生きてるだけで万々歳
かなめ
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「ほああ、ほああ」
夜通しお乳をやっていると、乳首がひりひりして痛くなってくる。けれど乳房が張って仕方がない。なんとか飲んでもらわないと、服を濡らすばかりだ。さくらと一緒に私も泣きそうだった。
「うう、ちゃんと飲んでよお……眠いでしょう?」
さくらをゆらゆらと揺らしていると、灯していた火も一緒に揺らめいた。私の大きな影だけが部屋に踊る。
私がさくらを抱っこし慣れてきたあたりで、つきっきりだった伊作もさすがに仕事へと戻った。彼は大勢の人を助ける運命にある。私が独り占めしていてはいけない。……少しさみしいけれど。
忍術学園のツテで乳母を紹介してもらえたけれど、こんな山奥に毎日通ってもらうわけにはいかなかった。だから、真夜中は孤独だ。特に、こんなに音のない夜は。虫の鳴く声も、木々の騒めきも、なにもない夜だった。さくらの泣き声だけが響く。
「もうごちそうさま?」
私はさくらを抱きかかえなおし、背中をとんとんと叩いた。腹の中にたまった空気を出してやらないと、赤子は吐いてしまうのだ。眠気に必死で耐えながら、ゆらゆら、ゆらゆらと身を揺らしていると、いつのまにか部屋の中の影が、私の他にもう一人分あった。
「かなめ」
「わ……いたの」
「こんばんは」
声の主は仙蔵だった。どうやら眠気で彼の気配に気付けなかったらしい。私はカクンと落ちる頭を必死にもちあげて、「来てくれたんだね」と言った。
「寝ていたら顔だけ見て帰るつもりだったのだが。この様子じゃあ、寝られていないだろう」
「うん……今日はからっきし」
「どれ」
仙蔵は私からさくらを受け取り、そっと抱きかかえた。とても優しい笑みを浮かべている。彼はなんだかんだ面倒見がいい。後輩にも慕われていたようだし。
「よしよし。やっぱり、かなめに似ているよ。目元が」
「そうかな? 自分じゃわからないや」
仙蔵は私の顔を見て、またにこりと笑った。彼の微笑みはいつも涼やかで、心が洗われる。仙蔵の綺麗な横顔にちらちらと火の揺らぎが落ちて、思わず見惚れてしまった。
「……私の顔になにか?」
「あ、ごめんなさい。綺麗だと思って」
「ふふ、こんな腑抜けた顔は、普段なら見せないからな」
さくらの背をとんとんと優しく叩きながら、仙蔵は私に微笑んだ。彼だって仕事をこなした後のはずで、だからこんなに遅い時間になっただろうに、疲れを見せずに私たちを安心させようとしてくれる。申し訳ないけれど、音のない夜に彼の声は随分心地よかった。
なんでもスマートにこなす彼らしく、さくらは無事に空気を吐けたようだ。なにかコツでもあるのかと聞くと、特にないと言われてしまった。そりゃそうだ、彼は乳母ではない。
「小平太に聞くといいかもしれない。彼は弟や妹がたくさんいる」
「そうだね、聞いてみる」
さくらがうつらうつらしてきたところで、私の眠気も限界になった。仙蔵はさくらをそっと寝床に寝ころばせると、同じように私のことも寝ころばせようとしてくる。ちょっと、私、子供じゃないんですけれど。
「かなめももう寝なさい。ここで見張っているから」
「え、でも、仙蔵も寝なきゃ……」
「私も仮眠をとらせてもらうけれど、なにかあったらすぐ起きるよ。安心して寝なさい」
「……ありがとう」
お言葉に甘えて、私は布団に潜った。すぐに眠気は私のことを包んで、一気に泥の中へ沈めていく。額に、あたたかい手のひらの感触が乗った気がした。
「やっぱり、よく似ているよ」
優しい声、あたたかい手。そうか、さくらもきっと、これに安心して身を委ねたのだ。見習わなくちゃ……そこまで考えたところで、私は意識を手放す。
次に目を覚ませば、あっという間に朝だった。仙蔵はさくらの横であぐらをかいたまま寝ていて、私が起き上がるとぱっちりと目を覚ました。そんな調子じゃ、ゆっくり寝られなかったんじゃないかしら。
「おはよう、かなめ。さくらもよく寝ていたよ」
「おはよう……仙蔵、交代。私の布団使っていいよ」
「いや、慣れているから大丈夫だ」
「そんな文次郎みたいなこと言わないで」
そう言われると何も言い返せないらしく、仙蔵はぐぬぬと悩んでしまった。だって、私の身体を思いやるあなたが身体を壊してしまったら、意味ないもの。私の強情さは知っているはずだ。
「……帰ったらちゃんと寝る。それで勘弁してくれ」
「ここじゃ寝たくないの?」
「なんとなく、さくらの前で腑抜けたくなくて」
なにそれ、と笑うと、仙蔵も恥ずかしそうに笑った。だって、そんなの、まるでお父さんみたいじゃない。お父さんだって娘の前では寝るわよ。
「また来るよ。かなめは食事と睡眠をきちんと摂れ」
「仙蔵もね」
仙蔵はさくらの顔を覗き込んで、また眉尻を下げた笑顔を見せたあと、するりと駆けて行ってしまった。今朝は鳥の鳴き声が賑やかだ。音のなかった夜とは大違い。
さて、と大きな伸びをする。今日は着物を洗わなければ。襁褓(むつき)も綺麗にしないと。洗濯物をまとめていると、さくらが目を覚ましてほあほあと鳴く。
よく寝たからか、身体がすっきりと軽い。仙蔵に心の中で感謝をしながら、私はさくらを背負った。私とよく似ているらしい目元。愛しの子。あたたかな体温を背中に感じながら、私は近くの小川へ向かった。
夜通しお乳をやっていると、乳首がひりひりして痛くなってくる。けれど乳房が張って仕方がない。なんとか飲んでもらわないと、服を濡らすばかりだ。さくらと一緒に私も泣きそうだった。
「うう、ちゃんと飲んでよお……眠いでしょう?」
さくらをゆらゆらと揺らしていると、灯していた火も一緒に揺らめいた。私の大きな影だけが部屋に踊る。
私がさくらを抱っこし慣れてきたあたりで、つきっきりだった伊作もさすがに仕事へと戻った。彼は大勢の人を助ける運命にある。私が独り占めしていてはいけない。……少しさみしいけれど。
忍術学園のツテで乳母を紹介してもらえたけれど、こんな山奥に毎日通ってもらうわけにはいかなかった。だから、真夜中は孤独だ。特に、こんなに音のない夜は。虫の鳴く声も、木々の騒めきも、なにもない夜だった。さくらの泣き声だけが響く。
「もうごちそうさま?」
私はさくらを抱きかかえなおし、背中をとんとんと叩いた。腹の中にたまった空気を出してやらないと、赤子は吐いてしまうのだ。眠気に必死で耐えながら、ゆらゆら、ゆらゆらと身を揺らしていると、いつのまにか部屋の中の影が、私の他にもう一人分あった。
「かなめ」
「わ……いたの」
「こんばんは」
声の主は仙蔵だった。どうやら眠気で彼の気配に気付けなかったらしい。私はカクンと落ちる頭を必死にもちあげて、「来てくれたんだね」と言った。
「寝ていたら顔だけ見て帰るつもりだったのだが。この様子じゃあ、寝られていないだろう」
「うん……今日はからっきし」
「どれ」
仙蔵は私からさくらを受け取り、そっと抱きかかえた。とても優しい笑みを浮かべている。彼はなんだかんだ面倒見がいい。後輩にも慕われていたようだし。
「よしよし。やっぱり、かなめに似ているよ。目元が」
「そうかな? 自分じゃわからないや」
仙蔵は私の顔を見て、またにこりと笑った。彼の微笑みはいつも涼やかで、心が洗われる。仙蔵の綺麗な横顔にちらちらと火の揺らぎが落ちて、思わず見惚れてしまった。
「……私の顔になにか?」
「あ、ごめんなさい。綺麗だと思って」
「ふふ、こんな腑抜けた顔は、普段なら見せないからな」
さくらの背をとんとんと優しく叩きながら、仙蔵は私に微笑んだ。彼だって仕事をこなした後のはずで、だからこんなに遅い時間になっただろうに、疲れを見せずに私たちを安心させようとしてくれる。申し訳ないけれど、音のない夜に彼の声は随分心地よかった。
なんでもスマートにこなす彼らしく、さくらは無事に空気を吐けたようだ。なにかコツでもあるのかと聞くと、特にないと言われてしまった。そりゃそうだ、彼は乳母ではない。
「小平太に聞くといいかもしれない。彼は弟や妹がたくさんいる」
「そうだね、聞いてみる」
さくらがうつらうつらしてきたところで、私の眠気も限界になった。仙蔵はさくらをそっと寝床に寝ころばせると、同じように私のことも寝ころばせようとしてくる。ちょっと、私、子供じゃないんですけれど。
「かなめももう寝なさい。ここで見張っているから」
「え、でも、仙蔵も寝なきゃ……」
「私も仮眠をとらせてもらうけれど、なにかあったらすぐ起きるよ。安心して寝なさい」
「……ありがとう」
お言葉に甘えて、私は布団に潜った。すぐに眠気は私のことを包んで、一気に泥の中へ沈めていく。額に、あたたかい手のひらの感触が乗った気がした。
「やっぱり、よく似ているよ」
優しい声、あたたかい手。そうか、さくらもきっと、これに安心して身を委ねたのだ。見習わなくちゃ……そこまで考えたところで、私は意識を手放す。
次に目を覚ませば、あっという間に朝だった。仙蔵はさくらの横であぐらをかいたまま寝ていて、私が起き上がるとぱっちりと目を覚ました。そんな調子じゃ、ゆっくり寝られなかったんじゃないかしら。
「おはよう、かなめ。さくらもよく寝ていたよ」
「おはよう……仙蔵、交代。私の布団使っていいよ」
「いや、慣れているから大丈夫だ」
「そんな文次郎みたいなこと言わないで」
そう言われると何も言い返せないらしく、仙蔵はぐぬぬと悩んでしまった。だって、私の身体を思いやるあなたが身体を壊してしまったら、意味ないもの。私の強情さは知っているはずだ。
「……帰ったらちゃんと寝る。それで勘弁してくれ」
「ここじゃ寝たくないの?」
「なんとなく、さくらの前で腑抜けたくなくて」
なにそれ、と笑うと、仙蔵も恥ずかしそうに笑った。だって、そんなの、まるでお父さんみたいじゃない。お父さんだって娘の前では寝るわよ。
「また来るよ。かなめは食事と睡眠をきちんと摂れ」
「仙蔵もね」
仙蔵はさくらの顔を覗き込んで、また眉尻を下げた笑顔を見せたあと、するりと駆けて行ってしまった。今朝は鳥の鳴き声が賑やかだ。音のなかった夜とは大違い。
さて、と大きな伸びをする。今日は着物を洗わなければ。襁褓(むつき)も綺麗にしないと。洗濯物をまとめていると、さくらが目を覚ましてほあほあと鳴く。
よく寝たからか、身体がすっきりと軽い。仙蔵に心の中で感謝をしながら、私はさくらを背負った。私とよく似ているらしい目元。愛しの子。あたたかな体温を背中に感じながら、私は近くの小川へ向かった。