生きてるだけで万々歳
かなめ
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吐き気が止まらなくなった辺りで、私は忍術学園を去った。
去ったと言っても、忍術学園の裏々々山にあるほったて小屋を、私の物にしてもらっただけにすぎず、日々顔は出している。ただ、このまま、くのたまの同期たちに絶望を、後輩たちに恐怖を植え付けたくなかった。
自分が殺した敵の子供を、孕むだなんてことが、当たり前の世界であることを。
「体調は?」
今朝も、優しい声に戸が開く。
「伊作。もう、毎日のようにこなくていいのに」
「今は戦はどこも落ち着いてるからね。薬学の勉強にもってこい」
ひとりで産むことを決めた時、誰よりも反対したのは伊作だった。何かあった時にどうするのだと、支えてくれる人々のそばで守られているべきだと。
でも、それでは、私の後悔が止まないのだ。私の力不足が招いたことだ。そして、生まれてくる子供に罪はない。一人で抱え込むしかないじゃないか。私の強情っぷりに根負けした伊作は、それからこうして、この家にやって来てくれる。
ほったて小屋で、組紐作りをして過ごしていると、六年だった彼ら――卒業して、今は六年生ではないけれど――が、時折顔を覗かせに来てくれる。言ってしまえば、過保護。目の前で女性が強姦されるだなんて、それこそ戦では目にしていくことだろうに。彼らにとってもショッキングなことだったのだろう。何故だか全員が自分に責任を感じているらしい。
伊作がこの小屋に来る頻度は高い。正直言って、非常に安心する。つわりが少しでも楽になるように薬を煎じて貰ったことが多々あった。嘔吐している背中をさすってもらうことが多々あった。
次に顔を覗かせるのは仙蔵、長次だ。彼らは首尾よく仕事をこなすから、定期的に仕事に行っては、定期的に帰ってくる、そんな周期でやってくる。道中であった面白い土産話を聞いているうちに、私の心はほぐれていく。
私はあの時、仙蔵の服を汚してしまったことを大変申し訳なく思っていたので、仙蔵が笑ってくれると安心する。
小平太は忍務だけでなく家の仕事もあるとかで、大忙しのようだった。たまに顔を覗かせては、お前が元気でいてくれるならそれでいい、と私の頭をわしわしと撫でる。その無骨な手のひらから、ああ私は生きていていいのだ、と肯定された気持ちになる。小平太はよく「ここに來るまでの間にぶつかった」イノシシを担いで持ってくるので、その場にいる皆でさばいて、牡丹鍋にする。春先なのに鍋? と言うと、彼らは口をそろえて「身体を温めなければ」と言う。冬を超えたのだから、大丈夫なのに。
文次郎と留三郎は遠くの城に就職したから、顔を出すのは滅多になかった。滅多になかった割に、いや、そのせいというべきか、二人の心配っぷりはすごかった。大量の服――それも赤子用の! を抱えて走って来たり、大量の食糧を貰って来たり。二人が来ると、小屋の中が賑やかだ。牡丹鍋でもてなした。
「それにしても、ずいぶん腹が大きくなったな」
囲炉裏を囲んで、みんなで頬を赤らめていた。六人全員が集合するだなんて、この十か月、滅多にない。
「お医者様の診断では、そろそろだって」
「だから、それでみんな、顔を見に来たわけだろう?」
「そろそろだと思ってな」
私はすっかり重くなった腹部を撫でながら、お椀の底の汁を啜った。あと何回、こうやってみんなで会えるのかしら。遠い合戦場で、知らぬ間に命を落とすことだってありえるわけで……。
「どうした、かなめ」
「――やばい、かも」
「え?」
又坐に違和感が走った。破水だ。水が足を濡らしていく。――生まれる。
「い、いた……」
私の手から箸がこぼれた。咄嗟に伊作が駆け寄り、私の背中をさする。仙蔵が立ち上がって全体に叫んだ。
「お前たち! 産婆を!」
文次郎、小平太、留三郎はどんな忍務に向かうんだというくらい素早く小屋を出て行った。残った長次と仙蔵に、伊作は
「湯の用意を! あと、たくさんの布!」
と指示を出す。
またたくまに床の用意が整う。大量の布が敷かれ、私の手の握りやすい位置に布を吊り下げ、口にも咥えさせてもらった。これで醜い声をあげなくて済む。三人はかわるがわる私の汗を拭いたり水を飲ませたりして、なんとか痛みに意識をもっていかれないよう励まし続けてくれた。
あの時の痛み。敵陣での強姦は、心まで抉り取るような痛さだった。そのトラウマで、うまく寝られない日もあったし、泣いてしまうこともあった。そんなときいつでもこのみんなが、優しい言葉をかけてくれた。
――なんの、これしき。
死んでたまるか、という強い思いで歯を食いしばり、襲い来る痛みに耐えていた。囲炉裏で湯を沸かす音がするのが、どこか遠くでの出来事のような気がした。
痛みが頂点に達し、爆発しそうな頃、三人は産婆を連れて帰ってきた。三人それぞれが産婆を連れてきてしまったとのことで、産婆も三人いた。あわや大混乱となりそうなところ、さすが歴戦の産婆たちは見事な連係プレイで準備をすすめ、男子全員を外に追い出し、あとはもうお任せで、私は必死に痛みと戦い、気絶し、起きては耐え、気絶するのを繰り返していた。
「いきんで! おしだすわよ!」
腹の上からぐいぐいと押されるタイミングで、いちばん、いちばん力んだ。目はとじちゃだめって教わったから、必死に見開いておへそを見た。雷に打たれたような痛みが爆発したかと思うと――
「ほああ、ほああ」
「おめでとうございます、女の子ですよ」
その言葉に、どっと涙が溢れてきた。紐を握りすぎてフラフラになった手で、渡された赤ちゃんを抱く。ああ、よかった、あの男の顔かだなんて覚えていない。自分の腹から出てきた生命を抱っこしていることの不思議さと、痛みからの解放で、感無量になってしまった。私は愛しの子に頬ずりをする。
「かなめ! 産まれたか!」
男子たちが、産婆の「まだ安静に……」という言葉を無視してなだれ込んでくる。
かわるがわる私の胸の中の赤ん坊を覗き込む男たち。ひとつの命の誕生に感動しているようで、文次郎と長次はなんだか涙目だった。
「かわいいな。かなめにそっくりだ」
小平太はそう言って、ほら、口元とか、と指をさす。それを受けて仙蔵が
「私は目が似ていると思うぞ」
と言って私の目尻を拭ってくれた。産婆に赤ちゃんを渡し、へその緒の処理をしている間、私の胎盤が全て排出されるのを、伊作は背中をさすりながら一緒に待っていてくれた。
「かなめが無事でよかった」
そう微笑んでくれたのに、それになんて返そうか悩んだ一瞬のうち、私は襲い来る眠気に包まれて眠ってしまった。
「そりゃそうだ、つかれたろう」
「おやすみ」
みんなの声が微睡の中に消えていく。ああ、身体が軽い、疲労でどこかに飛んで行ってしまいそう。けれど私は六人に監視されたままどこにも飛んで行かずに済んで、大変よく眠れた。朝起きたらそれはもう晴れ晴れとした空で、ぺたんこになった腹をさすりながら、私はみんなにお礼を言った。
「ありがとう。みんなは私の命の恩人よ」
「これで、やっと借りが返せたな」
「え?」
「俺たちの命を救ってくれたこと」
みんな、忘れてない。留三郎はそう言って快活に笑った。そうか、今まで彼らが私を見ていてくれていたのって、感謝のしるしだったのか。今更ながらやっと理解した。
「なあ、かなめ。名前はどうするんだ」
「うーん、そうだなあ……」
仙蔵の問いに、顔を上げる。木々に蕾がついていた。いずれ見事に咲くことになるだろう。春を喜ぶ花々が舞うあの瞬間は、何物にも代え難い、楽園のような幸福がある。
「――さくら」
「え?」
「さくらの季節に生まれたから、さくら」
「……いい名だ」
長次がそう言うなら、間違いないでしょう。夜通し赤ん坊の世話をしてくれた産婆さんにお礼を伝え、赤ん坊を受け取る。くれぐれも安静にね、という言葉に、何故だか伊作が頷いていた。
「さくら」
腕の中で名前を呼んでみれば、さくらはきゅっと顔をしわくちゃにした。文次郎はそれが愛しくて仕方なかったらしく、「くぅ~~~!」と小さく叫んでその場で地団駄を踏んでいた。
「俺たち、またちょくちょく顔だすからさ」
「私たちにも、世話をさせてくれよ」
「うん、ありがとう、みんな」
私と赤ちゃんの無事を確認した皆は、またバラバラに仕事に戻っていった。残ったのは伊作と、文次郎だけ。
「文次郎、どうしたの?」
「…… かなめ」
文次郎は深刻そうな顔をして、私の正面に座った。なにか言われるのかと身構えていると、とても言いづらそうにもごもごと喋る。
「……父親がいたほうがよければ、その……俺、なら、なってやれる、から」
「……それって」
「必要になったらでいい。というか、俺たち全員、そのつもりだろう。…… かなめが決めてくれ」
「……そっか、みんな優しいね。ありがとう」
「……その。……まあ、気が向いたら。連絡しろ」
文次郎は真っ赤にした顔をふるふると振って、腕の中の赤ちゃんを見た。とたんにデレデレの顔になり、しまりがなくなる。
「……文次郎って、そんな顔するんだね」
「ハッ!! いかん!! ギンギーン!」
ぱっと荷物をまとめて家を飛び出してしまった文次郎だったけれど、誓ってもいい。あの人たちは、きっと一週間経たずにまたここへやってくる。さくらにメロメロなのはお見通しだ。
「かなめ。おしめ、たくさん用意したからね」
伊作は献身的に面倒を見てくれているけれど、彼こそ戦場で活躍する戦場医なのだから、本来の仕事を思い出してもらわないと。
「伊作。ありがとう。あとは大丈夫」
「そう? でも僕はここにいるよ。命を生んだ後って、ものすごく体力消耗してるんだから。お世話させて」
そこまで言われてしまったら、甘えるしかない。私は大きな欠伸をひとつして、伊作に赤ん坊を預け、ひとねむりすることにした。
泣き声に起きたらすっかり夜になっていて、またびっくりするのだが、これからの波乱万丈の子育て、最初からこんなんで大丈夫かしら。
去ったと言っても、忍術学園の裏々々山にあるほったて小屋を、私の物にしてもらっただけにすぎず、日々顔は出している。ただ、このまま、くのたまの同期たちに絶望を、後輩たちに恐怖を植え付けたくなかった。
自分が殺した敵の子供を、孕むだなんてことが、当たり前の世界であることを。
「体調は?」
今朝も、優しい声に戸が開く。
「伊作。もう、毎日のようにこなくていいのに」
「今は戦はどこも落ち着いてるからね。薬学の勉強にもってこい」
ひとりで産むことを決めた時、誰よりも反対したのは伊作だった。何かあった時にどうするのだと、支えてくれる人々のそばで守られているべきだと。
でも、それでは、私の後悔が止まないのだ。私の力不足が招いたことだ。そして、生まれてくる子供に罪はない。一人で抱え込むしかないじゃないか。私の強情っぷりに根負けした伊作は、それからこうして、この家にやって来てくれる。
ほったて小屋で、組紐作りをして過ごしていると、六年だった彼ら――卒業して、今は六年生ではないけれど――が、時折顔を覗かせに来てくれる。言ってしまえば、過保護。目の前で女性が強姦されるだなんて、それこそ戦では目にしていくことだろうに。彼らにとってもショッキングなことだったのだろう。何故だか全員が自分に責任を感じているらしい。
伊作がこの小屋に来る頻度は高い。正直言って、非常に安心する。つわりが少しでも楽になるように薬を煎じて貰ったことが多々あった。嘔吐している背中をさすってもらうことが多々あった。
次に顔を覗かせるのは仙蔵、長次だ。彼らは首尾よく仕事をこなすから、定期的に仕事に行っては、定期的に帰ってくる、そんな周期でやってくる。道中であった面白い土産話を聞いているうちに、私の心はほぐれていく。
私はあの時、仙蔵の服を汚してしまったことを大変申し訳なく思っていたので、仙蔵が笑ってくれると安心する。
小平太は忍務だけでなく家の仕事もあるとかで、大忙しのようだった。たまに顔を覗かせては、お前が元気でいてくれるならそれでいい、と私の頭をわしわしと撫でる。その無骨な手のひらから、ああ私は生きていていいのだ、と肯定された気持ちになる。小平太はよく「ここに來るまでの間にぶつかった」イノシシを担いで持ってくるので、その場にいる皆でさばいて、牡丹鍋にする。春先なのに鍋? と言うと、彼らは口をそろえて「身体を温めなければ」と言う。冬を超えたのだから、大丈夫なのに。
文次郎と留三郎は遠くの城に就職したから、顔を出すのは滅多になかった。滅多になかった割に、いや、そのせいというべきか、二人の心配っぷりはすごかった。大量の服――それも赤子用の! を抱えて走って来たり、大量の食糧を貰って来たり。二人が来ると、小屋の中が賑やかだ。牡丹鍋でもてなした。
「それにしても、ずいぶん腹が大きくなったな」
囲炉裏を囲んで、みんなで頬を赤らめていた。六人全員が集合するだなんて、この十か月、滅多にない。
「お医者様の診断では、そろそろだって」
「だから、それでみんな、顔を見に来たわけだろう?」
「そろそろだと思ってな」
私はすっかり重くなった腹部を撫でながら、お椀の底の汁を啜った。あと何回、こうやってみんなで会えるのかしら。遠い合戦場で、知らぬ間に命を落とすことだってありえるわけで……。
「どうした、かなめ」
「――やばい、かも」
「え?」
又坐に違和感が走った。破水だ。水が足を濡らしていく。――生まれる。
「い、いた……」
私の手から箸がこぼれた。咄嗟に伊作が駆け寄り、私の背中をさする。仙蔵が立ち上がって全体に叫んだ。
「お前たち! 産婆を!」
文次郎、小平太、留三郎はどんな忍務に向かうんだというくらい素早く小屋を出て行った。残った長次と仙蔵に、伊作は
「湯の用意を! あと、たくさんの布!」
と指示を出す。
またたくまに床の用意が整う。大量の布が敷かれ、私の手の握りやすい位置に布を吊り下げ、口にも咥えさせてもらった。これで醜い声をあげなくて済む。三人はかわるがわる私の汗を拭いたり水を飲ませたりして、なんとか痛みに意識をもっていかれないよう励まし続けてくれた。
あの時の痛み。敵陣での強姦は、心まで抉り取るような痛さだった。そのトラウマで、うまく寝られない日もあったし、泣いてしまうこともあった。そんなときいつでもこのみんなが、優しい言葉をかけてくれた。
――なんの、これしき。
死んでたまるか、という強い思いで歯を食いしばり、襲い来る痛みに耐えていた。囲炉裏で湯を沸かす音がするのが、どこか遠くでの出来事のような気がした。
痛みが頂点に達し、爆発しそうな頃、三人は産婆を連れて帰ってきた。三人それぞれが産婆を連れてきてしまったとのことで、産婆も三人いた。あわや大混乱となりそうなところ、さすが歴戦の産婆たちは見事な連係プレイで準備をすすめ、男子全員を外に追い出し、あとはもうお任せで、私は必死に痛みと戦い、気絶し、起きては耐え、気絶するのを繰り返していた。
「いきんで! おしだすわよ!」
腹の上からぐいぐいと押されるタイミングで、いちばん、いちばん力んだ。目はとじちゃだめって教わったから、必死に見開いておへそを見た。雷に打たれたような痛みが爆発したかと思うと――
「ほああ、ほああ」
「おめでとうございます、女の子ですよ」
その言葉に、どっと涙が溢れてきた。紐を握りすぎてフラフラになった手で、渡された赤ちゃんを抱く。ああ、よかった、あの男の顔かだなんて覚えていない。自分の腹から出てきた生命を抱っこしていることの不思議さと、痛みからの解放で、感無量になってしまった。私は愛しの子に頬ずりをする。
「かなめ! 産まれたか!」
男子たちが、産婆の「まだ安静に……」という言葉を無視してなだれ込んでくる。
かわるがわる私の胸の中の赤ん坊を覗き込む男たち。ひとつの命の誕生に感動しているようで、文次郎と長次はなんだか涙目だった。
「かわいいな。かなめにそっくりだ」
小平太はそう言って、ほら、口元とか、と指をさす。それを受けて仙蔵が
「私は目が似ていると思うぞ」
と言って私の目尻を拭ってくれた。産婆に赤ちゃんを渡し、へその緒の処理をしている間、私の胎盤が全て排出されるのを、伊作は背中をさすりながら一緒に待っていてくれた。
「かなめが無事でよかった」
そう微笑んでくれたのに、それになんて返そうか悩んだ一瞬のうち、私は襲い来る眠気に包まれて眠ってしまった。
「そりゃそうだ、つかれたろう」
「おやすみ」
みんなの声が微睡の中に消えていく。ああ、身体が軽い、疲労でどこかに飛んで行ってしまいそう。けれど私は六人に監視されたままどこにも飛んで行かずに済んで、大変よく眠れた。朝起きたらそれはもう晴れ晴れとした空で、ぺたんこになった腹をさすりながら、私はみんなにお礼を言った。
「ありがとう。みんなは私の命の恩人よ」
「これで、やっと借りが返せたな」
「え?」
「俺たちの命を救ってくれたこと」
みんな、忘れてない。留三郎はそう言って快活に笑った。そうか、今まで彼らが私を見ていてくれていたのって、感謝のしるしだったのか。今更ながらやっと理解した。
「なあ、かなめ。名前はどうするんだ」
「うーん、そうだなあ……」
仙蔵の問いに、顔を上げる。木々に蕾がついていた。いずれ見事に咲くことになるだろう。春を喜ぶ花々が舞うあの瞬間は、何物にも代え難い、楽園のような幸福がある。
「――さくら」
「え?」
「さくらの季節に生まれたから、さくら」
「……いい名だ」
長次がそう言うなら、間違いないでしょう。夜通し赤ん坊の世話をしてくれた産婆さんにお礼を伝え、赤ん坊を受け取る。くれぐれも安静にね、という言葉に、何故だか伊作が頷いていた。
「さくら」
腕の中で名前を呼んでみれば、さくらはきゅっと顔をしわくちゃにした。文次郎はそれが愛しくて仕方なかったらしく、「くぅ~~~!」と小さく叫んでその場で地団駄を踏んでいた。
「俺たち、またちょくちょく顔だすからさ」
「私たちにも、世話をさせてくれよ」
「うん、ありがとう、みんな」
私と赤ちゃんの無事を確認した皆は、またバラバラに仕事に戻っていった。残ったのは伊作と、文次郎だけ。
「文次郎、どうしたの?」
「…… かなめ」
文次郎は深刻そうな顔をして、私の正面に座った。なにか言われるのかと身構えていると、とても言いづらそうにもごもごと喋る。
「……父親がいたほうがよければ、その……俺、なら、なってやれる、から」
「……それって」
「必要になったらでいい。というか、俺たち全員、そのつもりだろう。…… かなめが決めてくれ」
「……そっか、みんな優しいね。ありがとう」
「……その。……まあ、気が向いたら。連絡しろ」
文次郎は真っ赤にした顔をふるふると振って、腕の中の赤ちゃんを見た。とたんにデレデレの顔になり、しまりがなくなる。
「……文次郎って、そんな顔するんだね」
「ハッ!! いかん!! ギンギーン!」
ぱっと荷物をまとめて家を飛び出してしまった文次郎だったけれど、誓ってもいい。あの人たちは、きっと一週間経たずにまたここへやってくる。さくらにメロメロなのはお見通しだ。
「かなめ。おしめ、たくさん用意したからね」
伊作は献身的に面倒を見てくれているけれど、彼こそ戦場で活躍する戦場医なのだから、本来の仕事を思い出してもらわないと。
「伊作。ありがとう。あとは大丈夫」
「そう? でも僕はここにいるよ。命を生んだ後って、ものすごく体力消耗してるんだから。お世話させて」
そこまで言われてしまったら、甘えるしかない。私は大きな欠伸をひとつして、伊作に赤ん坊を預け、ひとねむりすることにした。
泣き声に起きたらすっかり夜になっていて、またびっくりするのだが、これからの波乱万丈の子育て、最初からこんなんで大丈夫かしら。