鉢尾
長い長い口吸いのあと、息を整えながら、三郎の顔を見るのが好きだ。余裕のなさそうな顔。
「ん? どうした」
「なんでも」
首に手を回しじゃれあう。三郎は俺がどれだけ甘えても受け入れてくれる。俺の特徴的な髪の毛を遊ぶ右手がくすぐったい。
「あー、好きだな」
三郎の口を啄んだり、頬を擦り合わせたりしながらそう言った。三郎はそれに照れたのか、俺の耳に噛みつく。急な襲来に俺はけらけらと笑いながら転がった。上から三郎が覆いかぶさる。肉食動物みたいだ。ぎろりとするどい眼光に貫かれて、背中がぞくぞくする。
「……勘右衛門は、私のどこが好きなの」
「えー? かっこいいとこ」
「それは雷蔵がかっこいいってことじゃなくて?」
あ、はじまった。三郎のちょっと面倒くさいモード。自分の顔を偽ってるから、たまに俺からの愛や信頼を疑うところ。どんな三郎だって三郎なのに。
「三郎の顔が兵助だろうが八左ヱ門だろうが、三郎は三郎」
「雷蔵の顔と口吸いしてるじゃん」
「俺は三郎と恋仲なんだけど」
三郎の眉間に皺が寄る。俺はそこを指で撫でて唇を落とした。雷蔵にこういうことをしようとは思わない。
「俺が好きなのは三郎。いつも見破ってるじゃん、俺たち。三郎って三郎だよ」
「……うん」
本当の姿を見たいと駄々をこねたこともあるけれど、それは彼の負担になるからやめた。三郎の頬に手を添えて、摩訶不思議な皮膚を撫でる。
「……俺、三郎が素顔でいたとしても、三郎ってわかる自信あるよ」
「……何だソレ」
「町の中とか。山の中とか。三郎が歩いてたら、三郎ってわかる気がする」
「よく言うよ。このあいだ、俺の兵助見破れなかったじゃん」
「あれは豆腐のせいだろ」
いぶかしげな三郎は、それでもどこか嬉しそうだった。どこにいても見つけてもらえるという喜びは、忍者としてはいかがなものかとは思うけれど。
「だから、俺のことも見つけてね」
「それは安心しろ。絶対に見つけ出してやるから」
忍たまは卒業時、どこに就職したのか、周りに言わない。敵対していたらその時から命の奪い合いになるし、邪魔になるのは情だ。三郎はきっと雷蔵と同じところに就職するだろう。だから俺は、うんと遠くに就職しないといけない。二人と出会わないために。
三郎の唇が降ってくる。繋いだ手から移される熱が心地よくて、俺は三郎が三郎であるならどんな見た目でもいい、と思った。どんな彼でも愛したい。
俺たちは何度も睦みあった。彼の輪郭をすっかり覚え込んでしまうまで身体を重ねた。忘れるものか。忘れてたまるか。いつか見つけ出す日のために。
――数年後。
町へ繰り出していた。休みの日でも情報収集は欠かさない。耳をそばだてながらあたりを見回す。だんごでも食べたい気分だが、あそこの店はどうにもきなくさい。改めて偵察に来た方がいいかもしれない。
「あ、ごめんなさい」
女性と肩がぶつかった。俺も振り返って会釈をするが、なにか違和感がある。道は広い。女性は荷物もなく、まっすぐ歩いている。どうして俺にわざわざぶつかったのか。
――わざとだとしたら。
胸騒ぎがして、あとをつける。するとどうだろう、あとをつけられていることに気付いたのか、するすると姿をくらまそうとする。俺はついていくのに必死だ。まるで俺に見つかりたくないみたいに女性は逃げる――女性にしては早い。
もしかして。もしかしたら。俺は高鳴る胸を押さえつけながら必死に手を伸ばす。会いたい。会いたいんだ、お前に。
「三郎!!」
女性の腕を掴んで叫ぶ。女性は振り返って驚いた顔をしていた。
「あ、あの、人違いじゃ……」
「三郎。見つけた」
俺はにんまりと笑う。この俺が見破れないわけがないじゃないか。女性はしおらしく驚いていたが、俺があまりにも強情に顔を見続けるものだから、ついに笑いだしてしまった。
「ははは。降参」
「ほら。やっぱり三郎だ」
三郎はさっと雷蔵の顔に戻ると、俺のことを強く抱きしめた。久しぶりの三郎の匂い、と思ったけれど、女性の香りを身に纏っていた。そのちぐはぐさに笑ってしまう。
「絶対見つけるって言っただろ」
「先に見つけたのは私だよ」
「それでも、俺、三郎ってわかったよ」
「わかったわかった。参った!」
三郎はそう言って、俺に唇を降らす。ああ、懐かしい、三郎だ。三郎の唇だ。
「ね。離れてても、やっぱり愛してるよ」
「私も。……さみしかったよ」
「雷蔵がいるのに?」
「それは別腹」
別の話、じゃなくて、別腹、なのがおかしくて、三郎の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。三郎はくすぐったそうに微笑んだあと、懐かしそうに俺の髪を遊んだ。
「……もう、いかないと」
名残惜しそうにそう呟いて、三郎は女性の顔に変わる。俺はそれでも、三郎は美しいと思った。三郎はどんな顔でも三郎。
「ねえ。こうしてまた、会わない? どちらが先に見つかるか」
「……いいよ。見つけられるものなら」
「絶対見つけるよ。おじいさんでも、あかちゃんでも」
三郎は嬉しそうに笑った。そうそう、そうでなきゃ。いつでも笑っていてもらわなきゃ。
俺たちはそっと別れたけれど、寂しくはなかった。絶対にまた会えると確信していたから。町はいつもと違って煌めいて見えた。
それから数日後。
俺は見慣れない男性に声をかける。サラサラのストレートヘアの、長身の男性。
ねえ、やっと見つけたよ。俺がにかっと笑うと、男性もにかっと笑った。見慣れた笑顔だった。
「参った!」
その一言が、こんなに嬉しいだなんて。この世で一番呼び慣れた名前を呼ぼうとしたところで、唇を塞がれた。そのまま長い長い口吸いをして、は、と顔を離した時。
あの余裕のない顔を見て、俺は泣いてしまった。ついに見ることが出来た、彼の本当の姿。
「泣くな。勘右衛門」
だって、だってと言いながら、俺は涙を流していた。三郎は笑いながら俺の頭を撫でる。
「降参?」
「降参」
こんなの、降参だ。俺は三郎に抱きついて、彼の輪郭を確かめた。過去、何度も何度もなぞった輪郭は優しかった。
世界が眩かった。いま、世界の中心にいると思った。忍びなのにお恥ずかしい。
「ん? どうした」
「なんでも」
首に手を回しじゃれあう。三郎は俺がどれだけ甘えても受け入れてくれる。俺の特徴的な髪の毛を遊ぶ右手がくすぐったい。
「あー、好きだな」
三郎の口を啄んだり、頬を擦り合わせたりしながらそう言った。三郎はそれに照れたのか、俺の耳に噛みつく。急な襲来に俺はけらけらと笑いながら転がった。上から三郎が覆いかぶさる。肉食動物みたいだ。ぎろりとするどい眼光に貫かれて、背中がぞくぞくする。
「……勘右衛門は、私のどこが好きなの」
「えー? かっこいいとこ」
「それは雷蔵がかっこいいってことじゃなくて?」
あ、はじまった。三郎のちょっと面倒くさいモード。自分の顔を偽ってるから、たまに俺からの愛や信頼を疑うところ。どんな三郎だって三郎なのに。
「三郎の顔が兵助だろうが八左ヱ門だろうが、三郎は三郎」
「雷蔵の顔と口吸いしてるじゃん」
「俺は三郎と恋仲なんだけど」
三郎の眉間に皺が寄る。俺はそこを指で撫でて唇を落とした。雷蔵にこういうことをしようとは思わない。
「俺が好きなのは三郎。いつも見破ってるじゃん、俺たち。三郎って三郎だよ」
「……うん」
本当の姿を見たいと駄々をこねたこともあるけれど、それは彼の負担になるからやめた。三郎の頬に手を添えて、摩訶不思議な皮膚を撫でる。
「……俺、三郎が素顔でいたとしても、三郎ってわかる自信あるよ」
「……何だソレ」
「町の中とか。山の中とか。三郎が歩いてたら、三郎ってわかる気がする」
「よく言うよ。このあいだ、俺の兵助見破れなかったじゃん」
「あれは豆腐のせいだろ」
いぶかしげな三郎は、それでもどこか嬉しそうだった。どこにいても見つけてもらえるという喜びは、忍者としてはいかがなものかとは思うけれど。
「だから、俺のことも見つけてね」
「それは安心しろ。絶対に見つけ出してやるから」
忍たまは卒業時、どこに就職したのか、周りに言わない。敵対していたらその時から命の奪い合いになるし、邪魔になるのは情だ。三郎はきっと雷蔵と同じところに就職するだろう。だから俺は、うんと遠くに就職しないといけない。二人と出会わないために。
三郎の唇が降ってくる。繋いだ手から移される熱が心地よくて、俺は三郎が三郎であるならどんな見た目でもいい、と思った。どんな彼でも愛したい。
俺たちは何度も睦みあった。彼の輪郭をすっかり覚え込んでしまうまで身体を重ねた。忘れるものか。忘れてたまるか。いつか見つけ出す日のために。
――数年後。
町へ繰り出していた。休みの日でも情報収集は欠かさない。耳をそばだてながらあたりを見回す。だんごでも食べたい気分だが、あそこの店はどうにもきなくさい。改めて偵察に来た方がいいかもしれない。
「あ、ごめんなさい」
女性と肩がぶつかった。俺も振り返って会釈をするが、なにか違和感がある。道は広い。女性は荷物もなく、まっすぐ歩いている。どうして俺にわざわざぶつかったのか。
――わざとだとしたら。
胸騒ぎがして、あとをつける。するとどうだろう、あとをつけられていることに気付いたのか、するすると姿をくらまそうとする。俺はついていくのに必死だ。まるで俺に見つかりたくないみたいに女性は逃げる――女性にしては早い。
もしかして。もしかしたら。俺は高鳴る胸を押さえつけながら必死に手を伸ばす。会いたい。会いたいんだ、お前に。
「三郎!!」
女性の腕を掴んで叫ぶ。女性は振り返って驚いた顔をしていた。
「あ、あの、人違いじゃ……」
「三郎。見つけた」
俺はにんまりと笑う。この俺が見破れないわけがないじゃないか。女性はしおらしく驚いていたが、俺があまりにも強情に顔を見続けるものだから、ついに笑いだしてしまった。
「ははは。降参」
「ほら。やっぱり三郎だ」
三郎はさっと雷蔵の顔に戻ると、俺のことを強く抱きしめた。久しぶりの三郎の匂い、と思ったけれど、女性の香りを身に纏っていた。そのちぐはぐさに笑ってしまう。
「絶対見つけるって言っただろ」
「先に見つけたのは私だよ」
「それでも、俺、三郎ってわかったよ」
「わかったわかった。参った!」
三郎はそう言って、俺に唇を降らす。ああ、懐かしい、三郎だ。三郎の唇だ。
「ね。離れてても、やっぱり愛してるよ」
「私も。……さみしかったよ」
「雷蔵がいるのに?」
「それは別腹」
別の話、じゃなくて、別腹、なのがおかしくて、三郎の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。三郎はくすぐったそうに微笑んだあと、懐かしそうに俺の髪を遊んだ。
「……もう、いかないと」
名残惜しそうにそう呟いて、三郎は女性の顔に変わる。俺はそれでも、三郎は美しいと思った。三郎はどんな顔でも三郎。
「ねえ。こうしてまた、会わない? どちらが先に見つかるか」
「……いいよ。見つけられるものなら」
「絶対見つけるよ。おじいさんでも、あかちゃんでも」
三郎は嬉しそうに笑った。そうそう、そうでなきゃ。いつでも笑っていてもらわなきゃ。
俺たちはそっと別れたけれど、寂しくはなかった。絶対にまた会えると確信していたから。町はいつもと違って煌めいて見えた。
それから数日後。
俺は見慣れない男性に声をかける。サラサラのストレートヘアの、長身の男性。
ねえ、やっと見つけたよ。俺がにかっと笑うと、男性もにかっと笑った。見慣れた笑顔だった。
「参った!」
その一言が、こんなに嬉しいだなんて。この世で一番呼び慣れた名前を呼ぼうとしたところで、唇を塞がれた。そのまま長い長い口吸いをして、は、と顔を離した時。
あの余裕のない顔を見て、俺は泣いてしまった。ついに見ることが出来た、彼の本当の姿。
「泣くな。勘右衛門」
だって、だってと言いながら、俺は涙を流していた。三郎は笑いながら俺の頭を撫でる。
「降参?」
「降参」
こんなの、降参だ。俺は三郎に抱きついて、彼の輪郭を確かめた。過去、何度も何度もなぞった輪郭は優しかった。
世界が眩かった。いま、世界の中心にいると思った。忍びなのにお恥ずかしい。
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