生きてるだけで万々歳
かなめ
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気付いたら留三郎の肩にもたれかかって眠っていた。は、と目を覚ますと、「おう」と片手を挙げられる。まったくこの人たちは、音もなく立ち寄るのだから。
「ご、ごめん、重かったでしょ」
「全然。軽すぎて心配になる」
体勢をあわてて立て直し、あたりをきょろきょろと見回す。さくらと庭を見ていたはずだ、どこにやってしまったか。
「さくらも寝てるぞ」
見ると、留三郎の腕のなかで、さくらはすやすやと眠っていた。留三郎はさくらの寝顔を覗き込むとへにゃりと笑って、「かわいいな」と呟いた。
「さくらは別嬪になるだろうな」
「そうだといいな」
「眉の感じとか俺に似ていないか?」
「それ仙蔵も言ってた。私に似ていないか? って」
わかっている。みんなには似ないことを。この子は私を強姦した敵の血を引くのだから、私に似ていない部分はそいつに似ていることになる。けれどみんな、そんなことをわかっている上で、さも自分が父親かのように言ってくるのだ。自分に似ていないか、と。
みんなの優しさに触れて育つさくらは、きっと美人に成長するのだろう。まるで六人みんなの血を引いたかのように。――なんて、私が言うとちょっと気持ち悪いかもしれない。心の中にとどめておく。
「俺は三男坊で、上とは年が離れていたから、兄から見た俺もこんなのだったかもしれないと思うと、ちょっと感慨深いな」
「留三郎の子供時代かあ。昔から血気盛んだったんでしょう?」
「ああ。兄たちに常に勝負を挑んでいたからな」
お前はそうなるなよ~、とさくらの頭を撫でる留三郎に、ああもう猫かわいがりなんだから、と溜息をつく。さくらが血気盛んに育ったとして、それはきっと留三郎の影響だろうから、責任もって相手してもらわないと。
裏山は、桜が満開だった。桜の木は折れやすいから、登るのには適さない。花びらがはらはらと私たちの上に舞って、留三郎の鼻の頭にもくっついた。
「っくしょい!」
「ちょっと、さくら起きちゃう」
「悪い悪い」
あ、と何かを閃いたように、留三郎は私と反対側の手をごそごそやって、ふろしきを広げた。差し出された手の中には、三色団子が乗っている。
「ここに来る途中で買ってきたんだ。お前本当に町の人に気に入られてるな、安くしてもらえたぞ」
「それはあなたたちが真夜中に三人も産婆さんを連れ出したから……」
まあ、おかげで私もさくらも健康でいられているわけで、感謝しかないけれど。私はありがたく団子を受け取って、口に運んだ。やさしい甘さが広がって、胸がぽかぽかしてくる。春の味だ。
留三郎も片手でさくらを抱っこし、片手で器用に団子を食べている。文次郎と目があえば喧嘩ばかりしている彼の、こんなに穏やかな笑みは、大変貴重だ。
さくらが目を覚まし、ほあほあとぐずりだした。私は留三郎からさくらを受け取ろうとしたが、留三郎はまだ自分が抱っこしていたいようで離してくれず、いそいで団子を食べ終えて、さくらをゆらゆらと揺らした。
「ほうら、よしよし」
「……赤ちゃん好きなの?」
「そりゃ、赤ん坊っていうか、さくらだから」
少し顔を赤らめてつっけんどんに言う彼の表情がおかしくて、つい笑ってしまった。何笑ってるんだ、とふてくされてしまったけれど、私は留三郎の頭をよしよしと撫でる。
「なんだよ」
「ありがとうね」
留三郎が耳まで赤くなって面白い。さくらもきゃあきゃあと笑いだした。この子は人の笑顔に釣られやすい気がする。それもみんなが笑顔であやしてくれるおかげだろう。留三郎は片手の指をさくらに差し出した。さくらはそれを捕まえて、小さな指でぎゅっと握る。
「……命について、考えるようになった」
「命について?」
「敵なら誰でも倒していいと思っていた。だけど目の前ひとりひとりに、帰りを待つ家族がいるのだと思うと、やはり殺しは必要最低限にするべきだな、と」
「……そう、だね」
静かな、深い声。あんなに戦いが好きだった彼も、いざプロの忍者として働きだして、色々思うことがあったのかもしれない。
「あと。自分の命についても」
さくらが留三郎の指をしゃぶる。くすぐったいぞ、と留三郎は言うが、さくらはおかまいなしだ。けらけらと笑った留三郎に、桜が降り注ぐ。
「かなめと、さくらが、懸命に生きてるって思うと。生きて帰らねば、と思う」
「……そうだよ。生きて帰ってきてね」
「自分の命なんて顧みないはずだったのにな。俺も絆されちまった」
でも、それはいいことなんじゃないかしら。生きて帰るための作戦を入念に練るようになったでしょう。私はそれらの言葉を飲みこんで頷いた。言わなくても伝わることってあるから。
さくらが留三郎の指を離した。留三郎の指はびしょびしょで、広げたふろしきでそれを拭く。
「あっという間に大きくなるんだろうな」
「そう思うよ。みんなのおかげだ」
「誰に似るか、みんなで競争しているんだ。きっと俺に似るがな」
「そんなことしてたの?」
それはまた、ずいぶん阿呆な戦いを。けれどみんな、私の心を労わってそんなことを言っているので、私は笑って応える。さて、この子は誰に似るかな?
「それじゃあ、もう行くな。体調に気を付けろよ」
「ありがとう。気を付けてね」
留三郎はさくらを私に手渡すと、ひらひらと手を振って、さっと消えてしまった。後に残った桜吹雪に、彼の優しさを思い出す。
「ねえさくら、あなたは誰に似るのかな」
あきゃあ、さくらは私に笑顔を見せる。あなたが笑ってくれるのなら、なんだっていいなあ。舌に残る春の味を楽しみながら、そのまましばらく日向ぼっこをしていた。さくらはあたたかくて、私はまたかくんかくんと居眠りをしそうになるのだった。
「ご、ごめん、重かったでしょ」
「全然。軽すぎて心配になる」
体勢をあわてて立て直し、あたりをきょろきょろと見回す。さくらと庭を見ていたはずだ、どこにやってしまったか。
「さくらも寝てるぞ」
見ると、留三郎の腕のなかで、さくらはすやすやと眠っていた。留三郎はさくらの寝顔を覗き込むとへにゃりと笑って、「かわいいな」と呟いた。
「さくらは別嬪になるだろうな」
「そうだといいな」
「眉の感じとか俺に似ていないか?」
「それ仙蔵も言ってた。私に似ていないか? って」
わかっている。みんなには似ないことを。この子は私を強姦した敵の血を引くのだから、私に似ていない部分はそいつに似ていることになる。けれどみんな、そんなことをわかっている上で、さも自分が父親かのように言ってくるのだ。自分に似ていないか、と。
みんなの優しさに触れて育つさくらは、きっと美人に成長するのだろう。まるで六人みんなの血を引いたかのように。――なんて、私が言うとちょっと気持ち悪いかもしれない。心の中にとどめておく。
「俺は三男坊で、上とは年が離れていたから、兄から見た俺もこんなのだったかもしれないと思うと、ちょっと感慨深いな」
「留三郎の子供時代かあ。昔から血気盛んだったんでしょう?」
「ああ。兄たちに常に勝負を挑んでいたからな」
お前はそうなるなよ~、とさくらの頭を撫でる留三郎に、ああもう猫かわいがりなんだから、と溜息をつく。さくらが血気盛んに育ったとして、それはきっと留三郎の影響だろうから、責任もって相手してもらわないと。
裏山は、桜が満開だった。桜の木は折れやすいから、登るのには適さない。花びらがはらはらと私たちの上に舞って、留三郎の鼻の頭にもくっついた。
「っくしょい!」
「ちょっと、さくら起きちゃう」
「悪い悪い」
あ、と何かを閃いたように、留三郎は私と反対側の手をごそごそやって、ふろしきを広げた。差し出された手の中には、三色団子が乗っている。
「ここに来る途中で買ってきたんだ。お前本当に町の人に気に入られてるな、安くしてもらえたぞ」
「それはあなたたちが真夜中に三人も産婆さんを連れ出したから……」
まあ、おかげで私もさくらも健康でいられているわけで、感謝しかないけれど。私はありがたく団子を受け取って、口に運んだ。やさしい甘さが広がって、胸がぽかぽかしてくる。春の味だ。
留三郎も片手でさくらを抱っこし、片手で器用に団子を食べている。文次郎と目があえば喧嘩ばかりしている彼の、こんなに穏やかな笑みは、大変貴重だ。
さくらが目を覚まし、ほあほあとぐずりだした。私は留三郎からさくらを受け取ろうとしたが、留三郎はまだ自分が抱っこしていたいようで離してくれず、いそいで団子を食べ終えて、さくらをゆらゆらと揺らした。
「ほうら、よしよし」
「……赤ちゃん好きなの?」
「そりゃ、赤ん坊っていうか、さくらだから」
少し顔を赤らめてつっけんどんに言う彼の表情がおかしくて、つい笑ってしまった。何笑ってるんだ、とふてくされてしまったけれど、私は留三郎の頭をよしよしと撫でる。
「なんだよ」
「ありがとうね」
留三郎が耳まで赤くなって面白い。さくらもきゃあきゃあと笑いだした。この子は人の笑顔に釣られやすい気がする。それもみんなが笑顔であやしてくれるおかげだろう。留三郎は片手の指をさくらに差し出した。さくらはそれを捕まえて、小さな指でぎゅっと握る。
「……命について、考えるようになった」
「命について?」
「敵なら誰でも倒していいと思っていた。だけど目の前ひとりひとりに、帰りを待つ家族がいるのだと思うと、やはり殺しは必要最低限にするべきだな、と」
「……そう、だね」
静かな、深い声。あんなに戦いが好きだった彼も、いざプロの忍者として働きだして、色々思うことがあったのかもしれない。
「あと。自分の命についても」
さくらが留三郎の指をしゃぶる。くすぐったいぞ、と留三郎は言うが、さくらはおかまいなしだ。けらけらと笑った留三郎に、桜が降り注ぐ。
「かなめと、さくらが、懸命に生きてるって思うと。生きて帰らねば、と思う」
「……そうだよ。生きて帰ってきてね」
「自分の命なんて顧みないはずだったのにな。俺も絆されちまった」
でも、それはいいことなんじゃないかしら。生きて帰るための作戦を入念に練るようになったでしょう。私はそれらの言葉を飲みこんで頷いた。言わなくても伝わることってあるから。
さくらが留三郎の指を離した。留三郎の指はびしょびしょで、広げたふろしきでそれを拭く。
「あっという間に大きくなるんだろうな」
「そう思うよ。みんなのおかげだ」
「誰に似るか、みんなで競争しているんだ。きっと俺に似るがな」
「そんなことしてたの?」
それはまた、ずいぶん阿呆な戦いを。けれどみんな、私の心を労わってそんなことを言っているので、私は笑って応える。さて、この子は誰に似るかな?
「それじゃあ、もう行くな。体調に気を付けろよ」
「ありがとう。気を付けてね」
留三郎はさくらを私に手渡すと、ひらひらと手を振って、さっと消えてしまった。後に残った桜吹雪に、彼の優しさを思い出す。
「ねえさくら、あなたは誰に似るのかな」
あきゃあ、さくらは私に笑顔を見せる。あなたが笑ってくれるのなら、なんだっていいなあ。舌に残る春の味を楽しみながら、そのまましばらく日向ぼっこをしていた。さくらはあたたかくて、私はまたかくんかくんと居眠りをしそうになるのだった。