夢短編
かなめ
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教室のど真ん中が自分の席だと、こういう時に嫌だ。せめて一番後ろの、欲を言えばはじっこの席がよかった。内臓が悲鳴をあげるのを抱きかかえるようにして、机に蹲っていた。
「もそ」
「長次は何て?」
「バイト帰りに寄るって」
隣の席は賑やかだ。食満の声は良く通る。中在家の囁きを七松が通訳していた。バイトという言葉に、私はぐったりと身を起こした。この調子じゃとてもじゃないが働けない。休む連絡を入れなければ。
冷え切った指先でスマホを弄り、休日申請を送った。明日店長に嫌味を言われるかもしれないけれど、今はそれどころじゃない。スマホを仕舞ったところで吐き気が込み上げてきて、ちいさくえずいた。
「……おい、大丈夫か」
七松が私に声をかけたのだと気付くのに二秒かかった。「へあ?」と何ともかわいくない声を出しながら隣に顔をむけると、三人が心配そうに私を見ていた。
「顔色ひどいぞ」
食満もさすがに声を潜める。教室の真ん中で蹲ってちゃ、そりゃ察せますよね。中在家もなにやら囁き、七松がそれに頷いている。
「私のジャージでよければ貸せるが」
「……たのむう」
「任せろ」
私は防寒の限りをつくしていた。スカートも長くしてジャージを下に履いているし、セーターの上にジャケットを羽織っている。コートはロッカーに仕舞わなきゃいけない規則だから休み時間に羽織れずにいた。中在家が七松のジャージにリセッシュを振りかけている。そういうとこ几帳面なんだ。
「ほら」
「ありがとう……ぐっ」
七松のジャージを羽織ったところで、除夜の鐘を突くレベルかというほどの激痛が腹部に走った。私はゴンと音を立てて机に突っ伏し、身体を蠢かしながらなんとか激痛に耐える。これだけお腹が痛いなら牡蠣にでもあたったほうがマシだ。
「薬は?」
「飲んだぁ……」
「お前、もうそれじゃ授業無理だろ」
食満の溜息に、そうかもと返す。突っ伏してたら先生にどうせ目を付けられる。前に出て答えろだなんて言われたらみんなの前でブッ倒れるのがオチだ。
痛みと寒さに震えていると、七松が
「保健室いくか?」
と私の耳元で囁いた。行きたいのはやまやまだけど、歩く元気すらない。恥ずかしいのと痛いのとで涙が出てきた。七松はそれを察したのかヨシヨシと私の頭を撫でる。
急な温もりにびっくりしていると、七松が私の突っ伏している机を動かした。何事かと顔を持ち上げた瞬間、七松の顔が随分近くにあるものだから息を飲む。
「掴まれ」
七松は椅子から掬い上げるように私を抱き上げ――いわゆる姫抱っこの状態にして歩き出す。何が起きたのか分からなくて声も出せずにいると、食満の「やるじゃねえか」という声が聞こえてきてはっ倒したくなった。
「私の妹も酷い時は動けなくてな。放っておけなかった。恥ずかしい思いをさせてすまない」
「とんでもない……ありがとう……」
歩く振動でふらふらと眩暈がしてきたので、お言葉に甘えて七松に掴まった。がっしりした身体はずいぶんと頼もしくて、腹の痛みとは別に胸がどきどきと鳴るのをなんとか落ち着けようと深呼吸をする。少しの汗の匂い。
思えば人生初姫抱っこだ。もっとときめいていたかったけれど、あいにくと体調が限界だったので、私はげっそりと体重を預けることしかできなかった。保健室に着いた時にチャイムが鳴り、私を送り届けた七松はばびゅんと教室に飛んで帰ってしまった。
保健室で寝かせて貰っている間、こっそり七松のジャージも羽織りっぱなしにしていた。中在家のリセッシュの効果で彼の匂いはほとんどしなかったけれど、なんだかとても落ち着いた。体調がよくなったら、ちゃんとお礼を言わなければ。姫抱っこのお礼って何がいいのだろう。
ひと眠りしたのち、のそりと起きると体調は随分と回復していた。帰るまでに七松にジャージを返さねば。チャイムが鳴ったのを合図にまだふらつく足で教室に戻ると、さっそく七松が私を見つける。
「顔色、戻ったな」
「ありがとう、お世話になりまして……」
「細かいことは気にするな」
ジャージを渡すと、七松はまるで今まで忘れていたかのように受け取って、リセッシュをせずにカバンに仕舞った。いいのかな、私の匂いついてないかな。少し恥ずかしく思っていると、七松はにかっと笑顔を見せる。
「また具合が悪くなったら、いつでも私に言え」
「う、うん……抱っこはちょっと恥ずかしいかな」
「すまんすまん」
食満と中在家が七松を呼ぶ声がする、七松は「ああ」と応えて、私にもう一度笑顔を見せると二人のもとへ向かっていった。太陽のような人だなあ。
席に戻ると、さっそく友人に囲まれる。七松くんに抱っこされてたじゃんと口々に言われて、頼むから囃し立てないでくれと念を押した。彼に隠れファンが多いのは分かっている。夜道に刺されないとも限らない。
「てか、もうすぐバレンタインじゃん。お礼にあげれば?」
友人の何気ない一言に、私はギクリと肩を揺らした。そうなのだ。近々、ラブにおけるビッグイベントがあるのだ。
私なんかが贈っても、受け取ってもらえるだろうか。いいや、細かいことは気にするな。彼の口癖を心の中で真似て、これはお返しだから、ただのお礼だから、と唱える。
見てろよ、一週間後。とびっきりのお礼を喰らわせてやる。バイト代を製菓用品にブッ込むことを決め、私は腹を撫でさすった。
「もそ」
「長次は何て?」
「バイト帰りに寄るって」
隣の席は賑やかだ。食満の声は良く通る。中在家の囁きを七松が通訳していた。バイトという言葉に、私はぐったりと身を起こした。この調子じゃとてもじゃないが働けない。休む連絡を入れなければ。
冷え切った指先でスマホを弄り、休日申請を送った。明日店長に嫌味を言われるかもしれないけれど、今はそれどころじゃない。スマホを仕舞ったところで吐き気が込み上げてきて、ちいさくえずいた。
「……おい、大丈夫か」
七松が私に声をかけたのだと気付くのに二秒かかった。「へあ?」と何ともかわいくない声を出しながら隣に顔をむけると、三人が心配そうに私を見ていた。
「顔色ひどいぞ」
食満もさすがに声を潜める。教室の真ん中で蹲ってちゃ、そりゃ察せますよね。中在家もなにやら囁き、七松がそれに頷いている。
「私のジャージでよければ貸せるが」
「……たのむう」
「任せろ」
私は防寒の限りをつくしていた。スカートも長くしてジャージを下に履いているし、セーターの上にジャケットを羽織っている。コートはロッカーに仕舞わなきゃいけない規則だから休み時間に羽織れずにいた。中在家が七松のジャージにリセッシュを振りかけている。そういうとこ几帳面なんだ。
「ほら」
「ありがとう……ぐっ」
七松のジャージを羽織ったところで、除夜の鐘を突くレベルかというほどの激痛が腹部に走った。私はゴンと音を立てて机に突っ伏し、身体を蠢かしながらなんとか激痛に耐える。これだけお腹が痛いなら牡蠣にでもあたったほうがマシだ。
「薬は?」
「飲んだぁ……」
「お前、もうそれじゃ授業無理だろ」
食満の溜息に、そうかもと返す。突っ伏してたら先生にどうせ目を付けられる。前に出て答えろだなんて言われたらみんなの前でブッ倒れるのがオチだ。
痛みと寒さに震えていると、七松が
「保健室いくか?」
と私の耳元で囁いた。行きたいのはやまやまだけど、歩く元気すらない。恥ずかしいのと痛いのとで涙が出てきた。七松はそれを察したのかヨシヨシと私の頭を撫でる。
急な温もりにびっくりしていると、七松が私の突っ伏している机を動かした。何事かと顔を持ち上げた瞬間、七松の顔が随分近くにあるものだから息を飲む。
「掴まれ」
七松は椅子から掬い上げるように私を抱き上げ――いわゆる姫抱っこの状態にして歩き出す。何が起きたのか分からなくて声も出せずにいると、食満の「やるじゃねえか」という声が聞こえてきてはっ倒したくなった。
「私の妹も酷い時は動けなくてな。放っておけなかった。恥ずかしい思いをさせてすまない」
「とんでもない……ありがとう……」
歩く振動でふらふらと眩暈がしてきたので、お言葉に甘えて七松に掴まった。がっしりした身体はずいぶんと頼もしくて、腹の痛みとは別に胸がどきどきと鳴るのをなんとか落ち着けようと深呼吸をする。少しの汗の匂い。
思えば人生初姫抱っこだ。もっとときめいていたかったけれど、あいにくと体調が限界だったので、私はげっそりと体重を預けることしかできなかった。保健室に着いた時にチャイムが鳴り、私を送り届けた七松はばびゅんと教室に飛んで帰ってしまった。
保健室で寝かせて貰っている間、こっそり七松のジャージも羽織りっぱなしにしていた。中在家のリセッシュの効果で彼の匂いはほとんどしなかったけれど、なんだかとても落ち着いた。体調がよくなったら、ちゃんとお礼を言わなければ。姫抱っこのお礼って何がいいのだろう。
ひと眠りしたのち、のそりと起きると体調は随分と回復していた。帰るまでに七松にジャージを返さねば。チャイムが鳴ったのを合図にまだふらつく足で教室に戻ると、さっそく七松が私を見つける。
「顔色、戻ったな」
「ありがとう、お世話になりまして……」
「細かいことは気にするな」
ジャージを渡すと、七松はまるで今まで忘れていたかのように受け取って、リセッシュをせずにカバンに仕舞った。いいのかな、私の匂いついてないかな。少し恥ずかしく思っていると、七松はにかっと笑顔を見せる。
「また具合が悪くなったら、いつでも私に言え」
「う、うん……抱っこはちょっと恥ずかしいかな」
「すまんすまん」
食満と中在家が七松を呼ぶ声がする、七松は「ああ」と応えて、私にもう一度笑顔を見せると二人のもとへ向かっていった。太陽のような人だなあ。
席に戻ると、さっそく友人に囲まれる。七松くんに抱っこされてたじゃんと口々に言われて、頼むから囃し立てないでくれと念を押した。彼に隠れファンが多いのは分かっている。夜道に刺されないとも限らない。
「てか、もうすぐバレンタインじゃん。お礼にあげれば?」
友人の何気ない一言に、私はギクリと肩を揺らした。そうなのだ。近々、ラブにおけるビッグイベントがあるのだ。
私なんかが贈っても、受け取ってもらえるだろうか。いいや、細かいことは気にするな。彼の口癖を心の中で真似て、これはお返しだから、ただのお礼だから、と唱える。
見てろよ、一週間後。とびっきりのお礼を喰らわせてやる。バイト代を製菓用品にブッ込むことを決め、私は腹を撫でさすった。