生きてるだけで万々歳
かなめ
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最近の日中は陽射しが強い。桜が徐々に咲き始め、大きく深呼吸すると鼻腔いっぱいに春の匂いがする季節。
この山は、山菜やキノコが多い。籠にたくさん詰め込んで、麓の町まで持って行けば、それなりの日銭になる。すっかり顔なじみになった青物屋のおっちゃんと世間話をするうちに、奥さんのおさがりの着物もいただく仲になってしまった。私が一人で子育てしているのを不憫に思ったらしい。
「なんだか、町中に私の噂が広がってるらしいのよ。元くのたまとして、不甲斐ないわ」
私は夕餉の雑炊を作りながらそう言って、隣に座る彼を見た。小平太はさくらの世話を甲斐甲斐しく手伝ってくれる。
「ああ、そりゃあ私たちが真夜中に三人も産婆を起こしていたら、噂にもなるだろう」
「あなたたちのせいか!」
小平太がさくらの襁褓(むつき)を変え終わり、こちらに笑顔を見せる。彼は弟や妹が大勢いるので、世話は随分と手慣れていた。
雑炊の匂いにつられてお腹がすいたのか、さくらがふにゃふにゃと泣き出しそうになると、小平太は緩急をつけた抱っこで自在に泣き止ませてみせた。私にはできない芸当だ。
「いろいろ恵んでくれるのはありがたいんだけど、可哀そうな子って思われるのは、ちょっとね」
町ではおそらく、旦那が失踪したとか、妾の子程度に思われているのだろうけれど。本当は敵に強姦されただなんて、誰も知らないはずだ。
知られてしまったら、私は私のことを可哀そうだと思ってしまいそうで。みじめで、残酷で、不憫な、ちっぽけな女の子だと思ってしまいそうで。
強くありたい。一流のくのいちを目指していたのだ。誰よりも華麗で可憐な。――こんなところで、止まっているはずじゃなかったのに。
涙が滲みそうになった瞬間、頭がぐわんと揺れた。大きな手のひらが、私の頭をがしがし撫でる。
「かなめは強いぞ!」
朗らかな声は陽気に部屋を揺らし、さくらはさらに大きな声で笑う。私は涙が零れなかったことにびっくりして、ぽかんと口を開けてしまった。
「かなめは強い。一人であの場を切り抜けた。一人で産むことを決めて、一人で育てている。こんなにたくましい女性を、私は知らない」
「……小平太」
「だがな。私たちがいることを、忘れてもらっては困る!」
さくらのきゃきゃと笑う声の向こうで、小平太が太陽のように笑った。ああ、最近はただでさえ陽射しが強いというのに、あなたまで眩しかったら、私はつい目を細めてしまうではないか。
「私たちはみんな、かなめの味方だ。父親になれるものなら、みんなでなっている」
「……それ、文次郎にも言われたな」
「だろう!」
さくらに空を舞わせながら、小平太は楽しそうに言った。細かいことは気にするな。彼のお決まりの文句。いつもは何て楽観的なのだろうと思っていたけれど、今だけはこんなにも心強い。
「さくらは美人だな。かなめに似たんだ」
「……まだ、お猿みたいな顔だけど」
「笑顔とか、かなめそっくりでかわいいぞ!」
なんてサラリと言うのだろう。喜車の術かしら。私相手に使ってどうする。まあいいか。細かいことは気にしない。
雑炊を小平太の分までよそいながら、確かに、と思った。確かに、私にはみんながいる。みんな忙しいはずなのに、命のやり取りをして疲弊しているはずなのに、忍務と忍務の合間を縫って、様子を見に来てくれて。感謝してもしきれない。
私は一人だけれど、一人ではないのだ。
「……夜ね。恐ろしくなって、たまに眠れないことがあるのだけど」
箸を持つ指先を見る。私はこの手で人を殺したことがあるのだ。あの時の生臭い、どす黒い雨。あの日の光景は、瞼の裏に焼き付いて離れない。
消せない過去。私に刻まれてしまった憎しみ。あんな思い、もうしたくない。けれど小平太たちは、毎日その身を危険に晒している。矢や、火や、刀をかいくぐって、生きている。
「みんながいるから、生きていけるんだ、って思うと。心強いよ」
小平太はいただきますを言うと、さくらを抱えたまま器用に雑炊を食べだした。咀嚼しながら、うんうんと頷いている。
彼は、食事を大切にする男であった。まずはきちんと食べること。悩むならその後にしろと何度も言われた。そうだそうだ、細かいことを気にしていたら子育てなんて出来ないのだ。
「この雑炊、うまいなあ!」
「……でしょう? まだまだあるから、食べてね」
彼の食べっぷりを見ていると、私まで食欲がそそられる。さくらがごきげんなうちに食べ終えてしまおうと箸を進めた。
この食事ひとつひとつが、私の血肉になる。お乳になって、さくらにもつながっていく。食べねば。食べて、生き延びねば、私を救ってくれた彼らに失礼だ。
桜が満開になったら、きっと小平太は「いけいけどんどん」と言いながら、さくらを山中で遊ばせてくれるのだろう。はなびらをその豊かな髪の毛にたくさんつけて、太陽のように笑うのだろう。
うふふ、と笑うと、小平太は不思議そうな顔をした。なんでもない、と目で答えて、私たちは雑炊を食べ尽くす。
この山は、山菜やキノコが多い。籠にたくさん詰め込んで、麓の町まで持って行けば、それなりの日銭になる。すっかり顔なじみになった青物屋のおっちゃんと世間話をするうちに、奥さんのおさがりの着物もいただく仲になってしまった。私が一人で子育てしているのを不憫に思ったらしい。
「なんだか、町中に私の噂が広がってるらしいのよ。元くのたまとして、不甲斐ないわ」
私は夕餉の雑炊を作りながらそう言って、隣に座る彼を見た。小平太はさくらの世話を甲斐甲斐しく手伝ってくれる。
「ああ、そりゃあ私たちが真夜中に三人も産婆を起こしていたら、噂にもなるだろう」
「あなたたちのせいか!」
小平太がさくらの襁褓(むつき)を変え終わり、こちらに笑顔を見せる。彼は弟や妹が大勢いるので、世話は随分と手慣れていた。
雑炊の匂いにつられてお腹がすいたのか、さくらがふにゃふにゃと泣き出しそうになると、小平太は緩急をつけた抱っこで自在に泣き止ませてみせた。私にはできない芸当だ。
「いろいろ恵んでくれるのはありがたいんだけど、可哀そうな子って思われるのは、ちょっとね」
町ではおそらく、旦那が失踪したとか、妾の子程度に思われているのだろうけれど。本当は敵に強姦されただなんて、誰も知らないはずだ。
知られてしまったら、私は私のことを可哀そうだと思ってしまいそうで。みじめで、残酷で、不憫な、ちっぽけな女の子だと思ってしまいそうで。
強くありたい。一流のくのいちを目指していたのだ。誰よりも華麗で可憐な。――こんなところで、止まっているはずじゃなかったのに。
涙が滲みそうになった瞬間、頭がぐわんと揺れた。大きな手のひらが、私の頭をがしがし撫でる。
「かなめは強いぞ!」
朗らかな声は陽気に部屋を揺らし、さくらはさらに大きな声で笑う。私は涙が零れなかったことにびっくりして、ぽかんと口を開けてしまった。
「かなめは強い。一人であの場を切り抜けた。一人で産むことを決めて、一人で育てている。こんなにたくましい女性を、私は知らない」
「……小平太」
「だがな。私たちがいることを、忘れてもらっては困る!」
さくらのきゃきゃと笑う声の向こうで、小平太が太陽のように笑った。ああ、最近はただでさえ陽射しが強いというのに、あなたまで眩しかったら、私はつい目を細めてしまうではないか。
「私たちはみんな、かなめの味方だ。父親になれるものなら、みんなでなっている」
「……それ、文次郎にも言われたな」
「だろう!」
さくらに空を舞わせながら、小平太は楽しそうに言った。細かいことは気にするな。彼のお決まりの文句。いつもは何て楽観的なのだろうと思っていたけれど、今だけはこんなにも心強い。
「さくらは美人だな。かなめに似たんだ」
「……まだ、お猿みたいな顔だけど」
「笑顔とか、かなめそっくりでかわいいぞ!」
なんてサラリと言うのだろう。喜車の術かしら。私相手に使ってどうする。まあいいか。細かいことは気にしない。
雑炊を小平太の分までよそいながら、確かに、と思った。確かに、私にはみんながいる。みんな忙しいはずなのに、命のやり取りをして疲弊しているはずなのに、忍務と忍務の合間を縫って、様子を見に来てくれて。感謝してもしきれない。
私は一人だけれど、一人ではないのだ。
「……夜ね。恐ろしくなって、たまに眠れないことがあるのだけど」
箸を持つ指先を見る。私はこの手で人を殺したことがあるのだ。あの時の生臭い、どす黒い雨。あの日の光景は、瞼の裏に焼き付いて離れない。
消せない過去。私に刻まれてしまった憎しみ。あんな思い、もうしたくない。けれど小平太たちは、毎日その身を危険に晒している。矢や、火や、刀をかいくぐって、生きている。
「みんながいるから、生きていけるんだ、って思うと。心強いよ」
小平太はいただきますを言うと、さくらを抱えたまま器用に雑炊を食べだした。咀嚼しながら、うんうんと頷いている。
彼は、食事を大切にする男であった。まずはきちんと食べること。悩むならその後にしろと何度も言われた。そうだそうだ、細かいことを気にしていたら子育てなんて出来ないのだ。
「この雑炊、うまいなあ!」
「……でしょう? まだまだあるから、食べてね」
彼の食べっぷりを見ていると、私まで食欲がそそられる。さくらがごきげんなうちに食べ終えてしまおうと箸を進めた。
この食事ひとつひとつが、私の血肉になる。お乳になって、さくらにもつながっていく。食べねば。食べて、生き延びねば、私を救ってくれた彼らに失礼だ。
桜が満開になったら、きっと小平太は「いけいけどんどん」と言いながら、さくらを山中で遊ばせてくれるのだろう。はなびらをその豊かな髪の毛にたくさんつけて、太陽のように笑うのだろう。
うふふ、と笑うと、小平太は不思議そうな顔をした。なんでもない、と目で答えて、私たちは雑炊を食べ尽くす。