両手を取った。
「ごめん。声が出ないの、私のせいかもしれない」
「……?」
「私が一昨日、変なことを言ってしまったから。勘右衛門、一晩悩んでいただろ。それで昨日の実習中もわりと上の空だったし」
ああ、なんだ、そんなことか。それは俺が悪いのだから心配しないでほしい、と言いたいのに、両手を取られているから唇を動かすことしか出来ない。三郎はこちらを見ないから伝わらない。
一昨日、三郎に言われたのだ。私のどこが好きなんだ、と。
全部、と答えたら、それは答えになっていないと返され。笑顔、と答えたら、それは雷蔵の顔にも言えると返され。声、におい、しぐさ、どれも「それは本当の私なのか」と返されて、俺はついに怒ってしまった。
「もういい、三郎のばか」
そう言い捨てて部屋に戻って、ぷりぷりと寝たはいいものの、本当は三郎に何て言ってやればよかったのか、一晩中ぐるぐると考えていた。
別に、雷蔵を好きになったわけじゃないのに。三郎だから好きになったのに。でも、本当の姿を見せていない罪悪感が、彼を蝕んでいるのだろう。その不安を取り除ければよかったのだ。
どんな姿でも三郎が好きだよと、言ってあげればよかったのだ。昨日の実習中はずっとそんなことを考えていて、実が入らなかった。だからこそ怪我も負ってしまったし、こんなことで心を乱しているようではいけないと、反省もしていたのに。
三郎は「ごめん」と呟いた。俺は両手をぶんぶん振った。三郎の手も一緒にぶんぶんと振られる。
「無理にあんなこと聞いてさ。怒らせて、そのまま放っておいて。勘右衛門の負担も考えずに」
だから、もう気にしてないって。どんなにぱくぱく口を動かしても三郎はこちらを見ない。俺は思いっきり両手を引っ張って、三郎の身体を抱き寄せた。
三郎は驚きながらも俺を抱きしめ返した。彼の鼓動が着物越しに聞こえてくる。
「……ごめんな。こんな私を好きと言ってくれているのに」
俺は頭をぐりぐりと三郎にこすりつける。髪がぐしゃぐしゃになるのも厭わなかった。
「昨日だってからかってやろうと思って寝起きを見に行ったのにさ。顔を真っ青にしてるお前を見たら、俺、なんてことしたんだと思って。大切にしなきゃいけないのは、今目の前にいる、お前なのに」
俺の背中を撫でながらそういう三郎の声が、震えている気がした。俺はそっと三郎から離れ、彼の両頬を手で包み込んだ。
俺は怒ってないし、大好きなことに変わりない!
「まって、勘右衛門、早くて読め」
ない、という言葉は吸い込んでしまった。三郎の唇に噛みついてやった。三郎はびっくりしたのち、俺を抱きしめて啄み返してくる。長い口吸いを終え、俺はまたぱくぱくとどなった。
三郎のばーか!
「……今ばかって言った?」
ぎゅう、と抱きしめてやった。声が届かないなら、いくらでもこうして届けてやる。三郎は観念したのか、からからと笑った。
「こんなに思われてるなら、私は果報者だな」
そうだよ。この俺に好かれてるんだよ。自信持てよ。
声がでない代わりにバシバシと背中を叩いた。痛い痛いと笑う三郎が、俺の頬に手を添える。
「今度は私が届けるよ。好きって気持ちを」
軽く唇を啄まれ、それじゃあおやすみ、と部屋を出て行こうとするもんだから、俺は慌てて引き留めた。
たぶん兵助、戻ってこないよ。
「……だいたーん」
灯りを消し、俺の布団に潜りこんだ三郎は愉快そうだった。
「明日は何て言って勘右衛門に愛を伝えようかなあ」
ああ、楽しみだしてしまった。こうなったら誰にも止められない。面白いことを見つけた時、だれもこの人のことを止められない。
俺は三郎の鼻を摘まんで、おやすみと唇を動かした。
朝。鳥の囀りで目が覚めた。ひとつの布団で男二人寝るのはどうにも窮屈だ。俺は大きく伸びをして、痛めた肩の存在を思い出す。
「あ、おはよう勘右衛門。結局昨日はお楽しみだったの?」
兵助が格子戸を遠慮なく開け、俺と三郎がひとつの布団で出ていたこと見て「知ってた」と頷いた。
「仮にも病人なんだから、激しい運動は控えめにね」
「違うって! ……あ」
「え? 勘右衛門!」
兵助が喜びの声をあげた。俺は久しぶりに自分の喉から出た音にびっくりして、思わず口を両手で覆った。あ、あ、と小さな声を出しながら、確かめていく。今聞こえているのは、俺の声だ。
「三郎! 三郎! 勘右衛門、治ったぞ!」
兵助が三郎を叩き起こす。三郎はむにゃむにゃとまどろみから起き上がり、俺の目を見て「おはよう」と言った。
「おはよう、三郎」
「おは……え!?」
「おはよう、三郎!」
三郎はぽかんと口をあけたのち、俺の頬をぺたぺたと触った。まだ夢と現実の区別がついていないらしい。
「夢じゃないよ」
「本当に……? やったあ!」
抱き合って喜ぶ俺たちを、兵助はやれやれと見守っていた。そのうち騒ぎを聞きつけた八左ヱ門と雷蔵がやってきて、みんなで快気祝いにわっしょいわっしょいと大暴れをし、六年生に「朝からうるさい」と苦情を言われる始末。それでも俺は嬉しくて、みんなの名前を何度も呼んだ。
兵助、雷蔵、八左ヱ門。そして、三郎。
「おかえり。勘右衛門」
「……ただいま!」
これからは、この声で何度でも愛を叫ぼう。三郎と俺は今日何回目かの爆笑をして、今度は先生方に怒られるのだった。